脳トレ四択クイズ | Merkystyle
「友情にも片思いがあるなんて…」女同士はいつもライバルだったから知らなかった

「友情にも片思いがあるなんて…」女同士はいつもライバルだったから知らなかった

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:「一生分の恋をしたから、もう恋はしない」そう言った彼に落ちた、23歳女の選択

「私たち、もうこれ以上、諦めるのをやめよう。もう何も諦めないって…お互いに約束しない?だから――私の提案を聞いてくれる?」

ともみはそう言うと、ぐしゃぐしゃに頬を濡らしたルビーを、自分の横に座らせた。ルビーは甘えるように、コテンと、その頭をともみの肩に預けた。

「ともみさん、アタシに、幸せになって欲しいんだ?」
「うん」
「2人で諦めない、ってなんかいいね」
「うん」
「てか、ともみさんって、やっぱアタシのこと大好きなんじゃーん♡ やだ、照れちゃう~」

鼻をすすりながらもふざけた口調で、「でも超うれしい」「アタシも大好きだよ」と、ルビーが繰り返す度に、胸がぎゅっとなる。恋の締め付けとはどこか違う、体が少しだけ浮き上がってしまいそうなむず痒さだ。

「ほら、友情にも片思いってあるからさ」と言われても、幼い頃から芸能界にいたせいで、同世代の同性といえば、仕事仲間かライバル。たぶん、堂々と友達だと名乗り合える人はいなかったともみには、よくわからない。でも。

― ルビーのことが、大事、だ。とても。

そう思ったら、むず痒さはさらに増してしまい、なんだか恥ずかしくなって、「ちょっと暑い」と身をよじって離れようとすると、不服そうに起き上がったルビーの顔がさっきよりぐしゃぐしゃで、ともみは思わず笑いながら、可愛いなと愛おしさがこみ上げた。

「で、ともみさんの提案って?」

一旦トイレ…と立ち上がった後、盛大に鼻をかみながらそう聞いたルビーに、緊張感が緩み、ともみはホッとしながら答える。

「1つは――明美さんのこと」

ともみはもう、言葉を選ぶことをやめた。眉間にしわを寄せたルビーが拒絶の言葉を発する前に、ともみは続けた。

「明美さん、ガンなんだって。しかも末期」

目を見開いたルビーに構わず、心で明美に謝りながら、軽さを装う。

「余命宣告されちゃったみたいで、お医者さんには、もって1年って言われてるって」

「…は?…つか、誰からの情報?」

「ルビーが帰った後、明美さんから…本人から聞いた。私1人の時に聞いちゃったし、明美さんに口止めもされたから、今日まで黙ってたんだけど、やっぱり話すべきだと思って。明美さんとは守秘義務の契約書も交わしてないしね」

たとえ契約書を交わしていたとしても、外には絶対に漏らさない代わりに、店内での情報共有は制限がない。つまりルビーと光江が知る分には契約違反にはならないということが、TOUGH COOKIESが客と結ぶ秘密保持契約書には書かれている。

「ルビーのビールもうないじゃん。もう一杯くらい飲んどく?」

黙りこんだルビーのグラスを手に、ともみはカウンターに入った。サーバーから生ビールを注ごうとしたとき、ルビーが唸るように言った。

「どうせウソだよ」
「たぶんホントだよ」
「あの女、ウソで同情して欲しいだけなんだって」
「同情させてどうするの?」
「それはアタシに…」
「アタシに?」
「……」
「許してもらうための、ウソだと思う?」

ビールを受け取りながら、ルビーはともみを縋るように見上げた。

「だってじゃあ、なんでアタシには言わずに、ともみさんにだけ伝えたの?」
「本当は私にも話すつもりなんてなかったんだと思うよ。だから成り行き…というか。それにルビーがいる時は…言える雰囲気じゃなかったでしょ」

怒りをぶつけて決別を宣言した自分を思い出したのか、視線を落としたルビーにともみは、「責めてるんじゃないんだよ」と、続けた。

「ルビーが宮城に行った時…明美さんの住所って光江さんから聞いたよね?つまりあの2人が連絡を取り合ってたってことを知ってたってことでしょ?」

ルビーは黙ったままだ。

「1か月くらい前に、明美さん、恥を忍んでお願いしたんだって。自分の新しい住所を光江さんに伝えて、最後にもう一度だけ、ルビーに会いたいって。病気の話は伝えてないって言ってたけど、光江さんには色々、お見通しだったんじゃないかな」

