自分たちが使いたいものをつくる
旅をして素材と出合う──。
北海道発の自然派コスメティックブランド『SHIRO』のものづくりは、生産者との交流からはじまる。海、森、畑という原料が生まれる現場を訪ね、つくり手の想いや哲学をとことん聞く。代表取締役会長でブランドプロデューサーの今井浩恵が、2009年に前身の『LAUREL(ローレル)』創設時にはじめた開発のアプローチは、17年目を迎えた。

──産地まで足を運ばれるのはなぜですか?
手を組んだら、一生続く関係を目指しているからです。だからこそ、生産者の口から素材との向き合い方や事業への姿勢を話してもらいたい。また、拠点の町に対する愛があることも、私にとっては大事。明るい未来をつくるためのビジョンを持って行動しているのかも知りたいから、会いに行きます。
──素材探しのなかで最初に出合ったのが、がごめ昆布だったそうですね。
はい。そこにたどり着くまでには少し時間がかかっています。短大を出てすぐに就職した前身の会社『LAUREL(ローレル)』はハーブやせっけん、ジャム、ドレッシングといった北海道みやげの製造・販売を行っていました。その後、大手企業の依頼で化粧品開発をはじめ、私が社長を引き継いだ時も事業の主力でした。当初はそれが楽しかったのですが、だんだん苦しくなってきたのです。
──何かあったのですか?
手塩にかけた製品でも、私の日常には存在していませんでした。そこに情熱を注ぐのであれば、「自分たちが本当に毎日使いたいものをつくろう」と一念発起して、自社ブランド『LAUREL(ローレル)』を立ち上げました。同時期に、函館にある北海道大学を中心に、地元に自生するがごめ昆布の研究開発がスタートしたと聞き、現地に向かいました。

──そこで、がごめ昆布の魅力に触れるわけですね。
はい。と言いたいところですけれど、正確には2度目の訪問で気づかされました。初回は海藻学を専門とする北海道大学の教授が特別講義までしてくださったのですが、じっとしていられない性分のために途中で退席してしまって……。
でもそこから数日しても、がごめ昆布が頭から離れなかった。近所でおはぎ店を営む社長を誘って、漁師さんや教授に再度会いに行きました。そこで、独特のとろみをもたらすフコイダンに保湿効果があること、そして食用に向かない根は収穫後に処分されていることを知りました。口にするのは難しくても、肌であれば問題ないかもしれない。そう考え、スキンケア製品の開発に取り組もうと決めたのです。

──そうして生まれた「がごめ昆布シリーズ」は瞬く間に口コミで広がりました。2014年には他社ブランドの製品を製造するOEM事業から完全撤退し、2015年に自社ブランド名を『shiro』へとリニューアルします。さらにラワンぶき(足寄町)、酒かす(栗山町)、ヨモギ(愛別町)といった道内の素材に光を当てます。その視点は広島県のホーリーバジルや沖縄県のタマヌへとエリアを広げています。直近では韓国の塩田まで足を運ばれたそうですね。それらはどのように見つけるのでしょうか?
ありがたいことに、各方面から情報をいただいています。ただし、どれを選ぶかは直感に頼る部分が大きいです。また、素材探しの旅は一緒に行くメンバーが肝となります。がごめ昆布は、原料を自ら調達する『吉川食品』の経営者と一緒に見たことで、アイデアがひらめきました。
違う職業の人が同じ景色を見た時に抱く感想を聞くことで、創造力が刺激されるのです。韓国には、ポッドキャスト番組『TABI SHIRO』で共演中のノンフィクションライター・泉秀一さんに同行をお願いしました。その地域では、本人の意思に反してハードな労働をさせているという噂(うわさ)があったからです。真相を掴(つか)むためには、ジャーナリストの目が必要だったのです。そうして無事に開発へと進んでいるところです。

自然を相手にする生産者からは、学ぶことばかり
──原料調達のための行動が、第1次産業と町の活性化や、人が安心して暮らせる環境の再構築へとつながっています。
2021年に社長を退任したことで、視界が開けたのです。それまではどうしても『SHIRO』の存続が第一でした。生産者と会話していても、地域が抱える悩みの解決策まで巡らせる余裕はありませんでした。
それが肩書を外した途端に、耳に入るようになった。そこから、ラワンぶきの産地である足寄町役場の方々ともつながりが生まれました。おかげでまた新たな景色が見えています。そして、第1次産業に携わる人々の生き方と言葉にいつもハッとさせられています。
──例えば?
ラワンぶきは日本一大きなふきと呼ばれ、2〜3mの高さまで達します。しかもそれは20年間手入れをせずとも再生を繰り返していたそうです。それがここ5年ほどで状況が変わった。1mくらいまでしか成長しなくなり、3年に1度の植え替えが必要になったらしいのです。温暖化の影響で、北海道でもサボテンの栽培が可能になったとも聞きました。気候に応じて栽培する作物を変えていく農家の人のしなやかさを目の当たりにし、『SHIRO』はどんなふうに未来を先取りすべきかと考えさせられましたね。

──2023年には製造工程が見られる「みんなの工場」を砂川市に開設し、翌年は長沼町に間伐材のみで建てた宿泊施設「MAISON SHIRO」もオープン。さらに2025年11月には森の恵みを味わうレストラン「MORISHIRO」を開業させました。
料理を監修する高尾僚将(ともゆき)は、高校の同級生です。自らが採集した森の食材を用いた一皿を提供するレストランを札幌で経営しています。数年前に再会してから一緒に森へ入っていました。その縁で「MORISHIRO」をお願いすることになったのです。お互いに譲れないポイントが多いので、できれば仕事仲間になりたくはなかったのですが(笑)。

──それでも、タッグを組んだ理由は?
二人とも50歳を超えてから、自分が培ってきたものを次の世代へ継承したいという想いが強くなっています。いまは若いスタッフに基礎から一つひとつ教えているところです。
──既にコスメティックブランドの枠を超えた活躍をされていますが、10年後の未来をどう描かれていますか?
社会に必要とされる会社であることですね。『SHIRO』が出した利益を、困っている地域や人のために循環させる仕組みを整えたい。スポットを当てづらい問題にも向き合って、そこであえぐ人たちが新しい道を切り開けるよう、寄り添っていきたいと思っています。それを私たちが発刊するフリーペーパー「SHIRO PAPER」で伝えて、みんなで考えるきっかけをつくっていきたいです。
SHIRO
1989年、株式会社ローレルを北海道砂川市で創業。2009年に「自分たちが毎日使いたいものをつくる」という信念のもと、前身ブランド「LAUREL」を立ち上げる。その後、2015年に「shiro」へとブランド名を変更し、翌年ロンドンへ出店。2019年にブランド設立10周年を迎え、社名を株式会社シロに、ロゴを「SHIRO」へ変更。自然素材を使ったスキンケアやフレグランスで国内外へ店舗展開している。2023年に北海道砂川市に「みんなの工場」をオープン。2027年1月にはJR砂川駅前に「PARK SHIRO」をオープン予定。
photo: Tomoko Hagimoto text: Mako Matsuoka
