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離陸直前にエンジン故障“爆発音”、コックピットに鳴り響く警報…30年前「福岡空港事故」の“教訓”

離陸直前にエンジン故障“爆発音”、コックピットに鳴り響く警報…30年前「福岡空港事故」の“教訓”

1996年6月13日、福岡空港。デンパサール経由ジャカルタ行きのガルーダ・インドネシア航空865便(DC-10-30型機)は、午後0時過ぎに滑走路から離陸滑走を始めた。

乗客乗員あわせて275名を乗せた機体は、機首を上げ浮き上がった直後、右翼の第3エンジンが大きな音を立てて故障。機長は離陸を中断する判断をしたが、機体は止まりきれずに滑走路をオーバーランし、空港のフェンスと県道を横切って、緩衝緑地に突っ込み、炎上した。乗客3名が亡くなり、113名が負傷した。

この事故は、技術的には「エンジンの故障」から始まっている。しかし、その後の数秒間に起きた判断と、事故後に世界の航空業界が取った対策を眺めてみると、この一件は「人間は極限状態で間違える」という事実とどう向き合うかを改めて突きつける事案だったことが見えてくる。(島崎敢・近畿大学教授(安全心理学))

数秒で迫られた判断

事故機は順調に離陸滑走を続けていた。副操縦士は「V1」のコールに続いて2秒後に「VR」をコール、機長はこれを受けて機首を引き上げ始めた。

V1とは「離陸決定速度」であり、これ以上の速度で離陸中止をしても滑走路上で停まれない速度だ。V1以降では、機体にトラブルが起きたとしても、一旦離陸してから上空で体制を立て直し、改めて着陸を目指すのが原則だ。V1はその日の機体重量、風向きや気温、滑走路の勾配や路面の状態などを元に離陸前に毎回計算される。

VRとは「機体引き起こし速度」のこと。翼が十分な風を受け、操縦桿を引けば上昇を始められる速度のことである。

事故調査報告書によれば、第3エンジンが壊れたのはVRを受けて機体が浮き上がったのとほぼ同時だった。

第3エンジンはタービンのブレードが破断して飛び散り、翼の一部を破壊した。これによる爆発音と強い振動が伝わり、コックピット内には複数の警報音が鳴り響いた。さらに右側の推力を失った機体は急激に右に傾き始める。

機長は直感的に「機体に致命的なトラブルが起きており、十分に上昇できずに周囲の建物に衝突する。ならば滑走路は足りなくても、無理やり降ろして止めるほうが生存確率が高い」と判断した。

離陸を中断する機首下げの操作を始めたのは、エンジン故障からわずか2秒後である。さらに2秒後、スロットルをアイドル位置まで絞った。だが、機長が離陸中断操作を始めた時、機体はすでにV1を15ノット(時速約28km)上回っており、主車輪は3メートルほど浮き上がっていた。

報告書は、この時点で第3エンジン以外の2基のエンジンは正常に動いており、離陸を継続していれば安全に飛行を続けられたとしている。判断としては「Go」が正解の場面で、「No-Go」を選んでしまったということになる。

ブレードの「破断」はなぜ起きたか

事故調査の結果、破断したのは高圧タービンのブレード1枚だった。ブレードは高温の燃焼ガスにさらされながら高速で回転する、エンジンの中でもっとも過酷な条件で働く部品である。

長く使い続ければ金属の組織に少しずつダメージが蓄積していき、いずれ亀裂が入って折れる。1枚が折れると周囲のブレードも次々と損傷し、エンジン内部は瞬時に大きく壊れる。これが爆発音と振動、そして急激な推力喪失を生んだ。

ではタービンブレードはなぜ折れてしまったのだろうか。

エンジン製造元のゼネラル・エレクトリック社は、ブレードを6000サイクル(離陸から着陸までを1サイクルと数える)を超えて使い続けないよう、各航空会社に推奨していた。

しかし事故機のブレードは6182サイクルまで使用されており、推奨値をすでに超えていた。なぜそのまま運用が続いていたのか、運航乗務員にこのリスクがどの程度伝わっていたのかは、報告書を読む限り必ずしもクリアではない。ただ少なくとも、メーカーが示していた寿命管理の指針が、整備の現場や運航乗務員のところまでは届かず、機能していなかったようだ。