ねえ、ルビー、と覗き込むように問いかけると、泣き晴らした瞳が、ゆっくりと上がる。

「長い間会っていなかったのに――ルビーが決着をつけたくて動いた、その同じタイミングで、明美さんもルビーに会いたくて動いて、結果的に2人は再会した。それって、うまくいえないけど……奇跡、っていう響きはウソくさいけど、でも、ただの偶然と呼ぶのはもったいないというか。たとえ、明美さんの行動の理由が……超、自分勝手なものだったとしても」

自分の命が尽きるから会いたいと言われても、捨てられたルビーにとっては怒りでしかないだろう。けれど。

「明美さんは自分の身勝手さを十分に理解していて、それでも最後にどうしても、どうしても…ルビーに一目会いたくなって…ルビーが会ってくれただけでありがたいって感謝してた。決別だって当然だ、これ以上ルビーには迷惑をかけない、二度と現れません、って言ってたし」
「…」
「病気のことは私が強引に聞き出したようなもので、明美さんは話すつもりがなかったの。ルビーには絶対に秘密にして欲しいと何度も念押しされたし、ルビーの同情をひくためのウソなんかじゃない。これは本当に、ほんと」

じゃあ、何で今わざわざ?と、ルビーの顔が歪む。

「聞きたくなかった」
「だよね、ごめん。完全に私の暴走だってわかってる」
「…正直、あの人の余命とか、どうでもいい」
「うん」
「アタシはもうあの人を捨てたの。アタシに母親なんてもういない」

グッとビールをあおったルビーに、ともみは、ごめん、ともう一度謝った。

「私が秘密を抱えてられなくなっただけ。明美さんには申し訳ないけど」
「…」
「で、もう1つ自分勝手な報告なんだけど。私、明美さんのお見舞いに行ってくる」
「……は?」
「連絡先交換しちゃったし。大切なお客様の1人ですから。……ルビーも一緒に行く?」
「行くわけないじゃん」

強めの即答で睨まれた。ですよねぇ、と笑ってともみは続けた。

「お土産沢山買ってくるね。そういえば、明美さんが買ってきてくれた練り物、超美味しかったよね」

あれにする?と聞いたともみに、食べ物に罪はない、とルビーは口を尖らせながら同意した。

「ルビーちゃんは、こっちの練り物の方が好きなんです」と、微笑んだ明美が、幼き日のルビーが好んだものの全てを、きっと1つも忘れず過ごし続けてきたであろう切なさを想っていると、つーかさ!とルビーが吹っ切るように声を張った。

「さっき、1つ目は、って言ったよね。てことは、もう1つ話があるってことでしょ?」

どんな時でも、ルビーは他者の話を蔑ろにしない。尊敬できるところだと思いながらも、ともみは苦笑いで言った。

「もう1つは、この店のこと」
「タフクキのこと?」
「うん。店のルールを変えたくて。ルビーの意見が聞きたい。光江さんには怒られちゃいそうなことなんだけど」

数日後のSneetにて/西麻布の女帝・光江VSアート界のキングメーカー・紗和子


「アンタ、なんでともみの店に行った?」

「わざわざ呼び出すなんて何かと思ったら…そんなこと、話す必要があるんですか?」

「アンタはそもそもこの街が嫌いで好んで立ち寄ったりしないだろう?田園調布生まれのお嬢様にしてみれば、下品な安酒の匂いがする街、だっけ?」

「それが分かっていて、この店に呼び出すのだから、相変わらず悪趣味なババアですね」

「…いいねえ、アンタの“ババア”を聞いたのは何年ぶりかね」

「お年を召されて記憶がおぼろげに?」

「おばあちゃんになると、1年なんてあっという間でね。アンタもこの10年で随分出世して――ミチ、この人、今、なんて呼ばれてるんだったっけ?」

アート界のキングメーカー、です。とぼそりと呟いたのは、カウンターの中でグラスを拭いている、西麻布の女帝の番犬。確かミチと言う名だったと紗和子は記憶をたどる。最後に見た時より随分威圧感が増した長髪の大男の隙のなさは、上顧客でもあるイタリアンマフィアのボスのSPたちを思い出させる。

