米グーグルの日本法人、グーグル合同会社に勤務する都内在住の男性社員(45歳)が、社内での「PIP」(Performance Improvement Plan=業績改善計画)の開始を契機に適応障害を発症したとして、6月3日、渋谷労働基準監督署に労災申請した。代理人らが同日、都内で会見を開き、経緯を明らかにした。
PIPとは、業績や能力が基準に満たないとされる従業員に対し、1〜3か月の期限を設けて改善目標を課すプログラムである。労働組合のJMITU Alphabetユニオン支部(JAU)は、PIPが事実上「失敗すれば解雇」という構造を持ち、労働者に極限の心理的負荷を与えていると主張している。
「朝8時前から深夜2時3時まで働く生活」
男性は2016年からソフトウェアエンジニアとして同社で勤務しており、組合側の発表によると、PIP開始後、男性は土日を含め朝8時前から夜10時頃まで、ときには深夜2時、3時まで働く生活を送ったという。
そして2か月後の2025年11月、抑うつ・不安・不眠・食欲低下・体重減少・集中力の低下などの症状が現れ、適応障害の診断を受けて休職。
組合側はPIP開始以前から、団体交渉の場で「(男性に対する)上司の指導が曖昧で業務実態に即していない」と指摘していたにもかかわらず、PIP開始後も上司からは「資料内の図表の文字が小さくて読みづらい」「自己評価シートの文面の文字数の比率が実際の業務時間に比例していない」といったフィードバックが続いたと説明。
さらに男性は上司から「このままだと解雇に至る」と繰り返し伝えられていたという。JAUの小林佐保執行委員長は会見で、この上司について「以前から外国人の部下に対して理不尽な指導を繰り返し、社内の通報窓口にも相談が寄せられていたが、会社は対応しなかった」と述べた。
その後、男性は3月に復職したが、組合側によると、医師の診断書に「業務変更の推奨」が記載されていたにもかかわらず、会社側はこれを受け入れず男性を元のチームに配置。5月にはPIPが再開されたといい、代理人の木谷晋輔(きたに・しんすけ)弁護士は「結果次第では再び解雇のリスクがある状況だ」と説明した。
「極限の恐怖を日常的に与え続ける構造」
今回の労災申請で争点となるのは、PIPの開始自体が、厚生労働省の精神疾患労災認定基準における「退職を強要された」「解雇された」に匹敵する心理的負荷にあたるかどうかだ。
上記認定基準では、「退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、長時間にわたり又は威圧的な方法等により、執拗に退職を求められた」場合などを心理的負荷「強」と評価する。
そのうえで組合側は、グーグル社におけるPIPが事実上の退職強要・解雇予告として機能していると主張。労働法が企業に厳格な「解雇回避努力義務」(解雇を避けるため配置転換などの努力を尽くす義務)を課している点を踏まえ「PIPの不達成は評価の中央値に届かないという意味にすぎず、雇用継続を不可能にするほどの能力不足を客観的に証明するものではない」と指摘。
代理人の尾林芳匡(おばやし・よしまさ)弁護士は会見で「(グーグル社で)PIPの対象になること自体が、解雇・退職強要と同様の強い負荷を持つ。労働時間数を問わず、この出来事だけで『強』と認められるべきだ」と訴えた。
グーグル社のPIP文書には「改善されない場合、さらなる改善計画を実施することなく解雇を含む是正措置が取られる可能性がある」と明記されている。JAUはこの仕組みを「労働者に『失敗=即解雇』という極限の恐怖を日常的に与え続ける構造だ」と指摘した。
同社では複数のPIP関連解雇が係争中
組合側によれば、同社ではPIPに関連する複数の解雇事案がすでに裁判で争われている。2024年2月にPIPを開始され同年12月に解雇された社員は、2025年2月に東京地方裁判所へ地位保全の仮処分を申し立て、現在も本訴が進行中だ。
この社員は、改善傾向を上司自身が認めていたにもかかわらず、途中から「ソートリーダーシップ」という抽象的な目標を後出しで追加され、未達成を理由に解雇されたとしている。
別の社員は「職能3」で入社後、「職能5」まで昇進したが、病休を契機にPIPを開始され、未経験の業務を短納期で求められた末に2025年12月に解雇された。東京地方裁判所への提訴を予定している。
組合側は「労災申請の動きを見て、『自分もできるのか』という声が組合員から上がっている。今後も申請を続けていきたい」と述べた。尾林弁護士は「PIPと解雇の心理的負荷について、広く社会的な実証的研究と労使を含む議論が必要だ」と訴えている。
なお、弁護士JPニュース編集部では、グーグル合同会社に対してコメントを求めたが、現在まで回答は得られていない(6月4日15時時点)。

