脳トレ四択クイズ | Merkystyle
「生活保護に一生、甘んじたくない」いじめの“後遺症”から自立をめざす20代男性の“学び直し”を阻む、行政の本末転倒な論理

「生活保護に一生、甘んじたくない」いじめの“後遺症”から自立をめざす20代男性の“学び直し”を阻む、行政の本末転倒な論理

生活保護にたどり着く若者たちの実態は、世間一般のイメージとは大きくかけ離れています。幼少期のいじめや不登校、社会に出てからの理不尽なパワーハラスメントによって心身を破壊され、自力で立ち上がることが困難になった若者たちは、メディアの取材に応じることもできません。

先日、行政書士である私のもとに、NHKの某有名番組制作班の取材依頼がありました。当初は取材辞退の意を伝えたものの、若者の貧困というテーマが確実に社会へ届けられる意義を感じ、協力に転じました。

NHK側から「20~30代の制度利用者から話を聞かせてもらえませんか」と打診を受け、日頃から相談を受けている複数の若い方にその旨を話しました。しかし、大半の方は、カメラの前でもオンラインでも、自らの境遇を語ることができないと言い、テレビの取材を受けることを拒みました。

取材を固辞した彼らの事情こそが、「声なき実態」として改善されなければいけない日本社会の闇なのです。(行政書士・三木ひとみ)

取材を拒む若者たちが感じる「恐怖」

「若いのに生活保護なんて」という社会の偏見に怯え、息を潜めるように生きているというサトミさん(仮名・20代女性)は、丁寧に胸の内を明かしてくれました。

呼吸を整えつつ、慎重に言葉を選びながら彼女が語ってくれたのは、障害を抱えながらも一日も早く社会復帰したいという強い願いと、保護を受けている現状への耐え難い苦悩でした。

「社会的な意義がある企画だと、頭では理解していても、みじめな思いをして不特定多数のテレビの目に晒される場に出ることは、現状ではリスクしかないです。若い人はネットで容易に情報収集ができるのに、なぜテレビで生活保護の制度利用者を晒し物にする必要があるんですか」

きわめて真っ当な正論であり、深く胸に刺さりました。自らの言葉で発信することができないほど傷つき、警戒心を抱いている若者たちを矢面に立たせることはできません。だからこそ、彼らに代わり、この隠された実態を社会へ届ける責務があるのだと痛感しました。

小学生の頃にいじめに遭って以来ひきこもり状態にあり、唯一の支えであった同居の母親を自宅でひとり介護し、看取るという壮絶な経験をしたショウゴさん(仮名・20代男性)もまた、制度に対する世間の風当たりの強さを理解しており、だからこそ取材に応じることはあまりにも心理的ハードルが高いと吐露しました。

さらに、小学校時代のいじめが原因で中学校も高校も通えず、現在も原因不明の体調不良に苦しむトモミチさん(仮名・20代男性)からは、外部と連絡を取るだけでも極度の緊張を強いられる状態にあり、これ以上のストレスには耐えられないと申し訳なさそうに断りが入りました。

心身のコンディションを整え、一日一日を何とか生きることを最優先にせざるを得ない彼らにとって、世間の目に晒されることは、たとえ匿名であっても耐え難い恐怖なのです。

働ける状態にありながら一時的に失職している若者は、現状への不本意さやプライドから表に出ることを拒みます。一方で、病気や障害、過去のトラウマにより長期的な保護を必要としている若者は、そもそも他者と対話をするだけの精神的・肉体的なエネルギーが枯渇しています。これこそが、決してメディアには映らない若年層の生活保護のリアルな実態です。

時代を超えるいじめの連鎖と、奪われる社会性の土台

なぜ、彼らはこれほどまでに追い詰められてしまったのでしょうか。その根底には、教育現場や職場における「いじめ」と「排除」のメカニズムがあります。

現在も生活保護を利用しているシングルマザーのカズサさん(仮名・30代女性)は、子のショウタくん(仮名・小学校1年生)がいじめに遭い、それをきっかけとして、最終的に自身まで仕事を続けることができなくなりました。

