今年2月8日に投開票が行われた衆議院議員総選挙について、議員定数配分や選挙区割りが憲法に違反し無効であるとして弁護士らのグループが選挙の無効を求めた訴訟で、東京高裁は6月12日、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。
原告の「三竿グループ」は、1962年に越山康弁護士(故人)らが始めた「定数是正訴訟」の活動を引き継ぎ、衆議院議員選挙のつど、選挙無効訴訟を提起している。
いわゆる「手弁当」での活動であり、勝訴しても「一文の得」にもならない訴訟。しかも、これまで裁判所は、国会の裁量を広く認め、請求を棄却し続けている。
それでも、最高裁が時に判決理由のなかで「違憲状態」などの厳しい言葉を用いて国会に是正を促し、実際に制度の改正につながってきたという実績・歴史がある。
原告の三竿径彦弁護士は判決後の記者会見で「憲法の基本原理である個人の尊重、国民主権へのリスペクトが足りない」と裁判所の判断を批判し、最高裁へ上告する方針を明らかにした。
「国民一人ひとりの平等な国政参加」を訴える
判決は、小選挙区選挙について、定数配分にアダムズ方式を採用し、選挙区間の人口較差(こうさ)を2倍未満とするよう是正する仕組み(本件区割制度)は「合理性を有する」と評価。また、選挙後の人口異動によって較差が拡大することは制度上想定されており、本件選挙で最大較差が1対2.097に達していたとしても、「投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたということはできない」と結論付けた。
三竿弁護士は、人口比例の原則を厳格に適用し、日本の総人口を衆議院議員の小選挙区選出議員の総数で割った数(約40万人)を基準とし、すべての選挙区の人口が可能な限り同数になるようにすべきだと説明した。
三竿弁護士:「憲法の個人尊重の理念、国民主権原理、代表民主制の下、国民一人ひとりが平等に国政に参加できなければならない。
例えば、40万人の選挙区と70万人の選挙区があったら、70万人の選挙区は30万人に選挙権が与えられていない、無視されているということになる。そもそも、『較差が2倍未満であればいい』という基準がおかしい」
原告側は、衆議院小選挙区選挙の問題について、以下の2つを区別して論じている。
- 各都道府県に議員定数をどう配分するかという「配分」の問題
- 配分された定数を各都道府県内でどう区割りするかという「区割り」の問題
現行の「アダムズ方式」は旧制度の「“1人別枠方式”の温存」
衆院選の都道府県への定数配分には、2024年10月の選挙から「アダムズ方式」が採用されている。これは、各都道府県の人口をある共通の「除数」で割り、商の小数点以下を切り上げて定数を算出する方法である(※)。
※出典:高橋和之「立憲主義と日本国憲法 第5版」(有斐閣)P.364
アダムズ方式では、各都道府県の人口を共通の「除数」で割って得た商(小数点以下を含む)を「切り上げる」ことで定数が決まる。このため、商の整数部分に事実上「+1」された数が定数となる(【図表1】参照)。
原告側は、このアダムズ方式が実質的に「1人別枠方式」を温存するものだと批判する。1人別枠方式とは、人口にかかわらず各都道府県にまず1議席を配分し、残りを人口比例で配分する方式で、過去の最高裁判決で違憲状態の要因と指摘されてきた。
訴状によれば、アダムズ方式は端数を「切り上げる」ため、事実上、全47都道府県に「+1」議席が配分されることになり、人口に比例しない47議席の配分は1人別枠配分と実質的に同じだと主張している。
これに対し、判決は「1人別枠方式が、人口の多寡と無関係に各都道府県にあらかじめ1ずつ定数を配分するものであるのに対し、アダムズ方式は、議席全部を人口比例により配分するものであり、各都道府県に1ずつ定数が配分されるのは端数処理の結果にすぎない」として、両者は根本的に異なると指摘。
2016年の「衆議院選挙制度に関する調査会」の答申で、説明困難な逆転現象(※)が生じないことなどを理由に、より望ましい方式として採用された経緯を挙げ、その合理性を認めた。
※逆転現象:総議席数を増やしたにもかかわらず、ある都道府県の議席配分が減少するなど、人口と議席配分の関係が直感に反する結果となる現象のこと。
この判決内容について、原告の國部徹弁護士は次のように批判した。
國部弁護士:「アダムズ方式について、判決が『議席全部を人口比例により配分するもの』と評しているのは、表現として誤りだ。
同方式のしくみ上、人口比例で配分するのは289議席のうち242議席だけであり、あとの47議席は必ず全選挙区に一律に1議席ずつ配分することになる」
定数不均衡は「都会と地方の格差是正」では正当化されない
次に、定数が各都道府県へ配分された後の「都道府県内での区割り」の問題について、判決は、選挙区割りは人口の均衡だけでなく、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮することが求められるとした上で、最大較差を「2倍未満」とする基準には「合理性がある」と判断した。
