高い教育水準や豊富な資源など、本来であれば地域の希望となるはずの「地力」を備えた秋田。しかし、その内側には、性別による役割分担や「思い込み」という、目に見えない強固な壁が依然として存在している。優秀な若年女性たちが次々と県外へ新天地を求める現状は、地域社会に残る閉塞感の裏返しとも言えるだろう。
背景にあるのは、長い歴史の中で育まれた価値観だ。男性主導の意思決定や、周囲の目を気にする「ええふりこき(いい格好をする)」といった気質が、図らずも多様な生き方を阻んでいる側面は否定できない。
こうした中、外部視点を持つ民間登用のリーダーや女性議員たちが、地域の「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」を問い直し始めている。人口減少の最先端をゆく秋田が、自らの内なる多様性を解き放ち、誰もが未来を描ける地へと変容できるのか。その挑戦の行方を追う。
※この記事は、毎日新聞記者で、2020年から秋田支局で勤務する工藤 哲氏の著書『ルポ 人が減る社会で起こること』(岩波書店、2025年4月)より一部抜粋・構成しています。
発展のカギは「女性の活躍の推進」と「多様性を広げること」
若い世代を中心に人口流出が進む秋田県で女性の活躍の場を広げようと、県が女性で初の理事に任命したのが陶山さなえ氏だ。秋田の将来はどうなるのだろうか。またどんな可能性があるのか。23年6月、退任前にインタビューし、秋田の課題を語ってもらった。
山口県出身の陶山氏は1979年に安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)に一般職として入社した。95年に38歳で総合職に転換し、17年から損害保険ジャパンのグループ会社社長を務めた。21年7月に秋田県理事に就任した。
今後の秋田の発展の可能性について、「多様性を社会や企業が受け入れることで新たな発見、刷新が生まれる」として、県内外から伝わるアイデアや考え方を柔軟に受け止め、尊重していくことを継続していくことがカギになる、と指摘する。
県外出身の陶山氏が主に取り組んだのは、秋田での「女性の活躍の推進」と「多様性を広げること」の2つだった。県庁や県警などの行政機関や地元企業の主要ポストの多くを男性が占めてきた中で、特に女性自身や企業経営者らへの意識改革をどう促すかが大きな課題だったという。
陶山氏は任期中の経験をこう振り返った。
約2年の任期で見えてきた秋田の現状はいかがですか。
陶山氏:「小中学校の学力テストの結果は全国的にも上位で、産業の活力となるエネルギーの自給率は高く、豊かな自然が生み出す食料の自給率も高いです。歴史的にも多くの米が収穫でき、農林・鉱物資源に恵まれたことで『豊かさゆえの余裕』を持つ、おおらかな県民性が形づくられたと思います。
しかしその豊かさがあたりまえになり、そのすばらしさに気づかないままどこか自己肯定感の低さがうかがえ、『もったいない』と感じてきました。
また性別による役割分担が明確で『男性は仕事、女性は家庭優先』という以前からの価値観が今も根強い、と感じました。特に年配者の上司らが、悪意のない配慮から『女性には責任が重すぎる』と活躍の場を限ってしまう。
このため優秀な女性たちは学校を卒業すると、新たなチャンスを求めていったん秋田から離れてしまい、その後なかなか戻ってきません。こうした地元の人たちに長年根付いてきた『思い込み』を変えていくことが大切です」
よりよい環境づくりのために必要なことは何ですか。
陶山氏:「なかなか上がらない賃金も大きな課題ですが、それに加えて仕事で『やりがいがある』と感じ、5年後、10年後のなりたい自分が描ける環境作りでしょう。そちらに力を入れれば組織にも徐々に力がついてくる気がします。
今の業務を丁寧に見極め、『ここは女性にも任せられる』『この人ならやってくれる』と、その人が持つ資質や能力で仕事を増やしていけば男女差は薄れていくと思います。男性が積極的に育児休暇を取り、育児に参加して両立の大変さを知ることで職場の雰囲気が変わるはずです」
筆者自身も秋田でよく感じるのは、男女の役割分担が明確なことだ。企業や行政、県の幹部を見ると、女性の姿は少ない一方、食生活の改善に取り組む活動などの場に姿を見せるのは、9割以上が女性だ。
この背景について、県内の女性から「昔から農業県の秋田では、生きていくためには男手が必要な力仕事がどうしても必要だった。男性の影響力が社会でも家庭でも特に強いのはこの名残だと思う」と聞いたことがある。
