
消費される風景
こんにちは。アンヌです。
先月、久しぶりにパリに滞在しました。大都市とはいえ、その規模は東京の山手線の内側ほど。メトロに乗れば目的地にはすぐ着き、一日のなかにいくつもの予定を無理なく詰め込める。その心地よさを改めて実感しました。
そして街のいたるところに美術館が。無数の展覧会が開かれています。買い物途中にふらりと立ち寄ることさえ自然で、アートが日常に溶け込んでいるのです。さすが“芸術の都”! 私も用事をいくつか済ませたあと、夕方になってコンコルド広場に隣接するジュ・ド・ポーム国立美術館へ。昨年末に亡くなったイギリスの写真家、マーチン・パーの展覧会(*)を観るためです。
観光地や海水浴場など、誰もが目にするありふれた風景を、鮮やかに誇張した色彩で切り取る作風。イギリスの中流・労働者階級の暮らしを、ユーモアと皮肉を込めて写し出しながら、その奥にはどこか愛情が漂っています。
今回、特に印象に残ったのは、世界各地の観光地を撮影したシリーズでした。観光産業と大量消費社会を、鋭く、そしてユーモラスに風刺したものです。美しいビーチの手前にずらりと並ぶ安価な土産物。名所旧跡を埋め尽くす観光客たち。歴史的建造物の前で「特別な体験」を求め、スマートフォンを掲げる人々。そしてその傍らに積み上がるゴミ。作品を見ながら、「ああ、私もその一人だ」と、思わず苦笑しました。
豊かな自然や長い歴史を持つ文化と、消費されていく観光の風景。その強烈なコントラストがどこか虚しく胸に残り、観光産業や消費社会の行く末について、考えずにはいられませんでした。
ほかの展覧会にも足を運びたかったのですが、時間が足りず断念。後ろ髪を引かれる思いで帰国しました。
そして5月、連休に入り、長野県にある山荘へ。
毎年夏になると、居間の戸袋にニホンミツバチが巣を作ります。見つけるたびに殺虫剤を撒いていたので、春には乾ききった古い巣を取り除くのが恒例でした。そうしないと雨戸が開けられないのです。
ところが今年は違いました。戸袋の隙間から巣を引っぱり出そうとしても、妙に重たく、なかなか動かないのです。苦戦しながらようやく取り出すと、ぽたり、ぽたりと何かが垂れてくる。なんと、ハニカム構造の蜂の巣いっぱいに蜂蜜が詰まっていたのです。こんなことは初めてでした。
避暑地として人気のこの地域では、近年さらに、観光開発や別荘建設が加速しています。駅前だけでなく、周囲の森林や山の木々までも次々と伐採され、商業施設や新しい別荘地へと姿を変えているのです。我が山荘の周辺でも、林は年々減る一方……。あの涼やかな景観が少しずつ失われていくことに、寂しさを覚えます。そしてそこに暮らしていた動物たちは? 鳥たちは? ニホンミツバチは?
そうか!
手入れも行き届かず、草木が伸び放題になっている我が家の庭と戸袋が、彼らにとって最後の避難場所になっているのかもしれない。ここなら安心して蜜を蓄えられる、と。いまや希少になりつつあるニホンミツバチが、伐採された森から逃れるように我が家へ集まってくる。それは、単なる偶然ではない気がします。
養蜂箱を置いて蜂蜜作りをしようか……。いや、そんなことを考える前に、まずは、資本主義の拡大が自然を少しずつ侵食している現実を見つめるべきなのかも。少なくとも、希少な生き物たちが少しでも生きやすい環境をどう守っていくのか。避暑地の利用者として責任を問われていると思いました。
パリで見た消費される観光地の風景。そして山荘で出会った小さな蜂の巣が、今、私に大きな課題を与えてくれています。
今回は、私たちが決して疎かにしてはいけない“地球の財産”に目を向けた2冊をご紹介します。文化的資産や豊かな自然。その価値や美しさに改めて気づかされる、素晴らしい内容です。ぜひ手に取って!
(*)『マーチン・パー:グローバル ワーニング展』
*次ページではアンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します

『ある星の汽車』
作/森洋子
(1,980円/福音館書店)
夜行列車に乗り合わせているのは、ドードーの紳士、オオウミガラスの夫婦、リョコウバトの一団……。そしてイリオモテヤマネコやベンガルトラ、人間親子も。生きものたちは、和やかに言葉を交わし、ときに互いに気使いながら、輝く満月や満天の星空の間をゆっくり進んでいきます。あるものは途中下車。あるものは窓から飛び立っていく。描かれているのは滅びゆく生命の哀しみと、残された希望。ページをめくるたびに、駅名や持ち物に込められた細やかな意味にも心奪われます。『銀河鉄道の夜』を思わせる、静謐(せいひつ)で美しい創作絵本です。

『マップス 新・世界図絵』
作・絵/アレクサンドラ・ミジェリンスカ、ダニエル・ミジェリンスキ
訳/徳間書店児童書編集部
(4,180円/徳間書店)
ポーランド発の大型世界地図絵本。42カ国、それぞれの見開きページ一面に、その土地固有の動植物、名産品、遺産、建築物、偉人、文化などが緻密に描き込まれています。言葉による説明が少なく、おのずと読者は想像力が広がり、眺めるだけで地球の豊かさに圧倒される一冊に仕上がっています。続編として、新たに24カ国を収録した『マップス プラス新・世界図絵』もあるので、セットで楽しむことも。
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