「了解しました。ありがとうございました」
上記は、給与体系を巡って部下が上司に返信したメールだ。
その後、部下は「給与体系に納得していない。差額の賃金を支払ってほしい」と主張して提訴した。
裁判所は「給与体系の変更について合意はなかった」と判断し、会社に対して約550万円の支払いを命じた。
以下、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
事件の舞台は、特許事務所である。知的財産権の維持、管理などを行うこの事務所で、Aさんは書類の翻訳作業などを担当しており、基本給は約40万円であった。
■ 基本給の減額(出来高払い制へ)
Aさんが入社して約13年後のこと。特許事務所の代表者は「Aさんの処理件数が少ない」との理由で、基本給を減額するとともに、出来高に応じて「特別手当」を支給するという給与体系に変更した。Aさんにとっては死活問題である。
この変更に、Aさんは異を唱えた。代表者に対して、下記の内容が記載された書面を渡したのだ。
「貴社の私に対する減給は当方はいっさい承諾していません。よって、●月●日までに従前の賃金との差額金14万9387円の支払いをするよう請求します」
このころ、Aさんは社外の労働組合に加入した。が、特に進展はなく、給与は変更された体系のまま、約2年支払われ続けたようだ。その後、Aさんは2年ほど休職する(理由は判決文からは不明)。
■ 復職に向けた交渉
休職が終了するころ、Aさんは会社側と面談を行った。そして、会社に対して、「出来高払いではなく固定給にしてほしい」と要望したが、会社は「しばらくは出来高払いで様子を見る」と回答した。その際、Aさんは会社に対して、雇用契約書の交付を求めたが、会社は応じなかった。
■ 復職後の状況
固定給にしてほしいとのAさんの要望が聞き入れられることはなく、復職後は約5年もの間、出来高払いが続いた。
そこで、Aさんは、当初の月給約40万円との差額を求めて提訴した(直近約3年間で合計約550万円)。
争点は、Aさんが復職したてのころ、「了解しました。ありがとうございました」と上司にメールを送信しており、これが賃金減額の合意といえるのか、である。
裁判所の判断
Aさんの勝訴だ。裁判所は「賃金減額の合意はなかった」と判断した。そして、会社に対して「差額の賃金約550万円を支払え」と命じた。
■ 賃金減額の合意が認定されるケースとは?
最高裁は下記のように述べており、賃金減額の合意が認定されるハードルはかなり高いといえる。
①労働条件の変更について同意があったかどうかの判断は、慎重に行う
②同意があったかについては、下記の要素を総合考慮して判断する
- 労働者にもたらされる不利益の内容及び程度
- 経緯及びその態様
- 当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等
(山梨県民信用組合事件:最高裁 H28.2.19)
■ 本件について
まず、基本給を減額して出来高払い制にした点について、裁判所は「Aさんは承諾しない旨の書面を交付しているので同意したとは認めらない」とあっさり否定している。
問題は、2年の休職期間を経て復職したてのころ、「了解しました。ありがとうございました」と上司にメールを送信した点だ。このメールは、上司が出来高払いである旨を記載したメールに対する返信だったのである。
これについて、裁判所は「賃金減額の合意とはいえない」と判断した。理由は以下のとおり。
- Aさんは、休職前に出来高払い制とすることに強く反発していた。
- 復職前の面談においても出来高払いではなく固定給にするよう要望していた。
- Aさんが雇用契約書の交付を求めていたのに会社は応じなかった。
- 給与額の決定方法等に関する十分な情報がAさんに提供されていないといえる。
- このような事情からすれば、Aさんが、「了解しました。ありがとうございました」と返信したことを踏まえても、会社が提案した賃金体系に同意したものと評価することはできない。
最後に
本件は、従業員が「了解しました」と返信していたとしても、それだけで賃金減額に同意したとはいえないと判断された裁判だ。
給料は、従業員の生活を支えるもっとも重要な労働条件である。そのため、会社から給与体系の変更を求められた場合には、すぐに返答するのではなく、変更後の給与額、計算方法、不利益の程度を確認し、納得できない点があれば書面やメールで明確に伝えておくことが大切だ。何となく働き続けたからといって、常に同意したことになるわけではない。
もっとも、後から争う場合には証拠が重要となるため、説明資料やメールのやり取りは保存しておきたい。参考になれば幸いだ。

