
親の介護が必要になったとき、きょうだい間で役割分担をどうするかは大きな問題になります。介護は、性別や出生順だけで担えるものではありません。仕事、家族、住まい、費用負担などを含めて、現実的に考える必要があります。
「長男でしょ?」母の介護をめぐって始まった姉弟のすれ違い
会社員として働く浩介さん(仮名・52歳)は、母・節子さん(仮名・82歳)の介護をめぐり、姉の美和さん(仮名・56歳)と話し合うことになりました。
節子さんは地方の実家で一人暮らしをしていましたが、最近になって転倒が増え、要介護1の認定を受けました。認知機能にも少し不安が出始め、近所の人から「火の消し忘れがあったようだ」と連絡が入ったこともあります。
浩介さんは月に一度ほど帰省し、通院や買い物を手伝っていました。一方、美和さんは実家から車で30分ほどの場所に住んでおり、日常的な見守りを担っていました。
最初は、二人とも「できる範囲で支えよう」と話していました。しかし、介護が長期化するにつれ、美和さんの不満は強くなっていきます。
「私ばかり見てるじゃない」
ある日、美和さんは電話でそう言いました。浩介さんも、申し訳なさは感じていました。しかし浩介さんには妻と高校生の子どもがいて、仕事も忙しく、すぐに実家へ戻れる状況ではありませんでした。
すると美和さんは、こう切り出しました。
「長男なんだから、お母さんと同居してよ」
浩介さんは、すぐには返事ができませんでした。「長男だから」という言葉に、強い違和感を覚えたといいます。
浩介さんは、姉の苦労を否定するつもりはありませんでした。ただ、同居を迫られるなら、曖昧なまま引き受けることはできないと感じました。
数日後、浩介さんは姉と実家で向き合いました。美和さんは、母を施設に入れることには抵抗がありました。
「お母さん、施設は嫌だって言ってるし」
「家で見られるうちは見たほうがいいでしょ」
その言葉に、浩介さんは静かに答えました。
「同居するなら、条件がある」
美和さんは驚いた顔をしました。
「同居するなら、条件がある」弟が提示した現実的な線引き
浩介さんが提示した条件は、三つでした。
一つ目は、介護費用を母の年金と預貯金から優先して使うこと。二つ目は、姉も通院付き添いやショートステイの手続きなどを分担すること。三つ目は、将来の相続で“同居して介護した事実”をきちんと考慮することでした。
「同居するなら、僕の家族の生活も変わる。妻にも負担がかかる。そこを“長男だから当然”で済ませないでほしい」
美和さんは、しばらく黙っていました。
本音では、自分も限界だったのです。仕事をしながら母の様子を見に行き、病院へ連れて行き、近所からの連絡にも対応する。誰かに代わってほしかったのです。
厚生労働省『国民生活基礎調査』でも、要介護者を主に介護する人は同居家族だけでなく、別居の家族や親族も含まれています。家族介護は、特定の一人に負担が集中しやすい問題でもあります。
その後、姉弟はケアマネジャーを交えて話し合いました。
訪問介護、デイサービス、ショートステイを組み合わせ、まずは在宅生活を続ける方向になりました。浩介さんは月2回の帰省と手続き関係を担当し、美和さんは緊急時の近距離対応を担う。費用は母の資産から出し、不足分は姉弟で話し合うことにしました。
「長男だから」という言葉は、話し合いの場から消えました。美和さんは後日、浩介さんに言いました。
「私も、押しつけたかったわけじゃないの。ただ、つらかった」
浩介さんも、姉の言葉を受け止めました。
介護は、誰かの善意だけで続けられるものではありません。親への思いがあっても、仕事や家庭、体力には限界があります。
「家族なんだから」と曖昧にしたまま始めると、やがて不満や相続トラブルにつながることもあります。
浩介さんが姉に突きつけた条件は、母を支えるために、きょうだいが共倒れしないための現実的な線引きだったのです。
