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ガッツ石松さん伝説「ケンカで8人KO」逮捕も“お咎めなし”…「ボクサーの拳は凶器」なのに? 元プロボクサー弁護士が解き明かす“正当防衛のリアル”

ガッツ石松さん伝説「ケンカで8人KO」逮捕も“お咎めなし”…「ボクサーの拳は凶器」なのに? 元プロボクサー弁護士が解き明かす“正当防衛のリアル”

元プロボクサーでタレントのガッツ石松さんが6月2日に亡くなった。1966年にプロデビュー、1974年にはアジア人として初めてWBCライト級世界チャンピオンとなり、その後、5度の防衛に成功。「幻の右」と呼ばれた強烈な右ストレートを軸にした正統派のボクシングでファンのハートを何度も熱くさせた。

1978年に引退後はタレント・俳優として活躍。「OK(オッケー)牧場!」の決め台詞などに代表される独特のキャラクターと親しみやすい人柄で人気者になった。

ガッツさんには「ガッツポーズの元祖」とされる(異説あり)など、数々の逸話がある。その一つに、東洋ライト級王者だった1972年、路上で十数名を相手にケンカとなり8人をKOしたものの、現行犯逮捕から2日で釈放されたというものがある(相手方の人数、KOされた者の人数は報道により多少の差異がある)。

ガッツさんは取り調べに対し、「チャンピオンはいついかなる時でも誰の挑戦でも受けなければならないと賞状に書いてある」と供述したと伝えられる。

当時の報道によれば、釈放の理由は「正当防衛」が認められたからだとされる。プロボクサーでありながら、複数人をKOするという重大な結果を招きながら「お咎めなし」となったこの規格外のエピソードの裏には、法的にみてどのような事情があったと考えられるのか。

元プロボクサーで、生前のガッツさんに接したことがあり「思慮深く優しさにあふれ、風格を感じた」と述懐する坪井僚哉(りょうすけ)弁護士(法律事務所アルシエン)に分析してもらった。

そもそも「ケンカ」で正当防衛は成立するのか

前提として、刑法36条1項に定められる正当防衛が成立するには、①侵害の急迫性、②侵害が不正であること、③防衛の意思、④防衛行為が「やむを得ずにした行為」であること、という4つの要件を満たす必要がある。このうち、特にケンカの場面で問題となるのが「侵害の急迫性」である。

坪井弁護士:「ケンカは、双方が攻撃と防御を繰り返す一団の連続的行為であるため、闘争の全般から見て正当防衛が成立しない場合が多いとされています(最高裁昭和23年(1948年)7月7日判決参照)。

特に、侵害を予期した上で、その機会を利用し積極的に相手に加害する意思(積極的加害意思)をもって侵害に臨んだときや(最高裁昭和52年(1977年)7月21日決定参照)、自ら不正の行為により侵害を招いた場合(自招侵害)には、正当防衛が否定され得ます(最高裁平成20年(2008年)5月20日決定参照)」

ただし、ケンカであればいかなる場合も正当防衛が成立しないわけではない。

坪井弁護士:「例えば、素手での殴り合いから相手が突然刃物を持ち出した場合や、一方がケンカをやめて離脱しようとしたにもかかわらず、相手が一方的に攻撃を続けてきたような場合には、その後の反撃行為に『侵害の急迫性』が認められる可能性があります」

ガッツさんのケースでは、弟がケンカに巻き込まれ助けるために急いで駆けつけたとされる。弟にからんできた相手方による一方的な攻撃に対応したとすれば、この「侵害の急迫性」の要件が満たされたと判断された可能性が考えられる。

ガッツさんと並んでポーズをとる坪井僚哉弁護士(本人提供)

「プロボクサーの拳は凶器」は俗説? 「防衛行為の相当性」とは

次に問題となるのが、行為者がプロボクサーであったという事実が、正当防衛の要件である「やむを得ずにした防衛行為」、すなわち防衛行為の相当性にどう影響するかという点である。

この点について、よく「ボクサーの拳は凶器だから正当防衛は成立しない」などといわれることがある。しかし、坪井弁護士は誤りだと指摘する。

坪井弁護士:「プロボクサーであることは、素手であっても、その打撃の破壊力が大きく、体力・力量においても優位にあると評価されやすいため、素手の相手に対する反撃であっても、相当性が認められづらくなる方向に働きます。

例えば、ある男性が酩酊した女性を襲っていると誤信し、その男性に回し蹴りを食らわせて死亡させた空手三段の被告人について、(誤信した)侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとした事案があります(最高裁昭和62年(1987年)3月26日決定、いわゆる「勘違い騎士道事件」)。同事件では、傷害致死罪の成立を認めた上で、誤想過剰防衛に当たるとして、刑法36条2項により刑が減軽されました。

ただし、プロボクサーには正当防衛が成立しないという訳ではありません。あくまで『プロボクサーの拳は一般人の拳よりも強力であるため、防衛行為の相当性が認められづらく、正当防衛が認められづらい』というにとどまり、正当防衛が一律に成立しないという訳ではありません。

さらに、仮に相当性を欠き正当防衛が成立しない場合でも、過剰防衛が成立する可能性があり、成立すれば、刑が減軽または免除される可能性があります(刑法36条2項)。

私自身も、プロボクサーをやりながら法学部に通っていたころ、正当防衛について勉強し、『なんだ、プロボクサーに正当防衛が成立しないなんて嘘じゃないか』と思った記憶があります」

「一人対十数人」の状況が判断を分けた可能性

ガッツさんのケースで最も特徴的なのは、一人で十数人という多数を相手にした点だ。この事情は、正当防衛の成否や、その後の刑事手続きに大きな影響を与えたとみられる。

坪井弁護士は、相手の人数が正当防衛の成否や検察官の起訴・不起訴の判断に与える影響について、次のように説明する。

坪井弁護士:「正当防衛の要件の解釈、とりわけ④『やむを得ずにした防衛行為(防衛行為の相当性)』の判断に影響します。

攻撃者の人数は、侵害の強度・危険性を高める事情として考慮されます。すなわち、一人で多数の攻撃者に直面した状況は、侵害が重大で危険なものであったことを基礎づけ、許容される防衛の程度を判断する上で、防衛者に有利に働き得る重要な要素となります。

もっとも、人数のみで相当性の成否が決まるわけではなく、用いた手段(凶器の有無、致命性、反撃が単発か継続かなど)その他の事情とあわせて総合的に判断されます」

次に、起訴・不起訴の判断について。公訴を提起するか否かを判断するのは検察官である(起訴独占主義。刑事訴訟法247条)。検察官は、犯人の性格、年齢および境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる(起訴便宜主義。刑事訴訟法248条)。

坪井弁護士:「一人で多数を相手にし、相手方の側に集団による一方的な攻撃などの事情は、正当防衛状況を基礎づけ、または情状として、不起訴の方向に強く働く事情となります。

なお、石松さんは不起訴となり裁判になっていないため、刑事裁判の中で正当防衛の成立が認められた事案ではないことにご注意ください」

ガッツさんの伝説的な逸話は、単なる武勇伝・美談として消費されるだけでなく、正当防衛という法律上の論点が、いかに個別具体的な状況に応じて判断されるかを示す好例といえる。

プロボクサーの拳がいかに強力であっても、多数による理不尽な暴力に直面した際の抵抗まで一律に禁じられるわけではないという、「法の精神」が垣間見えるエピソードと理解するべきだろう。

配信元: 弁護士JP

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