整備の側で見落としや見逃しがあった、運航する側にも危険の認識が共有されていなかった、そのような状況の中で、たまたまその時を迎えた1枚のブレードが、最悪のタイミングで壊れてしまったのである。

極限状態の人間は高い割合で間違える

報告書は、機長の離陸中断判断について「状況判断が的確でなかった」としている。ただ、機長は決して何も考えずに中断したわけではない。報告書には機長の証言が残っている。

「機体が浮揚しなかった」「直感的に、離陸を継続すれば、周囲の障害物や建築物にぶつかると考えた」

実際のデータを見れば機体は確かに浮揚していたし、残った2基のエンジンも正常で、そのまま飛び続ければ安全に上昇できる性能を保っていた。しかし機長の目には、機体が地面を離れず、そのまま空港の向こう側に突っ込んでいく光景が見えていたのである。

時速300km近くで滑走している巨大な機体の中で、突然「ドン」という大きな音と激しい振動が起こり、警報音がけたたましく鳴り響くとともに、機首が一気に右へ持っていかれる。しかももう止まることもできない速度域だ。その瞬間に「これは飛べる、データは大丈夫だ」と冷静に状況を切り分けられる人間が、果たしてどれだけいるだろうか。

極限状態における人間の振る舞いは、ヒューマンエラー研究の分野で多くの知見が積み重ねられてきた。共通して示されているのは、人間は極限状態に置かれると、普段の状態からは想像もつかないほど高い割合でエラーを起こすということである。

長年無事故で大型機を飛ばしてきた経験豊富なパイロットでさえ、目の前の現実を取り違えてしまう。問題は個人の能力ではなく、人間という種が、極限状態にさらされた時の普遍的な限界のほうにある。そもそも、極限状態に置かれた人間に正しい判断を期待するほうが「無理な話」といえるかもしれない。

事故後の「技術的」対策

事故後、世界の航空業界は二方向から対策を進めていった。

まずはハード側の対策である。ブレードを含むエンジンの重要部品については、いつ製造され、何回飛行に使われ、どこに装着されているのかを完全に追跡できるトレーサビリティの仕組みが整えられていった。

規制当局が指示として発行する命令によって、改良型部品への交換や退役時期の確認が義務づけられるようになる。点検方法も、目視に加えて、超音波や渦電流などを使って金属内部の亀裂を捉える非破壊検査が標準化された。

設計の側でも、技術の進歩が改良を後押しした。コンピュータ・シミュレーションによって、ブレードがどの条件で何サイクル使用すると亀裂が入って破断に至るかを、以前よりはるかに正確に予測できるようになった。

これに基づいてブレードそのものの形状や素材、コーティングが改良され、破断までの寿命は格段に延びた。さらに、万一ブレードが破断しても、破片がエンジン外に飛び出して機体を傷つけないように、エンジン周囲を高強度の素材で覆って「閉じ込める」設計も標準となった。

機体の制御の側でも、コンピュータが大きな役割を担うようになった。たとえばエンジンが片方止まれば、機体は急激に傾き、止まった側に回り込もうとする。従来はパイロットがこれに素早く対処していたわけだが、今ではコンピュータがエンジンの異常を瞬時に検知し、舵や翼面を自動的に動かして、傾きや回り込みを最小限に抑えてくれる。

パイロットは慌てて姿勢を立て直す必要がなく、その分、状況の把握や次の判断に頭を使える。極限状況でやらなければならないことの1つを、機械が肩代わりしてくれるようにしたのだ。

ちなみにこの航空機に積まれたコンピュータは、万が一にも誤動作しないように、複数のベンダーが同じ仕様書から別々にプログラムを書き、別々のメーカーのCPUを使って組み立てたユニットが奇数個(3台または5台)搭載されている。常に複数台が並行して処理を行いながら、結果が一致しない場合には多数決をとるという念の入れようである。

これらひとつひとつは派手な対策ではないが、こうした技術的改善が積み重なることで、エンジンが離陸の最悪のタイミングで壊れるというリスクが、現在では大幅に減っているし、万が一そういうことが起きても、格段に対処しやすいように工夫されている。

