北海道・知床半島沖で2022年4月23日、観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没し、乗客乗員26人(行方不明の6人を含む)が死亡する事故が発生した。
「KAZU I」の運航会社「知床遊覧船」社長が、業務上過失致死と業務上過失往来危険の容疑で逮捕されたのは2024年9月18日であり、事故から2年5か月が経過していた。
このような「忘れたころの逮捕」は、決して珍しいことではない。世間を騒がせた大規模な経済事件、複雑な汚職事件、重大な事故。事件発生から何年も経って、突然「容疑者逮捕」の速報が流れることがある。
なぜ、このような事件の被疑者はすぐに逮捕されないのか。警察は事件発生から逮捕までの間、一体何をしているのか。そこには、刑事手続の「建前」と「実態」の大きなギャップが存在する。
本記事では、この「忘れたころの逮捕」という素朴な疑問を入り口に、日本の刑事司法の「建前」と「実態」について考える。(本文・野田 隼人(弁護士、龍谷大学法学部非常勤講師))
※本記事は野田隼人・堀田周吾 著「事件・裁判報道の『深層』を読む技術」(現代人文社)より一部抜粋・構成しています。(連載第2回/全5回)
身体拘束を伴わない在宅捜査が原則
まず、大原則からお話しします。刑事事件の捜査において、逮捕は「例外」です。
「えっ、犯人は捕まえるのがあたりまえじゃないの?」と思うかもしれません。しかし、日本の法律(刑事訴訟法)では、人の身体を拘束する逮捕は、非常に重い権利侵害を伴う処分だと考えられています。
考えてみてください。ある日突然、警察官がやってきて、あなたの自由を奪い、鍵のかかった部屋に閉じ込める。仕事も、家族との時間も、すべて強制的にストップさせられる。これほど強力な国家権力の行使は、そう簡単には許されません。
そのため、法律は逮捕に厳しいブレーキをかけています。原則は、身体を拘束しない在宅捜査。つまり、被疑者は普段通りの生活を送りながら、警察や検察からの呼び出しに応じて取調べを受ける、というのが基本スタイルなのです。
逮捕が許される場合とは
では、その「例外」である逮捕が許されるのは、どのような場合なのでしょうか。法律が定めている条件は、大きく分けて2つです。
【条件1】罪を犯したことを疑う「相当な理由」
これは「あの人が犯人なんじゃないか」という単なる憶測や噂レベルでは、まったく足りません。客観的な証拠に基づいて、「この人が罪を犯した」という嫌疑が合理的であると、裁判官が判断する必要があります。
捜査機関は、裁判官に逮捕状を請求する際に、この「嫌疑の相当性」を証拠で示さなければなりません。
【条件2】逮捕の「必要性」
こちらが、今回のテーマの核心部分です。
たとえ犯罪の疑いが濃厚でも、それだけでは逮捕できません。「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」のいずれかの「必要性」がなければ、逮捕状は発付されないのが建前です。
「逃亡のおそれ」とは、被疑者が逃げてしまい、その後の捜査や裁判ができなくなる可能性がある場合です。ただし、定職に就いており、家族と暮らしているなど、安定した生活基盤があれば「逃亡のおそれ」は低いと判断される傾向にあります。
「罪証隠滅のおそれ」とは、被疑者が、事件の証拠を隠したり、壊したり、偽造したりする可能性がある場合です。また、共犯者や目撃者と口裏合わせをしたり、脅したりして、捜査を妨害する危険もこれに含まれます。
つまり、法律の建前をシンプルにいえば、「罪を犯した疑いが濃厚で、かつ、逃げたり証拠を隠したりする危険性が高い人しか、逮捕してはいけない」ということになります。
このルールに則れば、定まった住居があり、社会的地位もあるような企業の社長などが、逮捕されるケースは、本来少ないはずです。にもかかわらず、なぜ「忘れたころ」に逮捕劇が繰り広げられるのでしょうか。以下では、いよいよその「実態」に迫ります。
被疑者の逮捕がなぜ、「忘れたころ」になるのか?
