昨年夏頃から、日本国内の空港や観光地で、不要になったスーツケースが放置される問題が深刻化している。東京や大阪などの主要都市では、保管場所の不足や処分費用の負担が課題となっており、自治体や空港関係者らも対応に追われている状況だ。
なかでも観光地周辺に住宅が密集する京都市内では、路上だけでなく店先やマンションの敷地内に大型スーツケースが放置されるトラブルが相次いでおり、住民や施設管理者たちは「処分したくても勝手には捨てられない」と頭を悩ませている。
不要になったスーツケースを無断で放置した場合、どのような罪に問われうるのか。また、放置されたスーツケースを勝手に処分したり持ち帰ったりした場合、法的な問題は生じるのだろうか。(ライター・倉本菜生)
空港や街中にスーツケース放置
空港で見つかる所有者不明のスーツケースは年々増えている。報道によると、成田空港で発見されたスーツケースは2021年度の338件から2024年度には1073件へと増加。関西国際空港でも2022年度の221件から2024年度は816件に達し、過去最多を記録している。
こうした問題は空港だけにとどまらない。東京都内では、新宿や浅草など観光客が多く訪れるエリアを中心に、路上や飲食店前、ホテル内にスーツケースが放置される事態が確認されている。
関西も例外ではなく、大阪観光局が2025年7月に公表した調査結果によると、アンケートに回答した34の宿泊事業者のうち29事業者が、「スーツケースの放置が問題になっている」と回答。施設内での一時保管や処分方法の案内などに時間や人手を割かざるを得ず、対策に苦慮しているという。
また、観光都市・京都では、「京都駅前落とし物窓口」(京都府警下京警察署管轄)に、放置されたスーツケースが落とし物として持ち込まれることが増えた。保管スペースが圧迫されるだけでなく、処分対応も含めて大きな負担になっている。
さらに清水寺などの人気観光エリアでは、モラルを著しく欠いた行為が常態化しているという。
京都市内の旅館業者や京都市民の声
清水寺付近でカフェを営む神田さん(男性・仮名)はこう語る。
「コロナ禍以降、店の敷地内に勝手にスーツケースを置いていく人が増えました。観光の邪魔になるからか、周辺を見て回る間だけ置いていくようです。置いていこうとする人や、取りに来る人を見る限り、全員が外国人観光客でしたね。
一度、不法投棄かと思って警察を呼んだこともあります。ところが、ちょうど持ち主が戻ってきて『勝手に触るな!』と怒り出し、注意したこちらにスマートフォンを向けて撮影してきたんです。
うちは外国人向けのメニューも扱っていて、本来なら大切なお客さまです。でも、こうしたことが続くと、彼らに対して良くない感情を抱いてしまいそうになる。それが残念です」
神田さんの店はホテルと隣接しているため、宿泊客がチェックアウト後に置いていくことも多いそうだ。大抵のホテルは、チェックアウト後も荷物を一時預かりしてくれる。それなのに、なぜ店先に放置していくのか。神田さんは首を傾げる。
「ホテルのスタッフとも話し合いましたが、そもそもホテル内でも放置スーツケースが増えているそうです。僕としても店前に勝手に置かれると、忘れ物なのか捨てられたのか分からず、触ることもできないし、困っています」
また、五重塔がある二年坂付近のマンション住人によると、エントランスにたびたびスーツケースが捨てられているという。
「うちのマンションは少し入り組んだ路地に面しているのですが、人目につかないからか、勝手にスーツケースやゴミを捨てていく人が後を絶ちません。狭い入口に置いていくので、ぶつかってつまずきそうになったこともあります」(マンション住人の女性)
女性によると、管理会社も「ゴミは処分できるがスーツケースは勝手に処分できない」とお手上げ状態で、処分に困ったスーツケースが敷地内に積み上がっているという。
周辺で店舗を営む人や住民からは他にも、「勝手に荷物置き場として使われている」「処分したいけど費用がかさむ」など切実な声が聞かれた。
放置される背景
こうしたトラブルの背景には、訪日客によるスーツケースの買い替え需要があるとみられている。
日本では比較的安価にスーツケースを購入できることから、滞在中に新調したり、増えた土産を持ち帰るために買い足したりする人は少なくない。その結果、使わなくなった古いスーツケースの処分に困り、空港や観光地周辺への放置につながっているとみられる。
さらに、航空会社の手荷物ルールも一因とされる。かつては重量制が中心だったが、現在は預けられる荷物の個数に制限を設ける航空会社も多い。新旧両方のスーツケースを持ち帰ることが難しく、処分を選ぶ人もいるという。
なかには搭乗直前になって機内持ち込みのサイズ規定を満たさないことが判明し、中身だけを取り出してスーツケースを空港に置き去りにする事例も報告されている。
では、空港や路上にスーツケースを放置した場合、どのような法的責任が発生するのだろうか。また、外国人観光客に対し、どこまで責任を追及できるのか。
刑法に詳しい荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)は、スーツケースを放置する行為について、廃棄物処理法(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)16条が禁止する『不法投棄』にあたる可能性がある」と語る。
「法律上、ある物が『廃棄物』にあたるかどうかは、物の性状・排出の状況・通常の取引価値・占有者の意思などを、総合的に考慮して客観的に判断されます(総合判断説)。
