脳トレ四択クイズ | Merkystyle
煙が車内に充満も“避難指示”なく乗客放置…脱線火災事故で“当たり前の判断”不可能にさせた「マニュアル運用」の盲点

煙が車内に充満も“避難指示”なく乗客放置…脱線火災事故で“当たり前の判断”不可能にさせた「マニュアル運用」の盲点

2011年5月27日21時55分頃、北海道のJR石勝線・清風山信号場構内で、釧路発札幌行き特急「スーパーおおぞら14号」が脱線し、トンネル内で停止した。車両火災が発生し、煙が車内に流れ込んできたが、乗客は乗務員の車内放送に従ってじっと避難指示を待ち続けていた。

やがて煙に耐えかねた乗客の一部が自らドアを開けてトンネルに飛び出し、結果として全員が無事に避難できた。列車が止まった場所がトンネル坑口からもっと遠ければ、あるいは煙の進行がもう少し早ければ、多数の死者を出していてもおかしくない事故だった。

この事故は、車両の不具合という工学的な問題から始まり、最終的には「乗客をどう避難させるか」という人間と組織の問題に行き着いた。特に注目すべきは、現場の乗務員も運転指令も、最後まで「乗客を避難させる」という判断を下せなかった点である。なぜか。

その答えは、長い時間をかけて積み重ねられてきた「マニュアルと現場判断」をめぐる構造の中にある。(島崎敢・近畿大学教授(安全心理学))

高速化の代償としての事故

JR北海道は、北海道という広大な土地に長大な路線網を抱える鉄道会社である。広い土地を高速で結ばなければ航空機や自動車に勝てない。

北海道全域に高速道路網が整備されていく中で、同社は「1分でも早く目的地に届ける」ことを使命とし、振り子式の高性能気動車キハ283系を投入して、ディーゼル特急として国内最速の最高速度130km/hでの営業運転を実現していた。

ところが、車両の高性能化に対して、線路の状態や保守体制は十分とは言えなかった。高速で走る車両は、線路の状態が良くなければ激しい振動を受ける。そして、その振動は車両の主要部品に思いがけず早くダメージを蓄積させる。

事故を起こした車両も、レールに接する踏面の一部が長さ約60cm、深さ約4.5mmにわたって剥がれ落ち、本来円形であるべき車輪の輪郭が大きく崩れていた。

この剥離が異常な振動を生み、減速機を支える吊りピンが脱落、減速機と推進軸が線路上に脱落して脱線、脱落した減速機の部品が燃料タンクを破損して軽油が漏れ、発電機付近で出火した――というのが運輸安全委員会の認定した事故の経過である。

もっとも、この記事の主題は工学的な側面ではない。事故の発生メカニズム自体は重要だが、この事故が後の鉄道安全に大きな課題をもたらした理由は、事故が起きた後――つまりトンネル内で火災が発生してから乗客が避難するまでの時間――にある。

トンネル内で起きていたこと

異常を検知して列車が停止した直後、運転士は再度列車を動かそうとした。マニュアルには「トンネル内で火災が起きた場合には、可能な限り列車をトンネル外まで走らせる」という規定があり、運転士はこれに従おうとしたのである。しかし脱線していたために列車は動かなかった。

ここから、後の報告書で問題視される時間が始まる。乗務員は脱線の状況や火元の確認を行い運転指令と相談していたが、運転指令は火元の特定にこだわり、煙が白煙か黒煙かにもこだわった。おそらく運転指令の頭の中では、マニュアルのどの項目を適用すべきかを判断するために、これらの情報が必要だったのだろう。

一方、乗客は火元の車両からは遠ざけられたものの、「指示があるまで動かないでください」と告げられたまま放置されていた。車内では事態が急速に悪化していく。後の報道に登場する乗客の証言によれば、煙が入り込み始めて「脱出しないか」と声を上げる人もいたが、多くの乗客は指示に従ってじっと待っていたという。