「そうそう、キングメーカー!」と、光江がくっ、くっ、と笑った。

「そんなにお偉い方がわざわざお越しくださるとは、光栄の極みだね」

「…イヤミったらしい。そちらこそ……場末の街で女帝と呼ばれていらっしゃることを、そろそろなんとかした方がいいのでは?」

「ホントにねぇ、じゃあ、キングメーカーさん、アンタがなんとかしてくれるかい?」


心底楽しそうにジントニックを傾けた光江に、紗和子はため息を堪える。いつもなら“他人を転がす”のは自分の方で、紗和子を時間も都合も関係なく呼び出せる人間など皆無…のはずなのに、光江から「明日の17時にアタシの店に来な」と、電話がかかってきただけで、今日、ここ、Sneetのカウンターに座っているということにも腹が立つ。

西麻布の女帝という通り名に皮肉を込めて、紗和子はこの街の広さを計算したことがある。東京都港区で西麻布という地名を冠するエリアは、一丁目から四丁目まで。その総面積は、およそ0.75km²で、20分もあれば、端から端まで歩ききることができるほんの小さなスポットで、今ではすっかり昔の勢いもないというのに。

― この“ババア”は、西麻布をまるで世界の中心のようにしてしまう。

小さな街の冠を被った強大な女帝。見た目はいわゆる“ド派手なおばあさん”の実年齢を紗和子も誰も知らない。

「光江さんっておいくつなのか、そろそろ教えてもらえませんか」
「アンタは相変わらずしつこいねぇ。アタシは年齢不詳の設定だっつってんだろ。その方がセクシーなんだから」
「人間界のセクシーとは基準が違い過ぎますけどね」

まるで地響きのような豪快な笑い声をあげた光江に、アンタの言葉はキレがいいから嫌いじゃないよ、と肩を叩かれながら、次はワインにするけど、アンタも飲むかい?と聞かれて、従う以外の選択肢などないのだろう…と紗和子は頷いた。

光江に“セクシーさ”があるのなら、それは野生、しかも肉食動物たちが必要とする“強さ”の色気だ。群れを統べる王である雄ライオンがたてがみを風になびかせてサバンナを駆ける様を想像しながら、紗和子は、「自分で選んでくるよ」とワインセラーと向かった光江の後ろ姿を目で追った。

ふくよかな体に沿いながら揺れるたびにオパールのような虹色を放つバニラ色のシルクドレスは、オーダーメイドだろう。ヒールを履いていることを想定してもおそらく170cmは超えている長身で、ふくよかな体が隠れていることは間違いないのだが、それにしても本当に年齢が想像できない。

とはいっても俗に言われる美魔女的な年齢不詳ではない。寧ろ全く逆。光江は昔からずっと“ド迫力のおばあさん”で、今も“ド迫力のおばあさん”のままなのだ。生まれたときからおばあさんだった、とか、実は何百年も生きている妖怪だ、などと、光江の生態ミステリーについては、まことしやかにささやかれている都市伝説が後を絶たない。

「…この世のものではないと言われた方が、納得できる」

こちらへ戻ってくる光江を見つめながら呟くと、聞こえる距離ではなかったはずなのに、あ?とガラの悪くなった光江をかわして、紗和子は、その手に握られたワインへと話題を変えた。

「ムートン・ロートシルトの白。エール・ダルジャン2003。わりと奮発していただけるんですね」

市場ではまず見かけないヴィンテージで、一本10万円はくだらないだろう、と、女帝の選択に感服した紗和子に、光江がふん、と鼻をならした。

「いつアタシがおごるって言った?話の内容次第では、アンタの支払いだよ」

それじゃぼったくりですよ、と紗和子が呆れると、アンタの無礼をこの程度のワインで帳消しにしてやろうとしてるんだから、感謝して欲しいくらいだけど、と不敵な笑みでボトルを手渡されたミチは、既にグラスの準備は終わらせていたようだった。

― リーデルのモンラッシェグラス。シンプルだけど悪くない。

金魚鉢を思わせる膨らみと、極限まで薄く仕上げられた飲み口が特徴のグラスに、黄金色に熟成した液体が、静かに注がれていくと、まずは完熟した白桃やアプリコットが香った。それを追いかけるように現れるナッツや火打石の複雑なスモーキーさを感じながら、紗和子はその華奢な脚を手に、ゆっくりと口元へ運んだ。

ひと口含んだだけでも、香り通りの濃厚な果実味と、長い熟成を経てもなお芯に残る酸を感じることができる。

― 確か、このワインには、銀の翼、って意味があったはず。

20年以上の歳月が生んだ複雑さを纏いながらも、それでもなお――このワインはこうあるべきだという、造り手のビジョンの輪郭が恐ろしいほどに鋭く残っている。銀の翼。その名は確かにこのワインのためにあるように思えた。

