訪問介護の最前線に立つホームヘルパーの仕事の6割は、買い物や調理、洗濯や掃除、そしてゴミの分別とゴミ出しといった「生活援助」が占めています。
これらは介護が必要な高齢者の「暮らし」を支える仕事ですが、介護の実態を知らない人に「誰でもできる」と思われがちな業務でもあります。
実際に、国は要支援者向けの「生活援助」などについて、介護保険の給付の一部を、ボランティアなどが担う「地域支援事業」へ移行させる仕組みを進めています。
「専門職でなくても対応できるだろう」という前提に立った動きですが、現場の現実はそれほど単純ではありません。
今回はゴミ出しや片付けの事例から、なぜこれまで生活援助を専門職が行ってきたのかを考えてみます。(ホームヘルパー・藤原るか)
ゴミに埋もれ…高齢者の「自己の喪失」
ある日突然「ゴミ出しができなくなる」自分を想像してみてください。
高齢者にとって「これまで当たり前にできていたことが、できなくなる」という事態は、単に部屋が汚れるということ以上に、深い自己の喪失に直結しています。
そして、しばらくゴミ捨てが滞れば、生活の場はあっという間に、いわゆる「ゴミ屋敷」になってしまうのです。
都子さん(仮名・85歳)の家は、まさにその一歩手前にありました。
介護保険制度は、本人や家族が自ら行政に申請しなければ介護保険を利用できない「申請主義」の仕組みをとっています。そのため、明らかに支援が必要でも、介護保険の利用をできていない人がいます。都子さんもそうでした。
地域の民生委員や地域包括支援センターの職員が都子さんの家に足を運んで説明し、介護保険を申請したことで、ようやく私たちホームヘルパーとつながりました。
都子さんへのケアプランは、買い物と掃除で支援時間45分と決まりました。
「そこのゴミ、捨てて頂戴」
私が初めて都子さんの家を訪問したのは、梅雨に入る前のこと。玄関のチャイムは大分前から故障しているようで、茶色くなった「故障中」の張り紙が貼られています。母屋に続く道には廃品のようなものがうずたかく積み上げられています。
雨風にさらされて形が分からない物もあり、ところどころにブルーシートが掛けられていました。近隣からは火災への不安からクレームが出ており、辺りには生ゴミのすえた臭いも漂っています。
家の中に入ると、床には新聞紙が敷き詰められ、まるで「けもの道」のようになっています。声のする奥の部屋までゆっくり進んでゆくと、山盛りのゴミ箱の向こうから丸めたティシュをポン、ポンと放り投げている都子さんの姿が。そして、私を見るなり「そこのゴミ、捨てて頂戴」と命令口調の一言が飛んできました。
知らない人はびっくりするかもしれませんが、福祉の現場ではよくあること。「私という人間と暮らしを認めて」というアプローチで、こうした言動に関係づくりの糸口があります。
「ちょうど良かったです! 明日が燃えるゴミの日ですから、袋に開けて出しましょう。ゴミ袋はどれを使えばいいですか?」
そう言って、私がスーパーの袋の山に手を伸ばした瞬間に、「触らないで! 清潔と不潔を分けているのだから!」と雷が落ちました。
再度お話を伺うと、都子さんは自分の近くにあったスーパーの袋に、周りの紙ゴミを拾って捨てて欲しかったのだそうです。それでも、いざ捨てようと紙ゴミを拾い出すと「それはゴミではない」と細かく指示があります。
ただし、よくよく聞いていると、ご本人の主張は筋が通っています。
都子さんがゴミを出せなくなったワケ
その後、定期的に家に通い、片づけを一緒に取り組むうちに、都子さんがゴミを出せなくなってしまった「原因」がわかりました。
ある日、ゴミ出しの際に近所の方から「今日はそのゴミの日ではない!」と、分別についてきつく怒鳴られた事があったそうです。
当時から認知症状があった可能性もあります。そのことがきっかけで都子さんはゴミ出しが不安になって、周囲に迷惑をかけまいと、風呂場や納戸にゴミを溜めるようになり、それがやがて庭にまで広がっていってしまったのでした。
都子さんのお宅以外でも、似たようなケースはたくさんあります。
認知症状から新聞勧誘を断れず、同時に5紙が届くようになって、家じゅう新聞紙だらけになっていたお宅。ネットショッピングで届く段ボールの処理に困り、ベッドにまで段ボールが重なって寝る場所がなくなっていたお宅……。
ゴミが捨てられなくなった理由、溜めてしまう理由が、認知症状などによる「物忘れ」や「脳の混乱」である場合は少なくありません。ご本人は「ゴミくらい捨てられる」と自信満々でも、ゴミ回収の時間や曜日、分別のルールが分からなくなってしまっているのです。
なぜ専門家が対応してきたのか
物を捨てられずに過剰に溜め込んでしまい、自らも不潔な環境に追い込んでしまう心の病気や状態は「ディオゲネス症候群(ため込み症)」や「セルフネグレクト」とも呼ばれ、社会問題にもなっています。
単に「だらしないから掃除をしない」という話ではありません。ゴミを捨てる行為ひとつとっても、高齢者のプライド、地域からの孤立、そして認知症や精神疾患などが複雑に絡み合っています。
だからこそ、高齢者の人権を守りながら生活を立て直すためには、ホームヘルパーの介入、住宅の専門家、医師、そして地域の民生委員や介護支援専門員(ケアマネージャー)など福祉の専門家、場合によっては行政や法律の専門家が連携する「チーム」が欠かせません。
介護保険制度改定をめぐる動き
前述したように国は現在、財政難や介護人材不足などを理由に、訪問介護の「生活援助」のあり方を見直す議論を続けています。特に人口減少エリアなどでは、「特定地域」と定め規制を緩めて、介護度1~5の方を含め保険給付から市町事業へ移行する事を可能にしようとする議論が活発化しています。
しかし、現場の実態を見て、それでも「ボランティアだけで対応できる」と言えるでしょうか。
信頼関係の構築も、認知症や精神疾患への理解もないままボランティアが家へ“土足”で踏み込めば、高齢者はさらに心を閉ざしてしまうかもしれません。
■藤原るか
訪問介護事業所のヘルパー。学生時代に障害児の水泳指導ボランティアに参加したことから福祉の仕事に興味を持ち、区役所の福祉事務所でヘルパーとして勤務。介護保険スタートにあわせて退職し、以来訪問ヘルパーとして20年以上活動している。「共に介護を学び合い・励まし合いネットワーク」主宰。

