
2026年5月5日から二十四節気は「立夏(りっか)」に
暦の上では、ここから夏のはじまりです。
「立」の字が付く節気は、いずれも季節の幕開けを示すもので、二十四節気の中でも季節を区切る重要な節気とされています。
実際の気候よりもひとあし早く、春夏秋冬の文字が現れるため、現実とのずれを指摘する声もありますが、立夏に関しては、近年の気温の上昇もあり、比較的実感を伴う節気といえるかもしれません。
日差しは少しずつ力を増し、景色は春のやわらかさから、輪郭のはっきりとした初夏の表情へと移り変わっていくころ。
植物もまた、春を彩ってきた穏やかな花々から、いきいきとした生命力を感じさせる姿へと変化していきます。
そして、この時季に最盛期を迎える花が、薔薇です。
人を魅了し続ける花 ─ 薔薇
□開花時期:5月中旬~6月上旬(主な開花期)、6月中旬~11月(品種によって適時開花)
□香り:品種によって異なる
□学名:Rosa
□分類:バラ科バラ属
□別名:薔薇(そうび/しょうび)
□英名:Rose
□原産地:アジア、ヨーロッパ、中近東、北アメリカ、アフリカの一部
花の代名詞ともいえる存在である薔薇には、無数の品種のみならず、多くの逸話や人との関わりがあります。
今回はそうした〈人と薔薇〉に焦点をあて、ご紹介します。
■ 薔薇に魅せられた人々
古くから、薔薇はただ美しい花としてだけでなく、多くの人を惹きつけ、魅了してきました。時代や文化の違いを越えて、その魅力はさまざまなかたちで受け取られてきたようです。
古代ギリシャの叙事詩人ホメロスは、その作品の中で薔薇をたびたび描写し、自然や神々の世界を象徴する存在として位置づけました。
言葉によって世界を描いた時代において、薔薇はすでに特別な意味を持つ花だったといえます。
一方、古代エジプトの女王クレオパトラは、薔薇を富や権力の象徴として用いていたと伝えられています。
客人を迎える場に花弁を敷き詰めたり、浴槽に花弁を浮かべたりしたという逸話は、その人物像とともに語り継がれてきました。
さらに時代が下ると、薔薇は観賞するだけでなく、育て、集める対象としても広がっていきます。
ナポレオンの皇后であったジョゼフィーヌ・ド・ボアルネは、パリ郊外のマルメゾン宮殿に多くの薔薇を集め、当時知られていた品種の収集と栽培に尽力しました。
その庭園は、のちのバラ文化に大きな影響を与えたともいわれています。
言葉に託され、香りとして記憶され、庭に育てられていく──。
薔薇は、ただそこに咲く花である以上に、人の営みとともに受け継がれてきた存在といえるでしょう。
そうした積み重ねの中で、薔薇はやがて、人の名を冠した花としても残されていくようになります。
■ 人の名を冠した薔薇
薔薇には無数の品種が存在し、その中には人の名前を冠したものも数多く見られます。
それぞれの名前には、その人の生き方や印象、あるいは時代の空気が重ねられ、花の姿とともに受け継がれてきました。
《ジャクリーヌ・デュ・プレ》
早世した20世紀を代表するイギリスのチェロ奏者の名を冠した薔薇です。
半八重咲きの白い花弁に赤い蕊(しべ)が映える半つる性のバラで、香りも魅力的。
ムスク香に、柑橘やスパイスを思わせるニュアンスが重なるとされています。
今回の花絵のモチーフとなったのも、この《ジャクリーヌ・デュ・プレ》です。
《エドゥアール・マネ》
印象派の先駆者とも呼ばれる、19世紀フランスの画家の名を持つ薔薇。
ひとつとして同じ模様のない淡い黄色の花弁に、絵筆で描いたかのようなバラ色の絞り模様が入り、幾重にも重なってティーカップのような丸いフォルムに咲きます。
香りも素晴らしく、ダマスク香にフルーツ香が溶け合う強香品種です。
《ピエール・ド・ロンサール》
フランス・ルネサンス期を代表する詩人の名を冠した薔薇。
「愛とバラの詩人」とも呼ばれ、“Mignonne, allons voir si la Rose”〈いとしい人よ、バラを見に行こう〉という詩で知られることから、この詩人にちなんで名付けられました。
中心がやわらかなピンクに染まる白い花を、たわわに咲かせるつるバラで、2006年の世界バラ会議において「殿堂入り品種」として登録されています。
《イングリッド・バーグマン》
映画史に名を刻んだ、スウェーデン出身の名優に捧げられた薔薇。
大輪で真紅の花は、「バラの中のバラ」とも言える華やかさと気高さを備え、多数の賞を受賞した名花として知られています。
名前を知ることで、花は単なる色やかたちの違いを超え、物語と結びつき、特別な存在として記憶に刻まれていきます。
今回の一輪もまた、ひとつの名前から広がるイメージを手がかりに、より豊かな表情を感じ取ることができるのかもしれません。
花毎の花ことば・薔薇「想いを託す」
古くから薔薇は、その美しさや香りとともに、さまざまな想いを託されながら受け取られてきました。
言葉に重ねられ、香りとして記憶され、あるいは誰かの名を与えられて、次の時代へと手渡されていきます。
ひとつの花に込められた想いは、受け継がれながら重なり、見る人や手にする人によって、新たな意味が加えられていきます。
薔薇という花には、そんな静かなつながりが息づいているのかもしれません。
贈るときも、受け取るときも、あるいは自分のために選ぶ一輪にも、
その背景には、さまざまな時間や想いが折り重なっています。
花の女王が持つ、薔薇が薔薇である理由──
たくさんの積み重なりの中から生まれた一輪に、想いを託す。
古来変わらない、人の気持ちをこの花ことばに込めました。
花毎でご紹介している薔薇のお話
・二十四節気の花絵 第八十話 小満の花絵「薔薇・四季の香」
・薔薇のすすめ 第八話 「薔薇の花のかたち」
・花の旅人 〈春のバラ編〉第二話 水彩画で描かれたようなバラのある風景を楽しむ 「横浜イングリッシュガーデン」
【ご案内】
「二十四節気の花絵」は次回より毎月後半の節気に移動いたします。
次回は6月21日(日)夏至の午前7時に公開予定です。
文・第一園芸 花毎 クリエイティブディレクター 石川恵子
水上多摩江
イラストレーター。
東京イラストレーターズソサエティ会員。書籍や雑誌の装画を多数手掛ける。主な装画作品:江國香織著「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」集英社、角田光代著「八日目の蝉」中央公論新社、群ようこ「猫と昼寝」角川春樹事務所、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」角川書店など

「銅版画で愉しむ 二十四節気の花ことば 英訳付き」
『二十四節気の花絵』が書籍になりました。
これまでの連載の中から、二十四節気にまつわるお話と、それぞれの節気に合わせて選りすぐった3つの花絵を収録。合計72の花絵と花ことばを、一冊にまとめました。
おやすみ前のひとときなど、心を癒したい時間にぴったりな、大人のための絵本です。英語訳も付いておりますので、海外の方へのギフトにもおすすめです。
WEB連載とはひと味違う、書籍ならではの魅力を、ぜひご堪能ください。
第一園芸の店舗、オンラインショップ、Amazonなどのオンライン書店にてお求めいただけます。