「これは…まあ天才だね」

光江が満足そうにそう評したのは、このワインの造り手であるパトリック・レオンが天才醸造家と呼ばれているからだが、その“天才”の響きに、麻莉奈を思った紗和子が無意識のまま眉を寄せた時、光江が、さて、とグラスを置いた。

「話は2つある。まずは1つ目。わざわざ――ともみの店に行った理由を聞かせてもらおうか」

ああやはり。女帝は2つ、と言った。光江が紗和子を呼び出したのは、おそらくTOUGH COOKIESに行った理由を知るためではない。本当の狙いは2つ目の方だ。予想していたとはいえ、背筋に走った緊張感を気取られぬように、紗和子は敢えてゆっくりと…ワインを口にしてから喋り出した。

「ともみの店、と表現されるなんて…驚きです。あなたの店のはずでしょう?それとも、それほど、彼女を買っているということなんでしょうか」
「ごまかさずに答えな。あそこで話したことが、アタシに共有されることは薄々気づいてただろうに、アタシに断りも入れずに行くなんてアンタらしくない。そもそもアンタが誰かに秘密を相談しに行くっていうのがおかしいんだよ。自分の恥とみなせば本来、踏み潰して消し去るはずだろ?」

婚約者を奪われた恥ずかしい女だとわざわざ強調された気がして、不快感が走ったけれど、女帝は敢えて紗和子の神経を逆なでする話し方をしているのだろう。挑発に乗るわけにはいかないと、素知らぬ顔でほほ笑んでみせた。

「女帝が後継者を選んだとなれば、単純に興味が出るでしょう。私があなたの側で学ばせて欲しいと願い出た時、笑いとばしたあなたが――新しい店を、うら若き乙女に任せたって聞いたんですよ?」
「…」
「それも、元アイドルのかわい子ちゃんだなんて。しかも店のコンセプトが、“女性を助ける店”とは。ついにおボケになったのかと」

「ボケた、ねぇ」と、光江が唸るように笑った。

「つまり、ともみの品定めのためだけに行った、と?」
「まあ、それもありますが…」

言葉に迷った紗和子は、リーデルのグラスを回すと、また口に含んだ。この“銀の翼”は、外気に触れてなお酸を失わず、温度が上がると共に浮かび上がってきた苦みが、ファーストインパクトの果実味と交わり…と、まるで次々と別のワインを飲んでいるかのような驚きがある。

― まさに――“天才”の計算。

またもざらついた胸に、紗和子は、まさか意図的にこのワインが選ばれているのでは…と勘繰りたくもなる。

― この人なら、あり得るからね。

横並びで座る光江にじっと見つめられれば、これ以上の駆け引きは悪手に思えて、紗和子は本音で話すことにした。

「自分の怒りを…そのための計画を誰かに吐き出しておきたいと思ったのも、ウソじゃないですよ。ご存知の通り、私は婚約者を失い…もう、信頼できる友人と呼べる人はいませんから。でもまあ、いざ行ってみたら――色々試したくなって、その結果、疑問もわきましたけど」

「…試した、とは?」

「あの店で働く2人の力量ですよ。ともみさんより、ルビーさんの方が、あなたの求める理想に近い。違いますか?素質というか…才能の格が違う」

「…才能、ねぇ」
「ともみさんは、大変器用なのでしょうが、随分平凡です。彼女は私側の人間であり、あなたになろうと夢見ても、絶対に無理でしょう。それは光江さん、あなたも良くお分かりのはずですよね。だからこそ、疑問なんですよ」

「…」

「あなたは、ともみさんに何をさせようとしているのですか?」

グラスをくゆらせていた光江が、ふん、と鼻を鳴らした。

「それが知りたいのなら…紗和子――アンタにも私の質問に答えてもらうよ。今、アンタが潰すそうとしている“才能”について、ね」

その前に言わせてもらう、と、光江の声は一層低くなった。

「ともみは“アンタ側の人間”じゃないし、“アンタ側”になんて行かせるわけないだろ。そっちの世界は――地獄なんだから」

ゆっくりと自分に向けられた光江の瞳、その光が…痛いほどに冷たくて。射貫かれた紗和子の喉が反射的に、ゴクリ、と鳴った。


▶前回:「一生分の恋をしたから、もう恋はしない」そう言った彼に落ちた、21歳女の選択

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:5月26日 火曜更新予定

配信元: 東京カレンダー

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