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女性からのアプローチにうんざりしていた男が、最終的に彼女にドはまりしたワケ

女性からのアプローチにうんざりしていた男が、最終的に彼女にドはまりしたワケ

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:「フェロモン出てる?」全く眼中になかった男に迫られ、急に意識してしまった28歳女は…


「…ミチさん…?」
「あ?」
「ともみに…なんかした?」
「するわけねえだろ」

氷を削りながらのミチの返答はあっさりとしたものだったが、ともみの視線がわずかに泳ぎ、その指先がグラスに食い込んだことに、大輝は気づいてしまった。けれど。

「......そ?」

それ以上は聞かず、ともみを不安にさせぬよう微笑みを作る。他者の感情の機微に気づきすぎる自分が、愛する女性なら尚更になってしまうのを分かっているから。

― 散々、フラれてきたからなぁ。

モテないとは言わない。ともみには伝えていないけれど、ともみと恋人になってからも何度も告白されている。けれど――いつまでも共にいたいと願う女性には最後にはいつも捨てられてしまう。だから恋の数だけ臆病になってきたというのに、それでもまた落ちてしまうのが恋で、自分の恋愛体質を恨むしかない…と、大輝はこっそりと苦笑いした。



もう終電はない。2人が同棲している中目黒の自宅まではいつもならタクシーだけれど、ともみのリクエストにより、少し歩くことにした。雨上がりのアスファルトに街灯の白い光が滲み、梅雨が終わりかけた6月末の湿気も25時が近付いた今はやわらいで、歩きやすい気温だ。

西麻布の交差点から外苑西通りに入ると、徐々に喧噪が遠くなっていく。手を繋ぎながら物思いにふけるともみに大輝も合わせ、会話は少ない。けれどそれは心地の良い沈黙で。

車の通りが消えた間は、水音を含んだ2人の足音だけが響き、この眠らない街が2人だけの世界になったような不思議で、大輝はともみに歩調を合わせながら、今、この瞬間を表わすなら、と、文章を思い浮かべたりもした。

「才能を見つけた、っていう言い方に抵抗があるんだよね」

ともみが呟いたのは、天現寺の歩道橋の上だった。

「自分が見つけたんだから、活かすのも潰すのも自分の意のままっていう、力を持つ大人たちの傲慢が嫌い。散々搾取したくせに、都合が悪くなれば簡単に捨てる。その子は才能の前に人間で…売れても売れなくても、人生は続いていくのに」

― 今日の客…業界の人だったのかな。

守秘義務がある店でのことを、ともみは絶対に話さない。けれどおそらく今日、TOUGH COOKIESを訪れた客にトラウマを刺激されたのだろうと想像はついた。アイドルを辞めた経緯が、苦いものであったことは大輝もなんとなく聞いていたから。

「そういう人は、これから先、消えていくと信じたいよね。今、明らかに変わりつつあるし、希望はあると思うけど」

パワハラやセクハラ、そして立場的弱者への搾取。ともみがいた芸能界や大輝が働く映像業界では長い間、いかに人間性が破綻していても、“才能至上主義”における理不尽が許されてきた。けれどそんな体質の古い業界でも、小さな変化は起きているはずだと、大輝はともみの小さな手を強く握りなおした。

「そうかな」と、ともみは大輝を見上げた。

「そう簡単には変わるとは思えない。権力者どうしで結託して、都合の悪い正義は握りつぶす。その力のある人達だよ?」

苛立ちが滲んだ顔を隠すように、ともみは大輝から視線を逸らした。珍しい…と思いながら大輝はうれしくなる。付き合い始めて3ヶ月が経っても、ともみが感情を露わにすることは珍しいし、それが負のものなら尚更だった。

「確かにそれはそう。その人達に太刀打ちできる力はない。まだ…今はね」

ともみがもう一度自分を見上げるのを待って、大輝は続けた。

「けどこの先、オレたちがそうならなければ、ゆっくりでも世界は変わっていくんじゃないかな。変わらざるを得ない、というかさ」
「…私たちが?」

「今ある世界の仕組みを引き継ぐ必要はないってこと。ルールごと変えるゲームチェンジャーを目指すというかさ。この街も、業界も、新しくしていく方法を考える方が楽しくない?」

「…そんなこと、簡単に…」

ともみは唇を噛みしめてうつむいた。その小さな頭の形さえかわいいと思ってしまうなんて重症だと思いながら、大輝は聞いた。

「できないと思う?だから諦めてるの?」
「…」
「このままずっと、許せないって愚痴って、イライラしてるだけ?」
「イライラって…そんな簡単な言葉で片づけて欲しくない」

大きな瞳に睨まれたけれど、大輝は構わず微笑みを返す。

「その怒りとか、痛みは――自分や…大切な人が搾取された経験があるからなんでしょ」
「…」
「だからこそ光江さんはTOUGH COOKIESをともみに任せたんじゃないかな。ともみじゃなきゃできないことを、あの店で実現して欲しい…って思ってる気がする」

