“問題社員”に人事評価で悪い評価をつけることは「人事権の濫用」か――。ミスを繰り返し、上司の指導も聞かない。社会人としての常識も欠いている。そんな社員が会社を訴えた事件について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
Aさんは、家庭教師派遣などを行う会社(従業員約2000名)で、総務、経理などの仕事に従事していた(基本給42万9000円)。
■ 入社直後からトラブル
Aさんは入社直後からトラブルを起こしていた。判決文から詳細は不明だが、会社はその仕事ぶりに「問題あり」と感じていたのであろう。Aさんに対して給料の減額を申し出るも、Aさんは応じなかった。さらに会社がAさんに出向を命じると、Aさんは労働審判を起こし、出向が取りやめになった。
その後、会社はAさんを、料金未納の家庭に電話をかけて未収金を回収する部署に異動させた。ここでAさんはさまざまなミスを犯すことになる(詳細は後述)。
■ 能力主義評価の導入
会社が就業規則や給与規程などを変更し、「能力主義」の評価を採用することになった。人事考課の結果によっては給料が下がる可能性が生じ、Aさんにとっては大ピンチである。
■ 給料が下がる
案の定、Aさんは降格を命じられ、給料が1万6000円減額された(41万3000円)。その後、家庭教師の手配などを行う部署への異動命令が出された。
■ トンデモ行動①:上司に背を向けたまま受け答え
上司が話しかけているにもかかわらず、Aさんは上司に背を向けたまま応答した。やり取りは以下の通りだ。
上司「どこを見て誰と話しているんだ」
Aさん「文書で回答する」
上司「話をしている人へ体を向けないのはなぜなんだ?」
Aさん「身体的、肉体的拘束を伴う命令は、不安、屈辱、あきらめといった精神的苦痛を与えるものであり、到底同意できるものではない」
■ トンデモ行動②:「死んでお詫びいたします」とメール返信
上司がAさんをメールで指導したところ、Aさんは「誠に申し訳ございません。私の不徳の致すところでございます。自らの身をもって償わせていただく所存でございます」と返信した。上司がその意味を問うと、「死んでお詫びいたします」と返信したのである。
非常に意思疎通の取りにくい社員だ。会社としては生きたまま退職してくれればそれでいいのだが、こういう社員ほど辞めないのは世の常だ。
■ 訴訟へ
その後も4〜5回にわたり人事考課で悪い評価がつき、そのたびに給料が1万5000円ずつ減額された。
Aさんは訴訟を提起。主な主張は次の通りだ。
- 成果主義、能力主義的な給与体系への変更は不利益変更にあたるので無効であり、差額賃金を請求する
- 私への人事考課についても人事権の濫用にあたるため違法である
裁判所の判断
Aさんの敗訴だ。以下、順に解説する。
■ 能力主義への変更はOK?
たしかに今回の就業規則の変更は従業員にとって不利益な変更だ。基本給と職能給に分けられ、人事考課の結果いかんでは給料が減るおそれがあるからだ。
しかし、裁判所は、労働契約法10条の要素を検討した上で、「今回の就業規則変更は合理的だ」と判断した。
〈労働契約法10条〉
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(以下、略)
〈本件が合理的である理由〉
- 就業規則変更の必要性あり(グループ会社出身の従業員との間で労働条件を統一する必要があり、また仕事への意欲向上も求められていた)
- 昇給、昇格などの平等性が確保されている
- 人事評価制度自体が合理的である
- 変更に先立ち、従業員との話し合いを経ている
■ Aさんへの人事評価は?
裁判所は「人事権の濫用はなく、人事評価は妥当」と判断した。その根拠となったAさんのミスは以下の通りだ。
〈Aさんのミス〉
- 非通知で電話をかけて留守電メッセージを残し、苦情を受けた
- 1時間あたりの電話件数が他のスタッフと比べて少ない
- 契約データの処理も遅い(他のスタッフは1時間あたり6〜7件、Aさんは1〜2件)
- 他のスタッフとコミュニケーションを取ろうとしない
- 上司の指導を聞かない
■ トンデモ行動について
上司に背を向けて答えたこと、「死んでお詫びいたします」とメール返信したことについて、裁判所は「常軌を逸した内容である。社会人として明らかに常識を欠いていると評価せざるを得ない」と断罪している。
以上より、裁判所は「人事権の濫用はなく、人事評価は妥当である」と結論づけた。
最後に
人事評価については、会社に大きな裁量権がある。今回のように社会人としての常識を明らかに欠いている場合はもちろん、仕事上のミスを理由に人事評価を下げることが許されるケースもある。
もっとも、不当な動機や目的に基づいて評価を下した場合――たとえば、社員が労働審判を申し立てたことへの報復として、実際の勤務成績とは無関係に低い評価をつけたような場合――は違法となる。参考になれば幸いだ。