ショウタくんのいじめ被害について担任教師に相談したところ、事実を加害児童が認めたにもかかわらず、その後の適切な対応がなされず不登校に追い込まれました。

カズサさんが学校に相談しても「クラス全員を一人ひとり見ていられない」と開き直られてしまい、あろうことか保護者がクレーマー扱いされるという二次被害に遭ったといいます。自宅ドアに汚物をかけられるといった警察が介入する嫌がらせまで発生し、カズサさんは自身とショウタくんの安全を守るため、仕事を辞めて遠方に転居せざるを得ませんでした。

しかし、転校先でも「よそ者」扱いで仲間外れにされ、学校からは「不登校なのに学校に行かせた親が悪い」と責任転嫁され、地域社会からも学校からも徹底的に排除されることになりました。

親子ともに心身を追いつめられた結果、生活保護を受給する以外に生きる道が断たれてしまったのです。暴力的な環境から逃れるための唯一の選択肢が、生活保護だったといいます。

いじめは一対一の喧嘩ではなく、集団で一人のターゲットを執拗に攻撃し、陰湿かつ長期にわたって行われる傾向にあります。

人格形成期である小中学校において、集団いじめや仲間外れにより不登校に追い込まれると、集団生活の中で他者と協調し、信頼関係を築くという社会人としての基礎を育む機会が奪われてしまいます。

いじめの後遺症は大人になっても完全に消えることはなく、トラウマがフラッシュバックし日常生活にすら支障をきたす深刻なケースは珍しくありません。

職場における大人のいじめも同様であり、「自分は大丈夫」と多勢につくことで安心感を得る、スケープゴートを作り出す不健全な組織システムによって、真面目で優しい人間ほど追い込まれやすい現実があります 。長期間にわたる過度なストレスは、健康な人から働く気力を奪い、重度のうつ病や適応障害を発症させます。結果として、彼らは職も収入も失い、経済的な困窮へと突き落とされるのです。

生活保護の「水際作戦」によってさらに追い込まれる若者たち

心身を壊し、ようやくの思いで行政の窓口へ助けを求めた若者たちを待ち受けているのは、温かい支援ばかりではありません。生活保護制度の申請において、多くの若者がまず直面するのは「扶養照会」の強要です。

成人して間もない夜間大学生のマサハルさん(仮名)は、親族から一切の経済的援助を受けられない状態で困窮し、自ら福祉事務所へ申請に行きました。しかし、担当職員から「親族への扶養照会をしなければ手続きを進められない」と告げられ、家族に知られることを恐れて申請を取り下げるしかなかったといいます。

国が定める最低生活水準を下回る極限状態の中で、身を切るような寒さの年越しを余儀なくされ、年明けに支援者と共に再度申請書を提出したところ、扶養照会は不要ということになりました。

マサハルさんは「法的な知識のある大人が言えば扶養照会は回避されるのに、誰にも頼れない若者が一人で必死に訴えても、相手にしてもらえなかった」と振り返ります。

さらに、その後、保護決定を受けた後も、行政側から「扶養照会をしなければ保護を打ち切る」と口頭で何度も圧力をかけられ続け、昼夜を問わず不安に苛まれたといいます。

自立を助長するための制度であるはずが、働く意欲を持ちながらも病や事情を抱える若者に対し、心理的な圧力をかけて精神をすり減らさせる対応は、制度の趣旨に反しています。

「自己責任」や「家族の扶養」を過度に強調する行政の姿勢が、ただでさえ傷ついた若者たちに追い討ちをかけるのです。

学びによる自立を阻む行政の論理

生活保護受給者の「自立への一歩」を後押しする制度がそこにあるのに、現場の判断で使わせないという、見えにくい問題もあります。ここで紹介する事例は、その象徴とも言えるものです。

ツヨシさん(仮名・男性)は、幼少期から家庭環境に恵まれず、小中学校では凄惨な集団いじめに遭い続けました。学校にも家庭にも逃げ場がなく「いつでも死ねるから、もう少し生きよう」と思いながら、死なずに生きてきたといいます。

