植物との心地よい日々を楽しむ人々を訪ねた&Premium150号(2026年6月号)「花と緑のある暮らし。」より、料理家・細川亜衣さんの花と緑と暮らす家を紹介します。






いつまでも向き合っていたい、大切な場所。
心地よい春風に、満開を迎えたユキヤナギやシジミバナが揺れ、傍らでは気ままに枝を伸ばしたロシアンオリーブが葉を銀色に輝かせている。料理家の細川亜衣さんの住まいがあるのは熊本市の中心に程近い泰勝寺跡。結婚を機に東京からこの地に移り16年、かつての僧房を改修した平屋には、ふたつの美しい庭がある。
「これはバイカウツギで、向こうは利休梅。琉球椿の洋名はルッチェンシス。足元の小花はリュウキンカ。ハナニラやシャガは、どこかから勝手に来て咲いているの」
使い込んだ剪定鋏と台湾の背負子籠を携え庭に出た細川さんの口から、すらすらと飛び出す花の名前。
「ここに暮らしながら、少しずつ植物の名前を覚えていきました。いまは野菜や果実の名前よりもたくさん知っているかもしれません」
きっかけはもちろん、この庭だ。春を告げる宿根草、蕗やミツバの濃く力強い味、山芍薬の佇まいに涙が溢れたこと、むせかえるような夏の緑の匂い。日々繰り広げられる鮮やかな景色に「ずっと庭仕事をしていたい」ほど心奪われた。庭から受け取る土地の旬は、細川さんの料理における大切な柱となり、そして、シンボルツリーの藪椿をはじめとした古木や野草など元の植栽を生かしながら、もっと好きな草木を植え、花を咲かせてみたいと思うようになった。
「近所の立田山の森を歩いては、気に入った樹木に掛かる案内札で特徴を覚えたり、農産物直売所で山採り苗を眺めたり、以前暮らしたイタリアの果樹を思い起こして考えました。庭土を整える際に大変だったのは旺盛な笹で、根を掘り起こし除かないと他の植物が育たない。ここまでくるのに10年はかかったと思います」
こだわったのは、素朴な白い花。
「花でも服でも日用品でも、まっさらな白の〝あるがまま〞なところに惹かれます。庭というのは〝家〞があってこそのものだと思うので、窓越しに眺める風景を想像することも大切。さまざまな表情の白がポンポンと咲いていくよう、開花時期の異なる苗木を選んで配しています」
その言葉通り、寝室の大窓の向こうには花盛りの利休梅と花芽の膨らんだ小手毬が。まもなく見頃を迎える白いモッコウバラは、窓一面に広がる緑のカーテンとなって、食堂に美しい葉影を落としている。
「部屋に花を生けるのは、庭木の剪定をしたときだけ。食堂の窓辺に挿したのは、屋根まで伸びた利久梅の枝を払ったものです。飾るというより、大きな花瓶に張った水を〝土〞に見立て、木立のように〝入れている〞感じ。枯れ葉も虫食いの葉も自然のまま、枝もなるべく触らないのがいい。庭からそのまま連れてきたさまが、いちばん美しいですから」








細川 亜衣料理家
熊本市「taishoji」にて料理教室や展示会を主宰。国内外で食材や工芸作家の器を主題とした料理会も行う。『taishoji cookbook 1』(晶文社)など著書多数。
photo : Haruki Anami
合わせて読みたい
LIFESTYLE 2026.3.26 40〜50平米の部屋で楽しむ、ふたり暮らし。
LIFESTYLE 2026.3.24 築100年以上の町家をセルフリノベーション。45平米のふたり暮らし。
LIFESTYLE 2026.3.25 躯体がむき出しの4層構造。ふたりで暮らす、自宅兼仕事場の一軒家。
INTERIOR 2026.1.24 北海道の豊かな自然の中で、有機的に暮らす。料理家・エッセイストの藤原奈緒さんが住む築60年の家。
INTERIOR 2026.1.25 選び抜いた古物のひとつとして存在する家。ギャラリー『kankakari』主宰の鈴木良さんが暮らす、築100年の京町家。
INTERIOR 2025.4.23 小ささの利点は気軽に作れること。建築家・太田翔、郁さん夫妻のシンプルな家づくり。

Life with Flowers & Greens / 花と緑のある暮らし。&Premium No. 150
花や草木の息吹に心がほどける、気持ちのよい季節がやってきました。ふかふかの土を触り、みずみずしい若葉に触れ、ほころんだ花の香りを深く吸い込む。そんなとき私たちの心と体には、不思議と健やかな力が漲ってくるように感じます。大きな庭がなくてもいいのです。部屋にささやかな一輪の花を飾り、ベランダで小さな鉢植えを育ててみることから始めてみてください。そこにはたくさんの発見と喜び、そしてときにはその姿に「生き方」を教わるような体験までもがつまっています。今号の特集は「花と緑のある暮らし」。植物との心地よい日々を楽しむ10組の住まいや、フローリストに学ぶ花と器の組み合わせ、花を愛したアーティストたちの物語、プロの園芸家がすすめる道具、など、植物との暮らしを快適にするヒントが満載です。
andpremium.jp/book/premium-no-150