顔を上げないともみの表情は見えない。けれど大輝の手を握る力が、ギュウッと痛いほどに強くなった。

「怒りも、痛みも知ってしまえば…知らなかった頃の自分には、もう戻れないよね」
「…」
「ともみはこれからどうしたいの?どんな店にしていきたい?」
「…」
「ほら、諦めたらそこで試合終了、だっけ?」

数年前の映画の大ヒットをきっかけに、ともみが――意外にもドハマりしたらしい人気漫画のセリフを投げかけてみたが、反応はなく、さらに遅くなり始めたその歩みに、大輝はそろそろタクシーに乗らない?と提案した。


― 私じゃなきゃできないこと、って…。

2日前の夜、大輝と話して以来、ともみはずっと考えている。光江に相談してみたいともよぎったが、「それくらい自分で考えな!」の一喝が映像付きで想像できて、即やめた。

打ち合わせに出た大輝のいない、午前11時過ぎのリビング。今日はTOUGH COOKIESの休業日で、特に出かける予定も入れておらず、先ほど起きたばかりだ。

起床と共に、ルビーの母、明美に状況を尋ねるLINEを送ってからコーヒーを淹れた。なんとなくつけたテレビの情報番組から、今年も猛暑になりそうだというアナウンサーの声が流れてくる。

『ここ数日は体調も良く、食欲も少し戻りました。送ってもらったオレンジも頂けました、ありがとうございます』

頂いた手土産のお礼を送らせて欲しいと、ともみは明美に入院先の病院を聞いた。もちろんそれも本心だったけれど、明美の居場所を知っておきたかった。なにかあった時のために…そう想像しただけでも居たたまれなくなるけれど、ルビーのためにも後悔するわけにはいかなかった。

ルビーには結局、まだ明美の病、そして余命宣告の話はできていない。明美が帰った翌朝、無事に宮城に戻ったようだということだけは伝えたけれど、ルビーはともみへの礼を短く口にしただけで、既に母親への興味は失ったかのように振舞っていた。

― 私じゃなきゃ、できないこと。

あの日の帰り道、大輝の言葉はいつになく厳しくて、けんか…とまではいかずとも、付き合いだして初めて、大輝の前でカッとなってしまった。「大輝には才能があって、ずっと選ばれてきた側だから、そんなことが軽々しく言えるんだよ」と僻み全開の言いがかりをなんとか飲み込めたことだけは、自分を褒めたいところだけれど、それほどムキになったのは。

― 色々、図星過ぎたんだよなぁ。

目を背けてきたトラウマに触られ、暴かれた。

「私は、どうしたいのか」

声に出したその言葉が、ぷかりと宙に浮いた気がして、もう一度同じフレーズを呟く。

4年前、女帝に出会い惚れこみ、Sneetで働かせてもらうようになってからずっと、ともみの目標は“光江に認められること”だった。

そしてTOUGH COOKIESを任されると、少しは認められたのかもしれないと嬉しくて、尚更、光江に恥じぬ振舞いを…という意識は強くなったと思う。それほどに、ともみにとって光江は、道しるべそのものだった。芸能界からドロップアウトした自分が、西麻布の女帝の元で人生を取り戻す。そんな野心のようなものが、ともみを突き動かしていたとも言える。

― それが、間違っていたとは思わない。…けど。

TOUGH COOKIESに立ち始めて以来、胸の奥のどこかに、切ないもどかしさが積り続けているのだ。

紗和子の復讐計画、ルビーと明美の愛ゆえの過ち。オープン以来、一人一人の客が話してくれたこと。裏切り、裏切られ、後悔にさいなまれて行き止まり、それでも諦めたくないと足掻く人達の、一言一言が蘇る。

『これからどうしたいの?どんな店にしたい?』

大輝の声をもう一度思い浮かべて、ともみはベッドルームに向かった。そしてバッグに入れていたカードケースから、名刺を一枚取り出す。それは。

『プロデューサー・松本公子』

先月突然Sneetに現れ、ミチに「ともみと連絡をとりたい」と名刺を渡して去った、映像制作会社のプロデューサー。アイドルとしてのともみの“才能を見つけた”大人のうちの1人。そしてアイドルグループの仲間だったYUMEの“才能を奪い”、見捨てた権力者。


その名を見るだけで喉元に不快感がこみ上げたことに、ともみは苦笑した。

― 紗和子さんのおかげ…とも言うべきかな。

諦めたふりをしていたけれど、私は許せなかったし、怒っていたのだ。それを思い出すことができたから。

リビングに戻ると、名刺をマグカップの横に置き、まずは深呼吸をした。そして記されていた携帯番号にショートメッセージを打ち込む。

『お久しぶりです、AN(あん)です。Sneetを訪ねられたと聞きました。私のお店でお会いできないでしょうか?』

一気に打ちこみ送信ボタンを押すと、コーヒーを口にする。冷え切ってしまい苦みが増していたけれど、これはこれで悪くないと思えた。

― 私は、どうしたいのか。

その答えは、TOUGH COOKIESと共にある気がして…ともみは決意の笑みを浮かべた。


▶前回:「フェロモン出てる?」全く眼中になかった男に迫られ、急に意識してしまった28歳女は…

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:5月12日 火曜更新予定

配信元: 東京カレンダー

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