
「収入が多い富裕層なら、物価高や重税に苦しむ日本でも余裕ある暮らしができる」――そう考える人もいるでしょう。しかし現実はまったく逆です。富裕層ほど重い課税に直面し、その結果として海外へと資産や生活の拠点を移す動きが広がっています。これは、国内の才能や資本流出につながりかねない深刻な問題です。本記事では、宮脇さき氏の著書『世界の新富裕層はなぜ「オルカン・S&P500」を買わないのか』(KADOKAWA)から一部を抜粋・再編集し、富裕層を海外脱出へと駆り立てる課税の実情を解説します。
才能と資本の流出が止まらない! 富裕層が次々と日本を脱出
近年では、日本の富裕層が次々と海外移住を決めています。私のコミュニティの、ある富裕層も、最近になって「日本の重い税はもうこりごり」と、ご家族で海外移住されました。しかし、海外移住を考える際に注意しなければならないのが、「出国税(国外転出時課税制度)」という仕組みです。
これは、1億円以上の対象資産を持っている人が日本から出国して非居住者となる際、その資産の含み益(まだ売却していないが、値上がりしている評価益の部分)に対して、15.315%が課税されるという制度です。この対象資産には、一般的な投資家が保有する株式や投資信託だけでなく、会社のオーナー経営者が保有する自社の株式なども含まれます。
ポイントは、まだ売却せず利益を得ていない状態でも、値上がりしている分に課税されるということ。例えば、自身が創業した会社の株式(自社株)や、投資で保有する株式・投資信託などで10億円分の含み益がある人は、これから株価が下落するかもしれないというリスクを抱えながらも、出国に際して1億5,315万円もの税金を現金で納付する必要が生じるのです。
この制度は、日本の富裕層が多額の含み益を抱えたまま海外へ移住し、日本の課税権が及ばなくなった後にその資産を売却して課税を免れる、といった事態を防ぐために導入されたものと考えられています。つまり、「出国前に、これまでの資産形成益に対してきちんと税金を納めてもらう」という国の意図が背景にあります。
特に注意したいのは、「資産はあるけれど、納税資金としての現金が手元に十分にない」ケースです。納税は原則として現金一括納付が求められるため、現金が用意できなければ移住計画そのものを見直さざるを得なくなる可能性もあります。
エイベックスの松浦勝人会長も、以前、Xでこんな発言をされています。
「円安の影響で資産は目減りしていますし、だからと言って海外へ移住生活するためには持ち株式の評価の20%を現金で税金として売ってもいないのに収めなければならない状況は、まるで日本は島国という牢獄のように感じます」(2023年10月20日)
一部の富裕層にとっては、現在の日本の状況はまさしく「島国という牢獄」のように感じられるのかもしれません。
富裕層に厳しい税制、資産把握の取り組み
出国税の対象は、株式や投資信託、未決済の信用取引・デリバティブ取引などで、現時点では不動産と暗号資産には適用されていません(2025年5月時点)。
しかし、「暗号通貨にも出国税を課すべきではないか」という議論は以前からあり、将来的には、暗号資産も納税対象になる可能性が高いとされています。そのため、今のうちに海外移住したいと考える暗号資産長者が増えているのです。
さらに、富裕層に対する資産把握の取り組みは強化される傾向にあります。例えば、「財産債務調書制度」では、一定以上の所得があり、総資産3億円以上(有価証券は1億円以上)や、所得にかかわらず、総資産10億円以上を保有する人は、その財産の状況を国へ報告する義務があります。
また、「国外財産調書制度」もあり、国外資産が5,000万円を超えると、これも税務署へ報告する提出があるのです。こうした情報をもとに、税務当局は今後さらに課税強化や報告義務を拡大することもあり得ると言われています。
さらに、令和5年度税制改正において、「ミニマムタックス」が創設され、令和7年(2025年)分の所得税から適用されています。
これは、極めて高額な所得を得ている一部の富裕層に対して、一定水準以上の税負担を確保することを目的とした制度です。
具体的には、各種所得の合計額から3.3億円を控除した残額に22.5%を乗じた金額が、通常の所得税額を上回る場合、その差額を追加で納める必要があるという仕組みです。対象となるのは、年間所得がおおむね30億円を超えるような超高額所得者とされています。
この措置は、いわゆる「1億円の壁」(所得が1億円を超えると、所得税の負担率が逆に低下する現象)の是正を一つの目的としています。こうした動きは、今は「ごく一部の超富裕層だけの話」だと思われるかもしれませんが、将来的に対象基準が段階的に引き下げられたり、別の形で課税強化が行われたりすることもあり得ます。そうなれば、当然、節税や資産防衛を目的として海外移住を検討する富裕層がますます増えることも考えられます。
こうした流れは、私が拠点とするドバイをはじめ、シンガポールやタイ、マレーシアなど、アジアの主要都市で活躍する日本人経営者や投資家と交流する中でも、年々活発になっていると肌で感じます。日本の将来性や税負担への懸念から、より有利な環境を求めて海外に活路を見出す人々の流れは、今後さらに加速していくかもしれません。
これは単に個人の選択の問題ではなく、国の長期的な活力や税収基盤にも影響を及ぼしかねない深刻な問題なのです。
宮脇 さき
個人投資家・富裕層向け海外移住コンサルタント
※本記事は『世界の新富裕層はなぜ「オルカン・S&P500」を買わないのか』(KADOKAWA)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。記載内容は当時のものであり、また、投資の結果等に編集部は一切の責任を負いません。