だが、21世紀も四半世紀が過ぎた現在でも、性別役割分担の考え方が残るままなら女性にとってはチャンスや魅力に乏しい閉塞感の漂う地域になってしまう。
「Uターンしようとしても、現実には男性が昇進で優遇されていたり、『親もこの仕事についているから』といったコネ採用が中心と言われる職場もある。新たな環境でチャレンジしなければ成長が限られてしまう。うちの娘が県外に出るなら、それは止めない」
こう話す母親の声が耳に残る。
「ええふりこき」と「何もない」の裏にある息苦しさ
県北部に住む移住者の30代男性は、秋田での暮らしを息苦しくさせる2つの要因として「ええふりこき(いい格好をする)」気質と、家庭内でよく交わされる「秋田には何もない」という言葉を挙げる。
歴史的に大陸や北海道、関西、北陸地方とのつながりが深く、食も豊かな土地柄の秋田の人たちはプライドが高く見えっぱりで、苦しくなっても「人の助けを借りることを嫌がる傾向にあるのではないか」とこの男性は見る。
「苦しくても、そんなにみっともない姿を近所に見せられない。近所にどう噂されるかわからない、と考えがちになる。他人に言わずに黙り続けた末に、ある日突然行き詰まる。秋田は自殺率が高いと言われてきましたが、こうした雰囲気とも関係がある気がします」と話す。
「たとえば街から離れていくほど人との交流は限られ、人との接点の選択肢がなかなか広がりにくい。それに加え、苦しくなっても誰かに助けを求められず、新たな知識を得ることもなかなかできず、家を出るか、極端になれば自殺してしまうとか、仕事を失ったら人生おしまい、という感覚に陥ってないか、と気がかりです。さまざまな支援策や交流があるのに、そこにうまくつながらないことになりかねません」と懸念する。
また、秋田にはさまざまな魅力や可能性があるのに、大人が子どもに家の中で「秋田には何もないから将来は出てもいいよ」と簡単に伝えてしまうこともあるという。
「子どもがUターンして帰ってきたくても、実は親や祖父母世代が、それを本気で熱烈に受け入れ、歓迎しようとしていない。それで若い世代も親に気兼ねして、戻ろうとしないのではないでしょうか」とも語った。
一部に残るこうした思い込みを変えていくために必要なのは、やはり県民の利益を損ねない形での、異なる背景を持つ人との頻繁な情報交換や交流、往来ではないだろうか。秋田は、かつて大陸と往来していた豊かな文化を今に伝えているだけに、その気概を取り戻すべきだろう。
秋田県が変わるための大きなポイントは、これまで根強く残ってきた「アンコンシャス・バイアス」を見直し、多様な価値観を無理のない形で徐々に受け入れていくことだ。
こうした中で、秋田県議会の女性議員らでつくる「女性議員ネットワーク」が25年1月に開いたシンポジウムでは、現状を打破する現実的な一つの手段として、まずは女性議員を増やしていく大切さが語られた。
参加者の女性議員からは「議員になりたくてもお金やサポートが乏しいうえに、地域の一部からも反対がある。さらに、なったとしても(多数派の男性議員からの)セクハラやパワハラに耐える環境がいまだにある」との声が出た。
さらに「人を受容することが求められているのに、それに気づかずに過ごしてきた人が一定数存在する」「自治会で女性が発言しようとすると、女は出しゃばるな、と言われた」「政治などの意思決定の場に女性が圧倒的に少ない」といった声も出た。
さらに「リーダー層が男性ばかりだと、子どもたちがそれを見て、それがあたりまえと受け止めるようになってしまう」との懸念や、「秋田県議の女性の割合は約15%で、東京都議は約3割。東京の水準になれば地元の女性の選択肢は増え、力を発揮できるようになる」といった期待も出た。
秋田でも一部の自治体は「女性ゼロ議会」だが、県の人口の半分以上が女性という事情を考えれば運営上バランスに欠ける。地元に埋もれている有能な女性の能力をどう引き出し、意思決定の場に加えられるかが、秋田の将来を左右する大きなカギになりそうだ。
高齢者の割合が県内で高まる中で、これを変えていくのは決してやさしい道ではない。だが新たな価値観が根付かなければ、魅力的な未来は描きづらい。少子高齢化が日本の中でも特に進行している秋田がこの波をどう乗り越えていくか、実際に変えていけるのかは、日本の地方が直面している一つの現実として大いに注目に値する。