極限状態でも…「人間」への対策

一方、人間の側にも対策が打たれていった。

まず、V1を超えた後の離陸中断は「原則禁止」から「ごく限られた条件以外は絶対禁止」へと厳格化されていった。

「ごく限られた条件」とはエンジン火災や全エンジンの停止など、明らかに「飛べない」と確信できる事態である。逆に、1基のエンジン停止やタイヤのパンク、警報音や違和感程度では離陸を中断してはならない、離陸して体制を立て直してから着陸したほうが安全だと訓練の場で繰り返し叩き込まれる。

そして、人間が極限状態では適切に判断できないという前提に立って、訓練方法も変わっていった。

フライトシミュレータの中で、予告なく爆発音や激しい振動、複数の警報音を意図的に発生させ、パイロットを心理的に極限状況に追い込んだ上で「Go」か「No-Go」かを判断させる訓練が義務化されていったのである。

極限状態の中でも正しく判断するには、極限状態を繰り返し経験しておくしかない。一度きりなら誰しもパニックを起こすが、何度も同じ状況をくぐり抜けていれば、身体の方が手順を覚えるし、冷静さを保てる確率が上がるからだ。

こういった訓練を繰り返すことで、始めは離陸に躊躇していたパイロットも、勇気を持って、V1前に意思決定したとおりに離陸できるようになっていく。

CRM(クルー・リソース・マネジメント)の徹底も大きい。コックピットの中で起こる出来事は、複数の頭脳の連携で乗り切るべきものだ、という考え方である。

機長が一人で全てを判断するのではなく、副操縦士や航空機関士が、おかしいと感じたことを躊躇なく声に出し、機長がV1を超えてから「止める」と判断しかけたら「Go!」と大声でコールしてでも継続を後押しする——そうしたチームとしての意思決定を、訓練の中で繰り返し練習する。

フライト数は2倍も、事故は激減

こうした対策の効果は数字にもはっきり表れている。

ICAO(国際民間航空機関)のレポートによれば、福岡空港での事故が起きた1996年、世界ではこの事故を含め23件の定期便の死亡事故が発生しており、乗客だけで1135名が亡くなっている。

一方最新の統計情報がある2024年で見ると、死亡事故は10件に減り、死者数も乗務員や地上作業員を含めて296名まで減っている。この間、分母であるフライト数は2倍以上に増えているから、リスクは事故件数で1/5、死者数で1/8まで減ったことになる。

ただしこれは、小型プロペラ機やインフラの整っていない地域でのローカル便までひっくるめた値である。

対象を「主要な航空会社が運行する大型ジェット旅客機」に限定すると、更に驚異的な数字が見えてくる。

2024年に起きた10件の死亡事故には、乱気流により機内で心臓発作を起こした事案や、地上作業員が巻き込まれた事故などが含まれるが、飛行中の操縦ミスや機体の故障・墜落によって乗客に死者を出した事故は、なんと1件も起きていない(※)。

さらに、日本の空に限ってみると、福岡の事故以降、商業旅客便で乗客が亡くなる事故は30年間確認されていない。

日本では国内線・国際線を合わせて年間およそ100万回もの離着陸が行われている。30年でのべ3000万回近く——そのすべての離陸、すべての着陸で、乗客は無事に地面を踏むことができている。日々何気なく利用している航空機の安全は、事故の教訓を無駄にしないための地道な努力の積み重ねによって、静かに支えられているのである。

航空機事故で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、事故を誰かのせいにして終わるのではなく、真の原因を徹底的に究明し、できることを一つずつ積み重ねてきた——そして今も積み重ね続けている——世界中の航空関係者に、改めて敬意を表したい。

※2024年1月2日に羽田空港で発生したJAL機と海上保安庁機の衝突事故は、商用機のJAL機側に死者が出ていないため、ICAOの統計にある10件には含まれない。

■島崎敢
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院にて博士(人間科学)取得。同大助手、助教、防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学特任准教授、近畿大学准教授を経て、近畿大学教授。元トラックドライバー。全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など、多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)等があり、学術的知見を現場へ還元する実践の場として、トラックドライバー応援Podcast「プロフェッショナルドライブ」を配信中。

配信元: 弁護士JP

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