法律の「建前」は、あくまで理想の姿です。実際の捜査現場では、この建前が、捜査機関にとって都合の良いように解釈・運用されている側面があります。
「忘れたころの逮捕」が起こる最大の理由は、捜査機関が逮捕のタイミングを戦略的に「選んでいる」からです。
知床観光船事故のような複雑な事件では、真相究明に膨大な時間がかかります。
・証拠収集の困難(沈没した船体を引き揚げ、専門家が原因を徹底的に鑑定する)
・関係者の多さ(乗客の遺族、元従業員、会社の関係者など、多くの人から話を聞く必要がある)
・責任の所在の特定(単に事故が起きたという事実だけでなく、「誰に、どのような注意義務違反があったのか」を法的に立証しなければならない)
こうした捜査は、数日や数週間で終わるものではありません。数か月、場合によっては数年に及びます。この長い期間、捜査機関は被疑者を逮捕せず、「在宅捜査」の形で捜査を進めます。
被疑者は表向き、普段の生活を送っていますが、水面下では着々と外堀が埋められていくのです。
なぜ、捜査の「最終段階」で逮捕するのか?
在宅でじっくり捜査を進め、証拠を固めたうえで、なぜ最後に逮捕に踏み切るのでしょうか。そこには、いくつかの戦略的な理由が考えられます。
まず1つ目の理由は、「決定的な“自白”を引き出すため」です。
日本の刑事司法は、長らく自白を重視してきました。物的な証拠を積み重ねたうえで、最終的に被疑者本人の口から犯行を認めさせる。これが、検察官が裁判で有罪を勝ち取るための王道パターンとされてきました。
逮捕・勾留によって被疑者の身柄を拘束し、外部との連絡を遮断した状態で、連日厳しい取調べを行う。この精神的なプレッシャーのなかで、決定的な供述を得ようとするのです。
在宅での任意の取調べとは比べ物にならない圧力をかけることが、逮捕の大きな目的のひとつといえます。
次に、2つ目の理由は、「逮捕の必要性を“作り出す”」です。
先に述べたように、逮捕には「逃亡や罪証隠滅のおそれ」が必要です。事件直後の段階では、社会的地位のある社長などについて、この要件を満たすと裁判官に認めさせるのは難しい場合があります。
しかし、捜査が長引き、多くの証拠が集まってくると、捜査機関は次のような論理で逮捕状を請求します。
「これだけ多くの客観的証拠によって、社長の刑事責任が濃厚になった。有罪になる可能性が高まった今、社長が罪を逃れるために、関係者を脅したり、海外に逃亡したりする危険性が具体的に生じた」
つまり、捜査を進めて有罪の蓋然性を高めることによって、後づけ的に「逮捕の必要性」が生まれた、と主張するのです。これは、本来の「逃亡・罪証隠滅のおそれ」という要件が、やや拡大解釈されている例といえるかもしれません。
最後に、3つ目の理由は、「社会的なアピール」です。
これは法的な理由ではありませんが、無視できない側面です。社会の注目を集める大きな事件では、捜査が長期化すると「捜査は進んでいるのか」「なぜ誰も責任を取らないのか」といった世論の批判が高まります。
こうした状況で「社長逮捕」というニュースが流れれば、捜査機関としては「我々はきちんと仕事を進め、ついに核心に迫った」という成果を社会に示すことができます。
捜査の節目として、また、被害者感情に配慮する姿勢を見せるためにも、「逮捕」という目に見える形が必要とされることがあるのです。
このように、「忘れたころの逮捕」は、単に捜査に時間がかかったというだけでなく、確実な有罪立証と自白獲得、そして、社会的影響までを計算に入れた、捜査機関の方針の結果であるという側面が強いのです。
知床観光船事故から逮捕まで「2年5か月」かかった理由とは
それでは、これまでの解説をもとに、知床観光船事故のケースを具体的に見ていきましょう。
事故が発生したのが2022年4月23日、業務上過失致死などの容疑で社長が逮捕されたのが2024年9月18日。この「2年5か月」という時間は、まさに「忘れたころの逮捕」の典型例です。なぜ、これほどの時間が必要だったのでしょうか。
海からの証拠である船体の引き揚げ
まず、海上保安庁は、事故の直接的な原因を究明する必要がありました。沈没した「KAZU I」の船体は、水深100メートルを超える海底に沈んでいました。
これを引き揚げる作業だけでも、多大な困難と時間を要しました。引き揚げられた船体は、事故原因を解明するための最も重要な「物証」です。船体の損傷箇所、特に問題が指摘されていた船首ハッチの状態などを専門家が詳しく調べることで、事故の物理的な原因が特定されていきました。
「過失」を立証するための地道な捜査
この事件で問われたのは業務上過失致死という罪です。