「今日こそ死のうと思い、電車のホームや高いビルの上に立ち続けたことも、何度もありました。人に迷惑をかける死に方をすると、親族に賠償請求がいくことを知ってからは、何度もオーバードーズや、手首を切りました。死にきれず、病院にもいけず、後遺症だけが残りました」

学校で暴力的ないじめを受け、涙をこらえ、家でも感情を殺して過ごす日々。ツヨシさんには基礎学力を身につける余裕などありませんでした。そのまま社会に出たものの、過去のいじめによる重度の精神的ダメージから就労困難となり、のちに障害認定を受けるに至りました。

しかし、ツヨシさんは「一生、生活保護に甘んじたくない。障害があっても自立のために高校を卒業し、自分の力で生きていきたい」という強い意志を持ち、一念発起して夜間高校へと通い始めたのです。失われた教育の機会を取り戻し、社会的な自立の土台を築こうとする、前向きな挑戦でした。

ところが、この自立への歩みに対し、ツヨシさんが管轄する福祉事務所(区役所)から受けたのは、法令に明らかに違反する、暗黙の組織の論理に基づく扱いでした。

夜間高校の教員らから、生活保護の生業扶助(高等学校等就学費)の制度を利用すべきと助言を受けたツヨシさんが申請をするも、門前払いされたのです。これは明らかに違法な取扱いです。なぜなら、法律上、申請があれば、役所は保護の要否・種類・程度・方法を審査する法的義務を負うからです(生活保護法24条3項)。

相談を受けた私が役所に法的根拠の説明を求めると、生活保護の問答集にある「高年齢の高校進学における扶助支給は、やむを得ない事情と確実に自立が見込める場合に限る」という規定を盾に、生業扶助(高等学校等就学費)の支給対象外であると説明しました。

その理由は、「医師から就労困難との見解が出ている以上、役所としては就労指導ができない。就労ではなく治療に専念すべき人であるため、学校へ行くことが確実な自立に結びつくとは認められない」という、本末転倒な解釈でした。

さらに、この重大な不支給の判断を、書面ではなく口頭のみで済ませようとしました。これも明らかに違法です。生活保護法は、保護の要否の通知は理由を付した書面で行わなければならないと定めているからです(同法24条3項・4項)。

私がこれらの具体的な条文をもとに指摘したところ、再度行政側で検討をすることになりました。現在、ツヨシさんはその回答を待ちながら、昼は就労支援の作業所で働き、夜間高校に週4回通っています。

病気や障害を抱えているからこそ、まずは教育によって力を蓄え、将来的な自立を目指そうとしている人間に対して、「今は病気なのだから学ぶための扶助は出せない」と言い放つ行政の姿勢は、生活保護法が1条に掲げる「自立の助長」という本来の趣旨を覆すものです。

年齢や現在の病状だけを理由に可能性を摘み取ることは、生活保護からの脱却を阻むことになります。

孤立は自己責任ではなく、社会全体で向き合うべき傷

「たかが、いじめ」「いじめられる側にも問題がある」などと矮小化してはなりません。いじめやハラスメントは、個人の尊厳を破壊し、生存権をも脅かす明確な不法行為です。彼らが社会の表舞台から姿を消してしまったのは、個人の怠惰や努力不足が原因ではありません。異質な者を排除しようとする社会の同調圧力と無理解こそが、彼らの羽ばたく力を奪い取ったのです。

深く傷つき、身動きが取れなくなった若者たちに今必要なのは、「なぜ働けないのか」という自己責任の追及ではありません。彼らが抱える、見えない傷の深さを社会全体が共有し、まずは安心して心身を休め、もう一度他者への信頼を取り戻せる環境を、法制度を理念通りに機能させることによって保障することです。

最後のセーフティーネットが本当の意味で機能する社会とは、声なき弱者が尊厳を持って生きられる社会にほかなりません。



■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)、社会保険労務士(ひとみ社労士事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。

配信元: 弁護士JP

あなたにおすすめ