警視庁が採用イベントとして“警察署体験”を7月下旬から来年3月下旬にかけて実施する。対象は警察署の仕事に興味のある、高校生以上から昭和40年4月2日以降生まれの人。
内容は交番見学、逮捕術体験、白バイ乗車体験、制服・警察装備品等着装体験、拳銃射場の見学などとなっている。興味のある人にとっては、警察の仕事を疑似体験できる貴重な機会となりそうだ。
あわせて警視庁は「ポリスアカデミーツアー」も実施。警察学校の射撃場や寮まで公開するもので、全国初の試みとなる。
朝日新聞の報道によれば、こうした取り組みの背景にはドラマなどの影響によって広まった「鬼教官が支配する厳しい場所」というイメージへの危機感があるという。
事実、採用試験の受験者数はこの15年でみれば、3分の1にまで減少。なり手不足に歯止めがかからず、採用難は深刻な状況にある。
ベールに包まれた警察内部をオープンにすることで、少しでも身近に感じてもらい、採用増につなげたい思惑だ。
「光」の部分を見せるだけでは無意味
興味がある人にとっては魅力的に思えるかもしれないこうした取り組み。だが、約20年務めた警視庁警察官OBで『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)の著者でもある安沼保夫氏は冷ややかだ。
「どんな職場にもあるかもしれませんが、この取り組みは、警察における光と影の『光』の部分だけを強調している印象があります。
むしろ現職のリアルな口コミや退職者の不満を包み隠さず公開するほうが、よほど意味があってよいと思います。たとえば『ここがヘンだよ警察学校』と題した口コミを警察学校生に自由に書いてもらうのも一手でしょう」
さらに安沼氏は、警察学校についても問題点を指摘する。
「刑務官や入管職員にも警察学校のような全寮制の研修がありますが、3か月程度です。警察学校は6か月もあり、高卒だとさらに長くなります。ただでさえ長いのに、学歴による差別もおかしな話です。
刑務官や入管職員の中には、警察も受けようと思ったけど、警察学校が長いからやめたという方もいました。他の公安系公務員にくらべて倍の研修期間をかけて何をやっているかというと、私の記憶では教練や柔道剣道、ランニングなどのトレーニングばかりしていた印象です。
教練なんて現場では何の役にも立ちませんし、柔道や剣道を使って犯人を制圧したなんて話も聞きません。教練は縮小し、柔道剣道は希望者のみ課外で実施、逮捕術への一本化、ランニングは卒業に必要な最低記録を設定し、あとは記録に応じて加点するなど、現場に必要のない訓練は見直すべきだと考えます」
白バイに乗り、逮捕術を体験し、射撃場を見学する――警察官にあこがれる者の多くは、そうした華やかな側面に魅力を感じるのかもしれない。だが、それらは警察官の日常のごく一部でしかない。まさに「光」の部分であり、一方の「影」の部分を見せないのだとすれば、志願者が減り続けている根本原因を把握できていないといえる。
志願者が減り続ける根本原因とは
「なぜ志願者が減っているのか。その要因は体育会系優位主義や、柔道や剣道が強い奴が偉いという価値観に加えて、自由の無さだと感じます。
最近ではフルリモートを認める会社も珍しくなく、『いつまでにこの業務をやればよい』といった成果主義を導入しているパターンも多いように感じます。また、副業を認めていたり会社のPRを兼ねたSNS発信を推奨している企業もあると聞きます。
一方で警察は労働集約型であり、副業はもちろんのこと、SNSで警察情報を流すのは御法度です。警察官を名乗ることも控えなくてはいけません。こうした労働環境やプライベートの制限が敬遠される要因だと考えます」
職務の性質上、多くは望めないとしても、少しでも採用の競合となる民間企業に伍するべく、現在の社会環境にある程度寄せることは可能だろう。そうした改善策とあわせ、「影」の部分をどう志願者に詳らかにするのか。華やかな部分だけを公開し、引き込めればよしというスタンスだとするなら、さらなる先細りも懸念される。
警察OBが提言する採用難を乗り切る秘策
安沼氏は、もし自身が採用担当ならという前提で、次のようなアイデアを明かした。
「私なら受験料を導入します。合格して採用された場合は還付。採用辞退者からは没収します。不合格は点数に応じて部分的に還付または次回の受験料免除です。こうすることで冷やかしや練習台として受験する人を排除することができます。
採用難のいま、警察組織が一番優先すべきは、いい部分を見せて受験者の頭数を増やすより、本当に警察官になりたい層が合格しやすい環境を整えることだと感じます。警察学校への入校体験も有償でやるのがいいでしょう。
警察組織にはまだ改善すべき点は多いですが、やる気や覚悟のある志願者が警察の仕事をやり続けたいと思えるような場にする。そこに目を向けることが昨今の採用難を乗り越えるために重要だと気づいてもらいたいですね」
警察官の威光やブランドに魅かれる志願者が減る一方で、昨今はニセ警官が詐欺などの犯罪を起こすなど、その悪用が目立つ「桜の代紋(だいもん)」。なり手が減ることは、世界屈指の日本の治安維持に悪影響が及ぶという現実から目を背けてはならない。

