大手時計メーカー「シチズン時計」の元幹部が、会社の在庫品である腕時計を不正に持ち出し、買い取り店に売却し続けていたとして、業務上横領の疑いで警視庁に逮捕された。
報道によれば、逮捕されたのは、同社の元海外ブランド営業部長・本間欣哉容疑者(57)。住み込みで働いていた静岡県熱海市内の旅館で発見され、逮捕に至った。
逮捕容疑は、2019年12月ごろから2020年2月ごろにかけて、シチズン時計の子会社倉庫に保管されていた腕時計8本(販売価格合計約220万円相当)を持ち出し、新宿区内の買い取り店で売却した、というもの。
シチズンの腕時計の買取価格は、モデルやコレクション、状態(新品・中古)によって違いがあるものの、最高峰ブランドでは1本30万円前後で取引され、高値のものを厳選していたとみられる。
もっとも、同庁が把握しているのはこの8本にとどまらない。
2019年12月ごろから2024年4月ごろまでの約5年間にわたり、本間容疑者は40回以上にわたって買い取り店を訪れ、腕時計を売り続けていたとみられている。その総数は約420本、販売価格にして約9600万円相当。売却で得た金額は3000万円以上とされ、飲食代、交際相手との宿泊費、ゴルフ代など私的な用途に充てていた疑いがある。
本間容疑者は調べに対し、「お金が欲しくてやった」と容疑を認めている。
在庫管理システムが「抜け道」に
なぜ、これほど長期間にわたって不正が続いたのか。
本間容疑者は事件当時、営業企画部門の課長を務めており、宣伝・撮影・展示といった販促活動のために倉庫の在庫品を持ち出す権限を有していた。在庫管理システムを通じて合法的に時計を取り寄せられる立場にあったため、少なくとも外形上は「正規の持ち出し」と区別がつきにくい状況だった。
転機となったのは2024年9月。会社が棚卸での商品確認を徹底する方針を打ち出したことで、本間容疑者は「出勤できない」と上司に伝えてそのまま姿を消した。自らの不正がバレると観念したのだろう。
その後、シチズン時計が社内調査を進めたところ、在庫品が横領された疑いが浮上。同社は同年10月に本間容疑者を懲戒解雇し、同年12月に警視庁へ被害届を提出した。
シチズン時計は逮捕を受けて27日、「本件を厳粛に受け止め、既に業務プロセスの見直しおよび内部管理体制の強化を実施しております。今後は、あらためてコンプライアンス教育の徹底等を通じ、再発防止および信頼回復に努めてまいります」とのコメントを発表している。
単純横領と「業務上横領」の違い
この事件で本間容疑者が問われているのは「業務上横領罪」。
横領という言葉は日常的にも使われるが、刑法上の横領罪は大きく3つの種類に分類される。それぞれの内容と量刑は異なるため、整理しておく必要がある。
まず「単純横領罪」(刑法252条)は、自己が占有する他人の物を、不法に自分のものにした場合に成立する。他人から借りた物を返さずにいる、あるいは勝手に売却するといった行為がこれに当たり、有罪となれば「5年以下の拘禁刑」が科される。
次に「業務上横領罪」(刑法253条)は、業務として他人の物を預かっている者が、その物を自らのものにしたときに成立する。量刑は「10年以下の拘禁刑」と、単純横領罪よりも格段に重い。
なぜ業務上横領罪のほうが重いのか。それは、業務として委託を受けた者が、その信頼関係を裏切る行為に当たるからだ。委託者と受託者の間には、財産管理を任せるに足る一定の信頼が存在する。その信頼を意図的に利用し、私腹を肥やす行為は、単純な横領よりも悪質性が高いと法律は判断している。
3つ目は「遺失物等横領罪」(刑法254条)で、道端に落ちているスマートフォンをそのまま自分のものにするなど、他人から委託を受けていない物を横領した場合に成立する。委託関係を侵害する性質がないため、量刑は「1年以下の拘禁刑」もしくは「10万円以下の罰金」または科料(1000円以上1万円未満の金銭的罰則)と、3種のなかで最も軽い。
「横領」と「窃盗」「背任」は何が違うのか?
横領罪と混同されやすい犯罪として、窃盗罪と背任罪がある。
窃盗罪(刑法235条)との違いは、「誰が対象物を占有していたか」という点にある。スリ、ひったくり、空き巣、万引きなどのように「他人が占有する物」を盗んだ場合は窃盗罪が成立する。一方の横領罪は、行為者自身がすでに物を管理・支配している状態(占有状態)から不正行為が始まる点が本質的に異なる。
逆にいえば、シチズン事件のように「在庫管理システムで正規に取り寄せた時計を、そのまま売却する」という行為は、窃盗ではなく横領として捉えられることになる。
背任罪(刑法247条)との違いも重要である。背任罪は、事務を委託された者が自己または第三者の利益のために会社に損害を生じさせた場合に問われる罪で、量刑は「5年以下の拘禁刑」または「50万円以下の罰金」とされている。横領罪と異なるのは、「不法領得の意思」、つまり「自分のものにしてやろう」という意図がない点にある。その分、量刑が軽くなっている。
商品の「横流し」も業務上横領に当たる
商品の横流しが業務上横領に該当する、という点は明確に押さえておく必要がある。
横領行為の典型例は着服(他人の金品をひそかに盗んで自分のものにすること)だが、法律上の「横領」はこれに限られない。自分が管理・支配している物を、所有者に無断で使用・処分するあらゆる行為が横領にあたる可能性がある。商品の横流し、物の売却・転売、質入れなども例外ではない。
「信頼」の重さが罪に反映
前述の通り、職務上の信頼関係を長年かけて食い破る行為が、業務上横領罪として単純横領罪よりも重く罰せられるのは、まさにその「信頼の裏切り」を法が厳しく評価しているからだ。しかし、それを乗り越えて罪を犯してしまう者が後を絶たないという現実がある。
翻って、企業側が被害を抑止するには何が求められるか。シチズン時計が「内部管理体制の強化」と「業務プロセスの見直し」を打ち出したように、権限と在庫管理の透明性を高め、そもそも不正をしようとしてもできない仕組みを整えることが再発防止の核心となる。