ただし、2月の衆院選は、そのように定められた現行の基準の下で行われたが、選挙人数の最も少ない鳥取1区と最も多い北海道3区との間で、最大較差が1対2.097となり、較差が2倍以上の選挙区は16にのぼった。
この点について、判決は、「自然的な人口異動以外の要因によって拡大したものというべき事情はうかがわれず、その拡大の程度が著しいものともいえない」と指摘。また、2025年の簡易国勢調査の結果に基づき、較差が2倍未満になるよう是正されることが予定されているとして、違憲状態には至っていないと結論付けた。
原告側は、上述した厳格な人口比例原則の考え方に立脚し、「最大と最小の選挙区の人口較差が2倍未満であれば合憲」とする裁判所の基準そのものがおかしいと主張している。
よく、定数配分や区割の不均衡を正当化する理屈としてよく用いられるのが、「都会と地方の格差」である。
しかし、三竿弁護士は、この理屈には客観的根拠がまったく存在しないと説明する。すなわち、不平等は現実には「都市部と地方」の間にではなく、「同一都道府県内における選挙区間の不平等」によって生じていると指摘(【図表2】参照)。仮に「都会と地方の格差」という立法事実が存在するとしても、現行の区割にはそれが合理的に反映されていないとの見解を示した。
政治家の「縄張り」を温存
原告の山口邦明弁護士は、背後に「現職議員の地盤」が既得権化している問題があると指摘した。
山口弁護士:「茨城県内では最大選挙区が53万4093人で、最小選挙区の27万9586人の1.9倍。東京都内では最大選挙区が51万4227人で、最小が35万8963人で較差が1.4倍。同じ都道府県内で明らかに不平等だ。
佐賀県内では最大が40万3528人で最小が40万1974人。ほとんど差がない。なぜ東京や茨城でこれができないのか。
政治家が自分の縄張り、地盤を守って、それに手を付けさせたくないということの他に、理由が考えられない」
さらに、原告復代理人の永島賢也弁護士は、最大較差だけでなく、選挙区全体での較差の分布が2倍に近い方に偏ってきている現象を指摘する。
2017年の総選挙では較差が2倍以上の選挙区は0だったのに対し、2026年の総選挙では16選挙区に増加。一方で、較差が1.0倍台、1.1倍台の選挙区は、2017年の計48選挙区から2026年には計28選挙区に減少している(【図表3】参照)。
永島弁護士:「最大と最小とを比較するという基準自体が、その間における分布の偏りの問題を見えなくしてしまっている。
(国会の立法裁量を考慮しても)国会が、そのような偏りを許容する政策的目的ないし理由を説明したことはないと思われる。最高裁ではこの点を指摘したい」
比例代表制の問題も指摘
原告側は、比例代表選挙についても複数の論点から無効を主張した。特に重要なのが、小選挙区で落選した候補者が比例代表で復活当選する「重複立候補制度」がとられている点と、比例代表選挙区の各都道府県のブロックへの定数配分に、上述のアダムズ方式が用いられている点である。
まず、重複立候補制度については、選挙人の投票意思を歪めるものであり、憲法に違反するとした。特に、当選順位を決める際に用いられる「惜敗率」(※)は、比例区全体の選挙民の意思ではなく、小選挙区の結果だけで当落を決めるものだと批判した。
※小選挙区での当選者の得票に対する落選者の得票の割合
次に、原告側は比例代表の定数配分についても、小選挙区と同様にアダムズ方式が採用されたことを問題視。人口に比例しない議席配分を生む「形を変えた1人別枠配分」であり、憲法に違反すると主張した。
これらの主張について、本判決はいずれも、国会の立法裁量を理由として退けた。
審理は尽くされたか? 「百日裁判」の課題
会見では、訴訟手続きそのものに対する問題提起もなされた。
三竿弁護士:「選挙が行われた翌日の2月9日に提訴し、判決が出たのが6月12日。約4か月しかない。普通の裁判ならばもっと時間がかかることが多いのに、ましてや議員定数という重大なテーマが問題となっている事件の裁判がこれほど短時間で終わるのはおかしい。これでは十分な審理ができない」
公職選挙法は、選挙の効力に関する訴訟を、提訴から100日以内に判決するよう努めることを定めている(百日裁判)。
國部弁護士は、この規定が、選挙違反などがあった場合に早期に選挙をやり直すことを前提としたものであると指摘。「この選挙訴訟(定数訴訟)にはそのような前提がなく、百日裁判で済ませる必要がない。国会議員の定数配分の違憲性を争う訴訟の性質に鑑み、相応しい法律が定められるべきだ」と述べた。
また、原告側がアダムズ方式導入の経緯を明らかにするため逢沢(あいさわ)一郎衆院議員(※)の証人尋問を請求したのに対し、裁判所が「必要性なし」として却下したことにも、審理が不十分であるとの不満が示された。
※2014年11月20日の「衆議院選挙制度に関する調査会」にオブザーバーとして参加していた逢沢一郎衆議院議員(自民党)が、調査会での議論の中身につき、SNS上で〈アダムズ方式、ラウンズ方式を中心に検討を深める事を確認。安定的に2倍以内にしないと。選挙後に再開です。〉と投稿していた(【画像】参照)。しかし、議事概要にはそのような内容は記載されていなかった。

