脳トレ四択クイズ | Merkystyle
「まさか…」7 年ぶりにインスタでつながった彼女。コメントで知った驚きの事実とは

「まさか…」7 年ぶりにインスタでつながった彼女。コメントで知った驚きの事実とは

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:16歳で美容整形した少女。理想の顔を手に入れたはずが、人生を棒に振ることになった理由とは

「とも姉(ともねえ)!!」

ルビーの大声と同時に何かが砕ける音。自分が落としたグラスが割れたのだと気づく前にルビーに抱きとめられたともみは、自身が倒れかけたのだと認識するまで、少しの時間がかかった。

「…とも姉、って何…」

はじめての“ともねえ”呼びに思わず聞くと、ルビーは「この状況でそれが気になる?」と呆れながら、ともみを抱えたまま、客である松本公子に言った。

「申し訳ありませんが、店長をしばらく座らせてもよろしいでしょうか」

その声は有無を言わぬほど冷たく、公子は気圧されたようにただ頷いた。

「大丈夫だよ、ごめん」
「大丈夫じゃない。顔、真っ白だし。足も力が入んないんでしょ?」

確かに、ぐわんぐわんと耳が鳴り、視界も回っている。よりにもよって公子の前で倒れるなんて。悔しく情けなかったが、状況を改善するには座るしかないと、公子に詫びをいれつつ、ルビーに支えられ、ともみは公子から一番離れた、カウンターの端の席に座った。

「…どうする?帰ってもらう?」

公子に聞こえぬように、ルビーが囁いた。その気遣う瞳に、「大丈夫、少しすれば落ちつくと思うし、それに…」と、ともみは、笑顔を作る。

「もう逃げたくない」

思いのほか掠れてしまった声は弱々しく、ルビーはさらに心配そうに眉を寄せたけれど、「わかった」と、ともみをきゅっと抱きしめた。その肩越しに公子と目が合う。

「そんなにショックを受けるとは思わなかったから…でも…」

言い訳しながらも話をやめる気がなさそうな公子を、ルビーが「少々お待ち頂けますか」と遮った。そして、ケトルでお湯を沸かしつつ、割れたガラスを手際よく片付けると、ともみのために丁寧にジャスミンティーを入れ、先ほどまでともみがいた位置…つまり、カウンターを挟んで公子の対面に立った。そして。

「店長――ともみさんはご覧の通り体調が優れませんので、座ったまま参加させて頂くことをお許しください。では、松本さま、お話の続きをどうぞ」

― ルビーって、ちゃんとした敬語も話せるんだな。当たり前だけど。

優しいのに華やかなジャスミンの香りに包まれながら、ともみはまだぼんやりとした頭でルビーに見惚れた。

「お話の前に、もう一杯お出ししますね。同じものでよろしいでしょうか」


公子がただ頷くと、ルビーは美しい所作で、空になったグラスに、それはサービスし過ぎでは…と思うほどウォッカをなみなみと注いだ。

酒を作るルビーの姿勢や指先の動かし方は、ミチによく似ている。光江に「ともみはミチのやり方を自分のキャラクターに合わせてアレンジしてるけど、ルビーはミチのそのものだ」と言わせるほど。ルビーのミチへの想いを知った今では、それすらもどこか切なく感じてしまう。

50度を超える酒のストレートとは思えぬ勢いで、ごく、ごく、と喉に流し込んだ公子に、ルビーが切り出した。

「さっき、松本さんが流された曲は、少し前にSNSでバズってましたよね。私も結構好きで聞いてました」

「でしょ?」と、まるで“自分のもの”を褒められたように「曲も全部自分で作ってるらしいのよ」と興奮する公子に、ともみは耳をふさぎたくなったが何とか耐える。

「あの子、こんなにいい曲を作れる才能があるのなら、言ってくれれば良かったのに。そしたら歌えなくなっても、事務所に残る道はいくらでもあったし…ねえ、だからさ」

早口がピタリと止まり、ともみが顔を上げると、公子のねっとりとした笑みに絡めとられた。

「今からでも、あの子の夢を叶えてあげようと思うの。もう真壁ちゃんにも、話をつけたから」
「…真壁、さん」

ともみの呟きが、嫌悪感からこぼれたものだと気づく様子もなく、公子は、「そ。私、真壁ちゃんには貸しが沢山あるからさぁ~」と、なぜか自慢げに笑った。

真壁リオ。まだ30代ながら、今や世界的に人気のK-POPアーティストたちからもオファーが絶えない音楽プロデューサーの彼女は、かつて公子と共に、ともみとYUMEを含む5人組アイドルグループのQUINZ-G(クインツ・ジー)を作り、破壊した人物だ。

