ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが”アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回訪れたのは、日暮里駅近くにある24時間営業の立ち食い蕎麦店『一由そば』。担当編集に「本物のライブキッチンを見せてあげますよ」と連れて行かれた著者の願いは今日も「すこしドラマになってくれ」※本稿は2025年12月9日号より
◆本物のLIVEキッチン【日暮里駅・一由そば(立ち食い蕎麦店)】vol.27
最近は、寒くなってきたことがただただ嬉しい。理由は文末に書くとする。気取った雰囲気のレストランやホテルに行くと、シェフが調理している様子を目の前で見せてくれることがある。あれをライブキッチンと呼ぶのだが、絶妙な手捌きは確かにライブでギターソロでも見ているような高揚感を覚える。
だが、気取った雰囲気のレストランやホテルのライブで満足していた私に、ある日、担当編集が言った。
「明日の夜、日暮里に来てください。本物のライブキッチンを見せてあげますよ」
『美味しんぼ』の超劣化版みたいな台詞を吐いた担当編集と、翌日、荒川区日暮里駅近くにある立ち食い蕎麦店「一由(いちよし)そば」に向かった。まだ8月の、暑い夜のことだった。
立ち食い蕎麦ファンから濃厚に愛されているこの店は、今でも24時間営業を続けているという。チェーン店でもないのに、24時間運営できるだけのスタッフの数を擁していることもすごいし、それで採算が取れているのだろうから、もっとすごい。
どれほどの人気店なのだろうと足を運んでみると、暗がりの路地裏に、ちょっとした人だかりが見えた。あそこかな?と思って近づくと、ほぼ全員が汗だくになっていて、その人たちはライブ終わりの観客のように見えた。
ライブハウスでもあるのかと思い、一度、前を素通りしようと思ったが、さらに近づいてみれば、店先の壁にメニューがぎっしりと掲示されており、存在感のある看板に「一由そば」の文字が太く書かれていた。
長蛇の列ができることもある人気店だと聞いていたが、今夜はそこまで並ばずに入店できそうだ。しかし、それより気になるのは、やはり、先客たちの発汗量である。
確かに、今夜は暑い。でも、店から出てきた人たちの汗の具合はなんなのだろうか。
入店する順番はすぐそこまで訪れてしまっていて、引き返すことはできない状況にあった。私は意を決し、店の暖簾をくぐった。その途端、吹き荒れたものに、思わず目を瞑(つむ)った。
爆風である。記憶に違いがなければ、あれはそう感じるほどの高熱であった。恐る恐る目を開けてみれば、眼前には注文窓口と、トッピング用の天ぷらなどが並べられたショーケースがある。
間違いなく、蕎麦屋だ。
ショーケースの前もカウンターになっていて、先客たちは、隙間さえあればどこでも蕎麦を食ってやろうという勇ましさを感じる勢いで、肩を寄せ合い、麺を啜(すす)っていた。
しかし、暑い。本当にサウナを彷彿とさせる暑さである。どうしてこんなに暑いのか、額の汗を拭いながら辺りを見ると、すぐに正体に気付く。
客席から丸見えになった厨房で、屈強な店員さんたちが天ぷらを揚げまくり、超太麺の蕎麦を茹でまくっている。
その様子は、さながらロックバンドのライブで見かける、ステージから煙や火炎が噴き出す特効演出だった。
「これが、本物のライブキッチン。いや、LIVE(生きている)キッチンですよ」
すでに汗だくになった担当編集のドヤ顔が、ただただやかましい。
ちなみにおすすめメニューは「ジャンボゲソ天」に温かい蕎麦とのことで、私たちは灼熱のフロアで温かな蕎麦を啜り、全身の水分を汗に変えながら、これを秒で完食した(命の危機を感じたため)。
極太の麺があまりに好みだったのでまた食べたいと思っているが、しかし、夏場は本気で命の危機を覚えたので、次は冬に行こうと決めたのだ。
だから、最近は、寒くなってきたことがただただ嬉しいのである。

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」