やがて煙の充満が我慢の限界を超えたとき、乗客が非常用ドアコックを操作してドアを開け、トンネル内へと避難を開始した。乗務員は、乗客が避難を始めているのを見て、ようやく避難誘導に転じた。

この事故で死者が出なかった理由は、最終的に乗客が自ら判断して動いたことに加え、列車がトンネル坑口から201mという出口近くに止まっていたという幸運である。トンネルがもう少し長ければ、あるいは停止位置がもう少し出口から離れていたら、結果は違っていただろう。

マニュアルはなぜ生まれるのか

「火災が起きたら乗客を避難させる」という当たり前にも思える判断が、なぜそれほどまでに難しかったのか。これを理解するためには、日本の鉄道が経験してきた複数の事故と、それぞれが残した教訓を振り返る必要がある。

1951年、横浜の桜木町駅で、垂れ下がった架線に電車が触れてショートし、火災が発生。乗客の多くが車外に出られず100名以上が犠牲になる事故が起きた。この事故を機に、乗客自身の判断で避難ができるよう、車両への非常用ドアコックの設置が義務化されていく。石勝線で乗客が自ら開けたあのドアコックの起源は、ここにある。

1972年には、北陸トンネル内を通過中の急行「きたぐに」の食堂車から出火する事故が起きる。この時の乗務員は「火災が起きたら即時停止」という当時のマニュアルに従って、トンネル内で列車を停車させた。その結果、トンネル内に煙が充満して消火活動も避難誘導も困難となり、30名の死者と700名を超える負傷者を出す大惨事となってしまった。

事故後の検証を経て、「トンネル内で火災が発生した場合には停車はせず、トンネル外まで走り抜けて停止する」という規定に改められた。石勝線で運転士が真っ先に列車を動かそうとしたのは、この教訓に基づくマニュアルがあったからである。

他方で1962年、東京の三河島駅構内で起きた多重衝突事故では、車外へ避難した乗客が対向列車にひかれて多数死亡する痛ましい結果を招いた。この事故を受けて、乗客を安易に線路上に降ろすことのないよう、対向列車の停止確認などの手順が厳格化されていった。

非常用ドアコックの設置、トンネル内火災時の走り抜け、安易な降車の禁止――。いずれも過去の悲劇を踏まえた合理的な改善であった。しかし、これらが「マニュアル」として組織に定着していく過程で、もとの目的である「乗客の安全」は背景に退き、マニュアルを守ること自体が現場の行動を律する原理になっていったのではないだろうか。

その結果、石勝線の事故では、トンネル内火災で走り抜けようとしたが走れない、安易に乗客を線路に降ろしてはいけない、という八方ふさがりの状況に乗務員らを迷い込ませることになる。

想定外の事態に「無力化」するマニュアル

1972年に30名の死者を出した北陸トンネル火災をめぐる裁判では、マニュアル通りにトンネル内に停車させた運転士に法的な責任はないとされた(福井地裁 昭和55年(1980年)11月25日判決)。マニュアル通りに行動した人を罪に問えないし、マニュアルを逸脱してでも最善の判断をしろというのは酷である――そうした考えに基づく判決だと考えられる。

しかし実はこの3年前、同じ北陸トンネル内で同様の車両火災が起きていた。このとき「トンネル内で停車したら消火活動が困難だろう」と考えた運転士の機転により、列車はトンネル外まで走り抜け、犠牲者を出さずに消火することに成功していた。

この2つの事例を踏まえて、マニュアルというものの性格を改めて考えてみたい。

マニュアルとは「Aの場合にはBする」という手順を書いたものである。つまり、マニュアルを作るためには、「Aの場合」が事前に想定できていなければならない。想定できていない事態については、原理的にマニュアルに書きようがない。

石勝線の事故で起きていたのは、まさにこの「想定外」だった。トンネル内での火災発生だが走り抜けることもできず、とはいえ停車したまま車内待機を続ければ火災が広がってしまう――マニュアルが想定していなかったその瞬間に、指令と乗務員はどう動けばよかったのだろうか。

