5月30日、東京都町田市内の駐在所で、制服姿のまま頭から血を流して倒れている杉田大祐さん(享年37)を、同居していた妻が発見した。「夫が拳銃で頭を撃った」という110番通報を受けて病院へ搬送されたが、その後死亡が確認された
杉田さんは、リングネーム「杉田ダイスケ」として日本スーパーバンタム級11位にランクされたプロボクサーであり、警視庁町田署の地域課に所属する現役の巡査長でもあった。8月に次戦が予定されており、練習にも励んでいた中での自死による急逝。
親交の深かった消防団員は「『一生ここに骨を埋めますよ』と言っていた」と振り返り、今も信じられないという。
警察官が勤務中に貸与された拳銃で命を絶つ事件は、2021年の都内交番での男性巡査長(享年34)、2023年の福島での2件、2025年の都内交番の男性巡査長、2026年3月の都内での20代男性巡査と、とどまることを知らない。そのたびに組織は「誠に遺憾」「再発防止に努める」と繰り返してきた。
なぜこうした悲劇が繰り返されるのか…。20年にわたり警視庁に勤務し、交番・機動隊・留置係・刑事として現場を知り尽くした元巡査部長で、『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)の著者・安沼保夫氏に聞いた。
コンビニのトイレに置き忘れたり、上司を射殺したりも
警察官は「警察官等拳銃使用及び取扱い規範」(注:警察官の拳銃携帯・使用・管理に関する規程)によって厳格な管理が義務付けられています。一方で、精神的に追い詰められた人間にとって、「いつでも確実に命を絶てる道具」が手元にある状態とも言えます。この「拳銃への常時アクセス」が突発的な選択に与える影響を、どうお考えですか。
安沼氏:「同規範の第11条には『警察官は、制服を着用して勤務するときは、拳銃を携帯するものとする』と明記されており、留置勤務や雑踏警備などの例外を除き、制服での外勤警察官は拳銃を携帯することになっています。第14条では『安全規則を厳守し、危害防止について細心の注意を払わなければならない』と規定されており、必要時以外は取り出さないこととされています。
しかしながら、勤務中は個人での保管となりますので、コンビニのトイレに置き忘れる、同僚にからかわれて激昂した警察官が銃をつきつける、果てには交番で勤務中の巡査が上司を射殺するといったことも起きています。そして、自死に使うこともできてしまうのが実情です。ルール上の厳格さと、個人の精神状態が限界に達したときの心理的ハードルの低さ——この矛盾は、制度設計の段階から解消されていないと言わざるを得ません。
駐在所勤務員には向き不向きも
杉田さんが亡くなったのは「駐在所」でした。通常の交番勤務とは異なり、家族と同居するケースも多い。職住一体だからこそのストレスや、同僚の目が届きにくい孤立感といった、駐在所勤務特有の問題はあるのでしょうか。
安沼氏:「私自身は駐在所勤務の経験がありませんが、駐在所勤務員を見ていると、向き不向きがあると感じます。私が現役だった頃、警視庁では駐在勤務は希望制で、一度駐在になれば自ら異動を希望しない限り、ずっと同じ駐在で勤務することも可能でした。警察学校を出て最初に配属された署で駐在になり、定年延長して65歳までずっと同じ駐在で勤務した方もいましたし、希望して配置換えになった人もいました。県によっては若手の登竜門として駐在所勤務を命じているところもあると聞きます。
ご指摘のとおり、ご近所から常に見られていますので、オン・オフのなさに疲弊することもあると思います。またご家族も『駐在さんの家族』として見られますので、ストレスを感じるのかもしれません。杉田さんは昨年9月から赴任しており、地域の人々から慕われていたことは報道からも伝わってきます。ただ、外から見える姿と内側の状態が一致しているとは限りません。
メンタルチェックは目を付けられないよう、結果を微調整