「真壁ちゃんも驚いてたよ。このアーティストはYUMEに間違いないし、やっぱりYUMEは天才で、私たちの見る目は正しかったんだって。で、今の彼女をもう一度プロデュースしてみたいって。

今のままだと、どんなに人気が出たところで所詮素人だからね。真壁ちゃんがバックアップしてくれるなら、YUMEにとっても最高じゃない。あの時のYUMEは不運だったけど……今の真壁ちゃんと組めば、SNSでバズるなんてレベルじゃなくて、グローバルな成功だって夢じゃないしね」

思わず笑いがこぼれた。未成年の少女に…デビューをちらつかせて整形を薦め、その後遺症で歌えなくなれば見捨てたくせに。バックアップ?グローバルな成功?悪びれることを知らない厚かましさは、もはや才能なのだろうと感心する。それになにより。

― あれが、ただの不運なわけはない。

「…ともみさん」

優しい声の方に顔を向けると、ルビーが心配そうに自身の唇を叩いた。その仕草でともみは、自分が唇を強く噛みしめていたことに気づいて力を抜くと、ゆっくりと立ち上がった。

大丈夫なの?と眉を寄せたルビーと入れ替わるように元の位置に戻る。まだどこか血の気の戻らない体でも、座ったまま決着をつけることはできない。

「もう一度、その映像を見せて頂けますか?」

公子に嬉々と差し出された携帯で、動画を再生する。AIで作られたボーイッシュな女性…と先ほどは思えたが、よく見ると中性的で性別が特定できない気がしたし、気になることは。


「アーティスト名は?」
「どこにも書かれてないし、18個の動画がアップされているけど、名乗りもしないのよ。ただこれ。アカウント名も、よく意味がわからないものだし」

アカウント名は、数字とアルファベットが規則性もなく並んでいるように見えて、まるで捨てアカのようだった。

― 確かに、YUMEが歌っているように聞こえる。

低音で掠れた特徴的な地声と裏声を自在に切り替えることができるミックスボイス。そしてその音域はどこまでも上がり、どこまでも下がるのではないかと思わせるほどで、機械のように正確なピッチ…と思えば、まるでベテランのソウルシンガーのようにアレンジを変えることもできる。

まさに歌うために生まれた…と誰もが信じていたあの声が、まさに今携帯から流れてくる。でも。

「確かに、YUMEの声に聞こえます。でもいくら真壁さんや公子さんがプロだとしても、これだけで本人だと判断できないのでは?そもそも、彼女は整形の後遺症のせいで…もう二度と、以前のようには歌えず、歌えば悪化すると言われていましたよね」

歌えなくなったと絶望した、YUMEのぐしゃぐしゃの泣き顔。痛い記憶であればあるほど、時を重ねるほどに鮮やかに蘇る気がするのはなぜだろうか。

「誤診だってあるんだから、医師の診断にも絶対はないってことでしょ?じゃなければ、歌えなくなった部分を、デジタル加工して以前の声に近づけたのか。ま、加工でも補正でも、このレベルに仕上げて、これだけバズらせるものを作れるんだったら、文句ないわよ」

地声でも加工でも“バズれば”いい。昔と変わらぬ公子の品の無さに懐かしささえ覚えて、ともみはどんどん冷めていく。

「どちらにせよ、YUMEなのは間違いないんだから」
「なぜそう言い切れるんですか?もし歌えるようになっていたとしても、声の質感があの頃と変わらないっていうのは、ありえないと思うんですけど」

人の声は加齢とともに変化する。歌えなくなった時は18歳だったYUMEは今はもう26歳のはず。まだ少女の名残があったあの声と全く同じだとは考えにくい。それに携帯のスピーカーから流れているというのに、雑音がないというか、音声に乱れが無さすぎる気もする。

