ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、巨大な団地がひとつの街を作る東陽町。チーズバーガー専門店という夢のような場所で、著者はメニューを前に何を思うのか。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
◆チーズバーガーメモリーズ【東陽町駅・ルイス ハンバーガー レストラン】vol.32
幼少の頃、親にマクドナルドに連れていってもらうのが大好きだった。たまにしか入れないその店は、私にとってテーマパークのような場所だった。口に合わなかったら悲しいからと、当時はチーズバーガーばかり頼んでいた。たぶん、高校に上がるくらいまでそれを続けた。当時から、冒険ができない人間だった。
だからチーズバーガーの味は幼少期そのものみたいな懐かしさがあって、今では他のメニューも食べられるけれど、チーズバーガーを選ぶときはどこか照れくささを覚える。
江東区は東陽町駅から5分ほど歩いたところに「南砂住宅」という巨大な団地がある。敷地内にスーパーやテニスコート、保育園、小学校、中学校もあり、もはや一つの街としてそこだけで完結している。
今回の目的地である「ルイス ハンバーガー レストラン」も、まさにその巨大な団地の敷地内にあった。
幼少期の自分が知ったらどれほど歓喜するだろうか。同店は、チーズバーガー専門店である。どのメニューを頼んでもチーズバーガーなのだから「またチーズバーガーなの?」などと家族や友人から呆れられる恐れもない。
内装は、古いアメリカ映画に出てくるダイナーを彷彿とさせる。傑作と名高い洋画のDVDが入り口の棚に並び、壁に設置されたモニターには’16年公開の映画『ドリーム』が流れていた。
客席から見える厨房手前の壁には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクの名言が書かれているし、私が座る席のすぐ横の壁には『オー・ブラザー』のポスターが飾られていた。
マクドナルドをテーマパークみたいに感じていた幼少期を経て、今はこうして、今日までに触れた映画で満ちた空間をちょっとしたUSJのように思う。モニターに映っている映画は店主が気分によって選んでいるのだろう。字幕をぼんやり眺めながら一日中ビールやコーラを飲んで過ごせるなら、最高とすら思う。
内装にばかり気を取られていたが、ここでようやくメニューを開く。
「チーズが入っていればなんでもチーズバーガーと呼びます」と言わんばかりに、大量の具材を詰め込んだハンバーガーが並んでいる。種類もかなり豊富で、私が行ったときは牛肉代わりに北海道産のホタテを使用した「ホタテフライバーガー」まであった。
トッピングも多く、悩むところではある。しかし、ここで大きな挑戦をせず、ド定番の「クラシックチーズバーガー」を選ぶ。「まずは王道から」とか「とりあえず看板メニューでしょ」とか言いながら、そこから冒険する気は、相変わらずないのである。
ほどなくして、クラシックチーズバーガーが運ばれてくる。顔が隠れそうなほど大きなハンバーガーである。高さも10センチはありそうだ。
卓上に置かれていた包み紙でこれを包むと、やや潰すようにして、齧り付く。溢れ出るのは、肉汁ばかりではない。カリカリとした食感のバンズも、ミディアムレアに焼かれたパティも、濃厚なレッドチェダーチーズやトマトやレタスも、舌の上でそれぞれが激しく味を主張してくる。パンチ力がある。食材やソースが、口腔内で破壊力を競い合っている。それがたまらなく美味しい。マクドナルドとはまるで違う。それでもチーズバーガ―を食べて思い出すのは、やはり幼少期の高揚感だ。あれから変わってしまったことといえば、店を出た後に襲ってくる胃もたれくらいかもしれない。
巨大な団地に、子供たちの声が響く。彼らもまた、チーズバーガーから始まっていてほしいと願っていた。

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」