警察組織でもメンタルヘルスケアの重要性が叫ばれ、相談窓口などが設置されています。しかし、厳格な階級社会や「強さ」を求められる文化のなかで、カウンセリングを受けたり弱音を吐いたりすることが、キャリアや評価に影響することはないのでしょうか。
安沼氏:「私が現役の頃、メンタルチェックは定期的な実施が義務付けられていました。パソコンに自分のIDでログインしてアンケートに答えるもので、『自分のペースで仕事ができているか』『職場に相談できる人はいるか』といった質問に5段階で回答し、ストレス度を数値で出す仕組みです。
ある同僚が高い数値を叩き出し、健康管理本部という部署から定期的に『最近どうですか』と連絡がくるようになったそうです。その同僚が『あなた方からの連絡が一番のストレスです』と答えたところ、連絡はなくなったとか。また別の同僚は限りなくゼロに近い数値を出し、上司から『お前、何も考えてないと思われるぞ』と注意を受けていました。なので私はうまく微調整して10〜20%程度に収まるようにしていました。目を付けられないようにするためです。
素直にSOSを出してメンタルダウンから休職を経て復職した人もいますが、拳銃を携帯しない業務に就くことが多く、昇進にも影響している印象があります。対策が存在することと、それが実際に機能することの間には、大きな距離があると感じています。
日誌には本音を押し殺し、前向きな建前ばかり書き綴る
杉田さんはSNSで家族への愛を語り、次の試合に向けて練習にも励んでいました。周囲には極めて前向きに映っていたはずです。警察組織のなかで、「限界まで『順調な自分』を演じ続けてしまう」という心理的傾向は、実際に見られるものなのでしょうか。
安沼氏:「警察学校時代に『こころの環』という日誌を毎日書かされていました。その日誌には日々の気付きや感想を書くのですが、『もう続けていく自信がない』などネガティブなことを書くと、教官や助教から呼び出されて『特別面接』を受けることになると噂で聞いていましたので、本音を押し殺して前向きな建前ばかり書き綴っていました。こうした警察学校での刷り込みを受けたのは私だけではないと思います。杉田巡査長のSNSもその影響を受けていたのかもしれません。
元同僚は一様に「ノーコメント」
毎年のように拳銃自殺のニュースが報じられ、そのたびに警察は「遺憾」「再発防止に努める」と繰り返してきました。しかし根本的な変化は見られません。組織が内部の構造的欠陥に踏み込めない理由は、どこにあるとお考えですか。
安沼氏:「今回の事件の報道を見て、2019年1月に原宿署で亡くなられた中野和男警部補(享年36)の事件を想起しました。当初は竹下通りでの自動車暴走事故との因果関係が示唆されていましたが、後に週刊誌の報道で、特定の上司からのパワハラ被害に遭っていたことが判明しました。暴走事故の件でさらなる叱責を受け、妻に上司の名とともに遺書めいたLINEを送っていたとされています。しかしこの件については組織から職員に対して何の説明もなく、マスコミにも箝口令(かんこうれい:報道を禁じる命令)が敷かれていたと聞きます。
私が機動隊にいた頃にも、自死された先輩がいました。隊長からは『パワハラはなかった。このことは口外しないように』と説明を受けただけでした。今回、元同僚の何名かに『何か世間に伝えたいことはあるか』と聞いたところ、誰からもノーコメントでした。『オフレコだけど、俺はこう思う』くらいの意見や批判の一つくらい言って欲しかったです。こういうところにも事なかれ主義が蔓延していると感じます。
今回の記事を執筆中に、自衛官の自死とパワハラの因果関係が認められ、2人の職員に懲戒処分が下されたというニュースがありました。
ご遺族の意向にもよりますが、町田署の件も可能であれば第三者委員による調査などを通じて、原因が解明されることを願います。
■安沼保夫(やすぬま・やすお)
1981年、神奈川県生まれ。明治大学卒業後、夢や情熱のないまま、なんとなく警視庁に入庁。調布警察署の交番勤務を皮切りに、機動隊、留置係、組織犯罪対策係の刑事などとして勤務。20年に及ぶ警察官生活で実体験した、「警察小説」では描かれない実情と悲哀を、著書につづる。

