新潟市内の弁当店によるSNS上の「弁当200個の当日キャンセル」との投稿が、話題を呼んでいる。2日、店主がXに投稿した内容によれば、5月29日に受け渡し予定だった合計200個の弁当が、2件の注文者によって無断でキャンセルされた。客とは連絡が取れなくなり、最後には着信を拒否されたという。
この投稿は3000件を超えるコメントを集め、同情や憤りの声など、大きな反響を生んでいる。
このようなケースで、弁当店の主人は注文者に対し、どのような法的責任を追及することが考えられるだろうか。損害賠償事案に詳しい荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に話を聞いた。
相手の身元を特定する方法
まず、客の法的責任を追及する前提として、その身元を特定する必要がある。今回のケースでは、店側は客の電話番号を把握しているものの、着信を拒否されており、氏名や住所は分からない状況だ。このような場合、どのようにして相手を特定すればよいのだろうか。
この点について荒川弁護士は、「弁護士に依頼することが前提ではありますが」と、弁護士法23条の2に基づく「弁護士会照会」という制度の利用が考えられると指摘する。
荒川弁護士:「弁護士が受任した事件について調査を行う必要がある場合に、その弁護士が、所属する弁護士会を通じて、携帯電話会社に対し、電話番号の契約者情報といった必要な事項の報告を求めることができます。
この手続きを経ることで、相手の氏名や住所を特定するという方法があります」
民事上の損害賠償請求は「代金」以外の損害も
相手方の身元が特定できたとして、店側は客に対しどのような民事上の責任を問えるか。
法律関係を整理すると、客が弁当を注文し、店側がこれを受諾した時点で、両者の間には弁当の「売買契約」が成立していたと解される(民法555条)。この契約に基づき、店側は期日までに弁当200個を作って引き渡す債務を負い、客側は代金を支払う債務を負う。
今回、客は代金支払義務を履行していないため、店側は代金相当額について債務不履行による損害賠償を請求することができる(民法415条1項)。
問題は、代金以外に生じた損害についても賠償を請求できるかという点である。弁当は時間が経てば腐敗し、商品価値を失う。したがって、廃棄するか、あるいは他の買い手を見つけて購入してもらうしかない。その場合にかかるコストは、損害として認められないのだろうか。
荒川弁護士は、この点について次のように解説する。
荒川弁護士:「一般に、売買契約において目的物を受領することは買主の権利であり、義務ではないとされています。しかし、本件のように弁当が受領されなければその価値が失われ、無駄になってしまう性質の商品の場合、信義則上、客側は弁当を受領する義務を負うと解されます。
そして、その受領義務が履行されなかった以上、店側は債務不履行による損害賠償請求が可能です」
損害賠償請求できる「範囲」は?
では、どこまでの損害について賠償請求できるのか。この点について、荒川弁護士は、債務不履行と相当な因果関係が認められる損害であれば請求が可能であると説明する(民法416条1項参照)。
荒川弁護士:「報道によれば、店主は余った弁当を知り合いに配るなどしたとのことですが、これは受領してもらえなかった弁当を廃棄するコストを回避するためのものといえます。したがって、そのために費やした労力や時間も損害と評価できます。
たとえば、弁当を配るためにかかった人件費を時給換算して請求することが考えられます。
また、損失をなんとか抑えようと奔走したことによる精神的苦痛についても、『無形の損害』として、2〜3万円程度の賠償を請求する余地があるでしょう」
なお、SNSでの投稿を見て店を不憫に思った人が弁当を15個買い受けたという報道もあるが、このような事後の事情は、注文者が負うべき責任の大きさに影響するのだろうか。
荒川弁護士:「弁当店側の事後の努力の結果、損害が軽減されたことは、あくまでも結果論に過ぎず、注文者の債務不履行責任を軽減させるものではありません」
刑事責任の追及は? 「詐欺罪」には問えないが…
次に、刑事責任の追及は可能だろうか。当初から代金を支払うつもりがないまま商品を注文する行為は、詐欺罪にあたるのではないかとも思われる。
しかし荒川弁護士は、詐欺罪(刑法246条1項)の成立は難しいと指摘する。詐欺罪が成立するためには、人を欺いて財物を交付させる必要がある。しかし、今回のケースでは注文者は弁当を受け取っていないため、「財物の交付」という要件を満たさない。
ただし、偽計業務妨害罪(刑法233条)が成立し得るという。この罪は、「偽計を用いて人の業務を妨害した」場合に成立し、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される。
荒川弁護士は、注文時の行為者の認識に応じて二つのケースが考えられると説明する。
荒川弁護士:「まず、最初から代金を支払うつもりなく大量の弁当を注文したのであれば、『偽計』を用いて弁当店の正常な業務を妨害したといえ、偽計業務妨害罪が成立するでしょう。
次に、注文時点では支払う意思があったものの、後に弁当が不要になったことを認識しながら、それを店に連絡せずに『バックレ』ようとした場合です。
この場合、200個という大量の注文であることから、店に多大な損害が発生しうることは容易に認識できたはずです。そのため、弁当が不要になることが分かった時点で、条理上、損害の発生を回避すべく、その旨を直ちに弁当店に知らせる義務(作為義務)が生じたと評価できます。
にもかかわらず、あえて連絡をしなかったという『不作為』が偽計による業務妨害にあたるとして、偽計業務妨害罪が成立する余地があります」
注文者側が「キャンセル料を支払うつもりだったが、後で考えが変わった」と弁解することも考えられるが、荒川弁護士は「状況的に、そのような弁明が認められ、故意が否定されることは考えにくいでしょう」と一蹴する。
今回の事件は、飲食店などが抱える無断キャンセルのリスクを改めて社会に突きつけた。多くの商取引は、当事者間の信頼関係の上に成り立っていることを示している。しかし、残念ながら、わが国では本件のような悪質な行為によって、特に小規模な事業者が深刻な打撃を受ける事態が後をたたない。
世知辛い世の中ではあるが、自衛手段として、事後的に民事・刑事の法的責任を追及する手段を知っておくことが、きわめて重要になっているといわざるを得ない。