答えはとてもシンプルだ。マニュアル本来の目的(乗客の安全)に立ち返って、今この場で取りうる最善の手段を選べばよかった。現場の状況を一番よく知っているのは、現場にいる人間である。その人間が、目的に照らして最善と思える判断を即座に下すこと。それ以外の方法では、想定外の事態は乗り切れない。

たとえば、乗客を安易に線路上に降ろしてはならない理由は、他の列車と接触する危険があるからだが、石勝線の事故現場は、線路が1本しかない単線区間であった。マニュアル本来の目的に立ち返って乗務員と運転指令が柔軟に考えていたら、避難の判断が早まっていたかもしれない。

こう書くと、「マニュアルから外れた判断を許せば、現場は混乱する」「個人の判断で取り返しのつかない結果を招いたらどうするのか」「マニュアル通りに動いていれば、少なくとも責任は組織が引き受けてくれる」といった意見が出るだろう。いずれももっともな指摘である。

しかし、それはあくまでも平時のオペレーションについての話だ。問題は、平時と想定外の事態が起きた緊急時とを、同じマニュアルで一律に縛ろうとすることだ。

2023年1月、京都・大津周辺を襲った大雪により、JR西日本の路線で15本の列車が駅間で立ち往生する事態が起きた。乗客約7000人が最長で10時間近く車内に閉じ込められ、十数名が体調不良で救急搬送された。この事案について、JR西日本は記者会見で「夜間の降雪の中でお客様に列車から降りていただくことに躊躇し、お客様に降車いただく判断を行うまでに長時間を要した」と説明している。

会社や状況の違いはあるものの、「乗客を降ろす判断を躊躇した」という構造そのものは、石勝線の事故と驚くほど似ている。幸いこの時はそこまで緊急性の高い事態にならず、犠牲者を出さずに済んだ。しかし、もし相手が津波や火災や無差別殺傷事件のような一刻を争う事態だったとしたら、この種の躊躇は致命的になる。

目的に立ち返る習慣をつくる

緊急時の判断力は、緊急時のためだけにある特別な能力ではなく、日々の業務の中で「目的に照らして考える」習慣を重ねた結果として、やっと現場に宿るものだ。

そのためにやってほしいのは、マニュアルそのものを普段から議論の俎上に載せることである。なぜマニュアルがあるのか。目的は何か。目的のためにもっと良い方法はないか。想定外の事態にマニュアルとは違う判断を下す可能性はあるか。こうした問いかけを、平時のうちに繰り返し交わしてほしい。

ただし、こうした議論が機能するためには、組織の中に心理的安全性が確保されていることも前提となる。「マニュアルに疑問を持つこと」が不忠の表明や厄介者と受け取られない空気、若手が経験ある人に意見を述べても糾弾されない空気、間違った発言が出ても建設的に検討される空気――そうした土壌があってはじめて、マニュアルをめぐる議論は実りあるものになる。

マニュアルを軽んじよ、と言いたいのではない。マニュアルは、過去の犠牲と引き換えに得られた教訓の結晶であり、平時の組織を支える重要な仕組みである。しかし、それが「思考停止のための盾」になったとき、マニュアルは本来の目的を裏切る存在に変わる。

不測の事態が起きた時に企業に問われるのは、現場の人間が目的に立ち返って判断できる組織を作ってきたか、ということだ。平時の組織のありようが、危機への最も本質的な備えになるのである。

■島崎敢
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院にて博士(人間科学)取得。同大助手、助教、防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学特任准教授、近畿大学准教授を経て、近畿大学教授。元トラックドライバー。全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など、多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)等があり、学術的知見を現場へ還元する実践の場として、トラックドライバー応援Podcast「プロフェッショナルドライブ」を配信中。

配信元: 弁護士JP

あなたにおすすめ