作家の乙武洋匡氏は、サングラス着用の解禁は生徒の健康を守るうえで歓迎すべき一歩だと評価する一方で、本質的に問うべきは学校が子どもたちの身につけるものにどこまで制限を加えられるのか、という点だとみる(以下は乙武氏による寄稿)。

◆サングラス解禁は前進だが本当に問うべき論点は別に
強まる紫外線から目を守るため、広島市内の高校で生徒のサングラス着用が認められるようになった。授業や部活動で使用できるという。さらには大手眼鏡チェーン「Zoff」の社員が講師を務め、紫外線が目に与える影響についての授業も行った。数年前からは、水泳の授業でも紫外線や擦り傷から肌を守るために多くの学校でラッシュガードの着用が認められるようになった。生徒の健康を守るという観点から、非常に望ましい傾向だと感じている。だが、ここで忘れられがちな視点がある。そもそも、子どもたちが自分の体に着用するものについて、なぜ学校は「許可する」立場にいるのだろうか。もちろん、学校は生活の場でもあるのだから、子どもたちの安全を確保し、他の児童・生徒の権利を守るためにも一定のルールは必要だろう。また「規則を遵守する」という態度を育むことにも教育的価値があることは疑いようがない。だが、ルールを守ることは重要だが、「そのルールにどれほどの正当性があるのか」と批判的な目を向けることにもまた価値がある。
◆学校は制限の理由を説明できるのか
少し硬い話になるが、これまでの判例から、校則とは「教育目的を達成するために必要かつ合理的な範囲内でのみ制定が認められる」とされている。つまり言い換えるならば、「校則とは教育目的を達成するための必要最低限のものでなければならない」とも言うことができる。だが現実にはどうだろうか。髪形、靴下・下着の色、コート、日傘、サングラス。驚くほど細かく規定されている。個人的にこれらを必要とする生徒は、診断書の提出などによって例外を求めることはできるかもしれない。だが、本来はまず学校側がそのルールを規定した理由をきちんと明示すべきだろう。いったい、いまの校則のうち「教育目的を達成するために必要かつ合理的な範囲内」と言えるものがいくつあるだろうか。
本来サングラスは目を守り、健康を守る道具である。もしも学校がその着用を制限したいなら、きちんと理由を説明するべきだ。なぜその髪形はダメなのか。なぜ授業中に水分を補給してはダメなのか。理由を公開し、子どもたちと話し合い、定期的に見直していく。そうした手続きこそが、教育の場にふさわしいのではないか。
サングラスの件は、もちろん一歩前進だ。だが本当に問うべきは、「学校はどんな理由で、どこまで子どもたちの身につけるものに制限を加えられるか」であるはずだ。

【乙武洋匡】
1976年、東京都生まれ。大学在学中に執筆した『五体不満足』が600万部を超すベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、小学校教諭、東京都教育委員などを歴任。ニュース番組でMCを務めるなど、日本のダイバーシティ分野におけるオピニオンリーダーとして活動している