仮に、『ご自由にお持ち帰りください』といった貼り紙をして置いていったとしても、公共の場に置き去りにしている時点で、社会通念上『不要物として排出した』と評価される可能性が高いです。
捨てた本人が『誰かに使ってもらうつもりだった』と言っても、本人の主張だけで不法投棄の成立を免れるのは難しいでしょう」
廃棄物処理法は、5年以下の拘禁刑もしくは1000万円以下の罰金、またはその両方(同法25条1項14号)を科しており、決して軽いものではない。
また、たとえ廃棄物処理法の適用が見送られた場合でも、「軽犯罪法1条27号(公共の利益に反してみだりにごみ等の汚物・廃物を捨てた者)」に該当する可能性があり、拘留または科料の対象となりえる。
これらの法律は外国人であっても当然適用されるが、荒川弁護士は「現実的には刑事責任の追及が極めて困難になるケースが多いです」と説明する。
「外国人がスーツケースを放置する事例では、犯行から発覚までにタイムラグが生じることが多く、その間に本人が出国してしまいます。
防犯カメラの映像などから行為者を特定できたとしても、すでに帰国していれば身柄の確保や任意の取り調べが事実上できなくなります。そこが最大の壁です」
不法投棄のような比較的軽微な犯罪で、国際的な捜査共助や引き渡しを求めるのは、現実的ではないと考えられている。結果として、書類送検まではできても、起訴・処罰にまで至らないケースがほとんどになるという。
「このことが、放置行為に対する抑止力を弱めてしまっている一因と言えるでしょう。もっとも、こうしたスーツケースの放置をめぐる問題は、インバウンドに限りません。実際に日本人でも、空のスーツケースを空港に放置したとして、廃棄物処理法違反容疑で書類送検された事案もありました」
昨年7月、愛知県岡崎市の会社員男性(36)が、中部国際空港のターミナル連絡通路に空のスーツケースを放置したとして、廃棄物処理法違反容疑で書類送検された。
男性は、搭乗便の手荷物預け入れの締め切りに間に合わず、スーツケースから中身だけを取り出して機内に持ち込み、本体を空港内に残して立ち去ったという。
インバウンド関連が目立つが、その裏で日本人も同様の行為をしていることは、留意すべき事実だ。
迷惑でも勝手に処分はNG?
スーツケースを放置された側はどうすればよいのだろうか。今回取材した店舗関係者や住民からは、「邪魔なので処分したいが、勝手に捨ててよいのか分からない」といった声が聞かれた。
これに対し荒川弁護士は、「自己判断でゴミに出すのは避けるべき」と話す。
「所有権が放棄されたことが客観的に見て明らかでない限り、他人の財物を処分したとして『器物損壊罪』(刑法261条)に問われるおそれがあります。
望ましい対応としては、まずは警察に届け出ることです。敷地内であっても、所有者不明の物は遺失物に準じて警察に届け出るほうが安全です。
次に、自治体に相談してください。投棄された廃棄物として、撤去・処分してもらえる場合もあります。さらに万が一のトラブルに備え、放置状況を日付入りの写真などで記録しておくとよいでしょう」
現実的には、明らかにゴミとして放置されたスーツケースを処分し、罪に問われるケースはまれだ。しかし「勝手に処分して大丈夫だろう」と安易に判断すると、思いがけぬトラブルに発展する可能性もある。
また、放置されたスーツケースを「捨てられたものだろう」と考えて持ち帰る行為にも注意が必要だ。荒川弁護士は、「法律上は『落とし物』や『忘れ物』(遺失物)として扱われる可能性があります」と指摘する。
「遺失物法では、拾った人は持ち主に返還するか、速やかに警察へ届け出る義務があります(遺失物法4条)。そのため、『ご自由にご利用ください』などの貼り紙がなく、所有者の意思が分からないスーツケースを勝手に持ち帰った場合、『占有離脱物横領罪』(刑法254条)に問われる可能性があります。
『捨てられたものだと思った』という弁解が認められる場合もありますが、確実ではありません。安全なのは警察に届け出ることです。届け出後、3か月が経過しても持ち主が現れなければ、拾った人が所有権を取得できます(遺失物法7条、民法240条)」
旅先でスーツケースを預けたい・捨てたい時は…
急増するスーツケースの放置や保管、預け先問題を受け、京都市では昨年から、三菱UFJ銀行と佐川急便が連携し、手荷物の一時預かりや配送を受け付ける「手ぶら観光サービス」を開始。観光客が荷物を持ち歩かずに市内観光を楽しめる環境づくりが進められている。
空港でも対策が始まっており、中部国際空港では不要になったスーツケースを有料で引き取るサービスを実施している。成田国際空港でも、一部のサービスカウンターなどで有料の引き取りサービスを利用できる。
また、不要になったスーツケースを回収・再利用する「ReCase(リケース)」をはじめ、民間企業によるリユース・リサイクルの取り組みも広がりつつある。
こうしたサービスが登場する一方、空港や観光地では依然として放置スーツケースが後を絶たない。適切に預ける・処分するための方法を広く周知することが、問題解決への第一歩といえそうだ。
■倉本菜生
1991年福岡生まれ、京都在住。龍谷大学大学院にて修士号(文学)を取得。専門は日本法制史。フリーライターとして社会問題を追いながら、近代日本の精神医学や監獄に関する法制度について研究を続ける。主な執筆媒体は『日刊SPA!』『現代ビジネス』など。精神疾患や虐待、不登校、孤独死などの問題に関心が高い。X:@0ElectricSheep0/Instagram:@0electricsheep0