「誰か別人が、YUMEの声に似せててサンプリングしたものだと考えた方が、まだ現実的では?」
「私も最初はその可能性を考えた。だから…」

公子は「それ貸して」とともみから自分の携帯を受け取ると、インスタのアプリを立ち上げた。有名人との写真や派手なイベントの様子ばかりが並んだ公子の、ギラギラとしたホーム画面に、ともみはうんざりとため息が出そうになる。

「私からDMを送ったの。あなたはYUMEじゃないか、って。そしたらなぜかDMじゃなくて、こっちに返信が来たんだよね。ほらここ」

表示されたのは、最新のポストだと思われる、ある女優の誕生日会に出席した時の、公子の自撮り写真。日時は2か月ほど前を示している。そのコメント欄に。


「お久しぶりです。また歌い始めました」

と書き込まれていた。

「…まさか」

思わず呟いたともみを、公子がニヤリと笑った。

「まあそんな反応になるよね、最初は。でもこのアカウントに飛ぶと…ほら」

紛れもなく、先ほどからここで流されている動画の――YUMEの声で歌うアーティストのインスタグラムで。

「で、その後はDMでやり取りしたんだけど。そのやりとりが、これ」

ドキンドキン、と早まる鼓動を悟られぬように、ともみは再び携帯を受け取った。

『あなたはYUMEなの?』(18:22)
『はい、そうです。元QUINZのYUMEです』(19:00)
『やっぱり!!声を聞いて絶対そうだとは思ってたけど、また歌えるようになったの?今どこにいるの?』(19:01)

「ね?本人が、YUMEだと名乗ったの。これで信じる気になった?」

息を荒げた公子に、ともみは応えなかった。

所在を聞いた質問に、YUMEを名乗る人物は応えず、刻印された時間を見ると、しばらく返信が途絶えたようだった。公子は気が急いだのだろう。

『今、SNSで超バズってるんでしょ?作詞・作曲meってプロフィールに書いてるってことは、アップしてる曲、全部自分で作ったってこと?そんな才能、何で隠してたのよ。ね、久しぶりに会おうよ』(19:30)
『今、真壁ちゃんにも伝えたよ、YUMEから連絡がきたって』(19:32)
『やっぱりYUMEは天才だねって真壁ちゃんと盛り上がったよ。また私たちと一緒に組もうよ。真壁ちゃんもYUMEに会いたいって』(19:33)

あの頃YUMEが憧れていた真壁の名前をちらつかせ、なんとかして再会しようとする公子の一方的な要求だけが続いていたが、返信は2日後だった。しかも。

『ともみさんはお元気なのかご存知ですか?』(13:21)
『ともみ?彼女は随分前に業界をやめたし、今は連絡とってないけど、なぜ?』(13:22)
『ともみさんになら会います』(13:22)
『ともみがどこにいるか分からないのよ。探してみるけど見つけるまで時間がかかるだろうから、まずは私と会わない?』(13:23)
『まずはともみさんです』(13:23)

「ってわけなのよ。だからともみを探し出して会わせるって約束したの。そしたら私たちとも会ってくれるっていうから――ね、だからYUMEに会ってくれない?ともみもかわいい末っ子に会いたいでしょ?」

AN(アン)として活動していたともみの本名を知る人は多くはないけれど、YUMEには、ともみさんと呼ばれていた。ということは本当にYUMEなのだろうか。もし本物だとしてもなぜ――ともみを指名したのか。いろいろなことがとても怖いけれど。

「わかりました。彼女に…会う、と伝えてください」

未だ本物のYUMEだとは確信が持てないまま、ともみが承諾すると、大げさに喜んだ公子は、早速DMを打ちはじめた。画面を覗くその目から、文字を打つ指から、強欲さが滴り落ちていくようで、ともみの背がぞわぞわと震えた。

― でも今度こそ……間違えちゃダメだ。

ともみはもう一度、あの日のYUMEの涙を、叫びを、思い出した。


▶前回:16歳で美容整形した少女。理想の顔を手に入れたはずが、人生を棒に振ることになった理由とは

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶Next:6月16日 火曜更新予定

配信元: 東京カレンダー

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