これは、単に「事故が起きて人が亡くなった」という結果だけでは成立しません。「運航の責任者として、事故を予見できたにもかかわらず、それを回避するための注意義務を怠った」という過失を立証する必要があります。
海上保安庁は、この過失を立証するため、社長を在宅のまま、以下のような地道な捜査を続けたと考えられます。
・気象状況の分析(事故当日、悪天候が予見されていたにもかかわらず、なぜ出航を許可したのか)
・安全管理体制の検証(国の監査で指摘されていた安全上の不備〔船首ハッチの不具合など〕を放置していなかったか。運航管理者としての資格や知識は十分だったか)
・関係者への聴取(元船長や従業員などから、常態的な安全軽視がなかったか、社長がどのような指示を出していたか、詳細な証言を集める)
これらの証拠をひとつひとつ積み重ね、社長の「過失」を法廷で揺るぎなく証明できると判断できるだけの、分厚い証拠のファイルを作り上げていったのです。
Xデーとしての「逮捕」
そして、2年以上の歳月をかけ、捜査が最終段階に入ったと判断したタイミングで、海上保安庁は逮捕に踏み切りました。
・自白獲得の狙い(集めた膨大な証拠を突きつけ、身柄拘束というプレッシャーのなかで、社長の「過失」を認めさせる供述を得ようとした)
・罪証隠滅の防止(捜査の最終段階であることを社長に悟られ、関係者への働きかけなどを行われるのを防ぐ目的もあったでしょう。「これだけの証拠が固まった以上、罪証隠滅のおそれは高い」という論理で、裁判所も逮捕状を発付しやすくなります)
・捜査の集大成(長期にわたった捜査のひとつの区切りとして、また、多くの犠牲者を出した事故の責任の所在を明確にするという社会的な要請に応える形で、逮捕という手段が選択されたのです)
報道によれば、逮捕後の社長は容疑を否認しているとされます。捜査機関の思惑どおりにことが進むとは限りませんが、知床観光船事故のケースは、在宅捜査で外堀を埋め、満を持して逮捕するという、現代日本の捜査手法を象徴する事例といえるでしょう。
■建前と実態の「ズレ」をどう考えるべきか?ここまで、「なぜ忘れたころに逮捕されるのか」という疑問から、刑事訴訟法の「建前」と捜査の「実態」にあるギャップを見てきました。
・建前:逮捕は、逃亡や罪証隠滅を防ぐための、やむをえない例外的な措置である
・実態:逮捕は、捜査の最終段階で、確実な有罪立証や自白獲得のために使われることがある
この「ズレ」を、私たちはどう考えればよいのでしょうか。
一方には、「捜査の効率性」を重視する考え方があります。複雑な事件の真相を解明し、真犯人を確実に有罪にするためには、身柄拘束下での厳しい取調べもやむをえない、という意見です。被害者の無念を晴らし、社会の安全を守るためには、ある程度強力な捜査手法が必要だ、という考え方ともいえます。
もう一方には、「個人の人権保障」を重視する考え方があります。憲法の理念として、適正手続と無罪の推定があるなかで、法律が定めた本来の目的(逃亡・罪証隠滅防止)を逸脱して、主として自白獲得のために逮捕を利用するのは、国家権力の濫用につながりかねない、という批判です。
無実の人が、身柄拘束というプレッシャーに屈して、虚偽の自白をしてしまう「冤罪」の温床になる危険性も指摘されています。
被害者の無念を晴らし、社会の安全を守りたいという欲求も冤罪を生み出してはならないという欲求も、どちらも無視することができません。
これは世界中に普遍的に見られる葛藤であり我が国では、建前と実態の「ズレ」になかば目をつぶるという形で事実上解決されてしまっているという現状があります。
これには、ドイツ由来の刑法とアメリカ的憲法の接合という歴史にくわえて、多年にわたる刑事立法の不活発などさまざまな要因があり、また建前を貫くべき法制度で「ズレ」があることはまったく望ましくないのですが、まずもって重要なのは、私たちがこの「ズレ」の存在を知ることです。
私たちの社会が、「効率的な犯罪捜査」と「個人の自由の保障」という2つの価値のバランスを、どこに置こうとしているのか。「忘れたころの逮捕」は、そのことを私たちに問いかけているのです。
■野田 隼人(のだ はやと)
弁護士、龍谷大学法学部非常勤講師。
1981年大阪府生まれ。2003年、上智大学法学部卒業。2008年、東北大学法科大学院修了。2009年、弁護士登録。2025年、京都大学法学研究科博士課程退学。この間、京都産業大学法科大学院、京都大学法科大学院などで教育にあたったほか、日弁連・刑事法制委員会委員、同・刑事弁護センター幹事、同・立会実現委員会委員、同・司法制度調査会委員(商事部会・独占禁止法特別委嘱)、同・AI戦略WG委員などを務めている。

