今年4月から6月にかけて、「イオンシネマ」や「109シネマズ」、「TOHOシネマズ」などの大手映画館チェーンが相次いで鑑賞料金の値上げを発表した。
2019年にも複数の映画館チェーンが同時期に値上げを実施しており、こうした動きに対して映画ファンからは「まるで示し合わせたかのような値上げだ」といった不満の声も上がっている。
一方、6月16日には、ロッテやグリコなど大手製菓会社6社が市販用アイスクリームの卸売価格をめぐってカルテルを結んだ疑いがあるとして、公正取引委員会が立ち入り検査を実施した。企業間で価格に関する合意があった場合、独占禁止法上の問題となり得るためだ。
それでは、複数の映画館チェーンがほぼ同じ時期に鑑賞料金を引き上げることは、アイスクリームの場合と同様に、独占禁止法が禁じる「カルテル」にあたる可能性はないのだろうか。
複数の映画館チェーンが同時期に値上げを発表
まず、値上げの経緯を時系列で確認してみよう。
2026年4月17日、イオンシネマは映画鑑賞料金を改定すると発表。6月19日から、一般料金を1800円から2000円に引き上げている。
続いて5月28日には、109シネマズが6月26日からの料金改定を発表。6劇場で非会員の一般料金を2000円から2200円へ引き上げる。さらに6月1日には、TOHOシネマズが7月1日からの料金改定を発表。一般料金を一律2000円から、劇場ごとに2000〜2200円へと見直す。
2019年にも、複数の映画館チェーンがほぼ同時期に料金を引き上げている。5月10日には、東急レクリエーションが109シネマズなどの一般料金を1800円から1900円に改定すると発表。同日にはティ・ジョイも一般料金を1900円に引き上げると発表した。また、TOHOシネマズも同年3月の時点で1900円への値上げを発表しており、いずれも6月1日から実施された。
こうした状況から、消費者の間では「複数の映画館チェーン各社の間で事前の申し合わせがあるのではないか」との疑念が生じやすくなっている。
鑑賞料金改定の経緯について、弁護士JPニュース編集部が複数の映画館運営会社に問い合わせたところ、109シネマズを運営する株式会社東急レクリエーションから「個別の検討過程や詳細な判断要素についてのご説明は差し控えさせていただいております」との回答があった。
またTOHOシネマズ株式会社からは、「弊社の運営状況やサービス品質の維持・向上を目的とした改定でございますので、他社様の料金水準を参考にして設定したものではございません」との回答があった。
「原材料費やエネルギー価格の高騰、円安影響に加え、賃料・人件費など店舗運営コストの増加が続いている中、企業努力で価格維持に努めてまいりましたが、今後も安定したサービスと快適な映画鑑賞環境を提供していくため、料金を見直しさせていただきました。それぞれの劇場の料金設定については、立地や周辺環境、設備環境といった運営条件に応じた料金といたしました」(TOHOシネマズ株式会社 劇場運営部 )
独占禁止法における「カルテル」とは?
では、今年や2019年のように、大手映画館チェーンがほぼ同時期に値上げを行うことは、独占禁止法に違反しないのだろうか。
企業に関する法律に詳しい江﨑裕久弁護士によると、独占禁止法(※)が禁じる「不当な取引制限」(カルテル)が成立するためには、大前提として、事業者間の合意(意思の連絡)が存在していることが必要とされる。
※正式名称は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」
逆に言えば、複数の映画館チェーンが近い時期に値上げを発表しても、そこに「連携する意思」がなければ、独占禁止法における「カルテル」には該当しない。つまり、たとえば同業者が互いに様子を見ながら「あそこが値上げしたならウチも」という具合に値上げをすることは、何ら違法ではないのだ。
国が値上げを正面から規制することはできない
もっとも、価格の引き上げが消費者にとって負担となる以上、「値上げそのものを規制すべきではないか」と考える人もいるかもしれない。
そもそも、法律上、事業者による価格設定や値上げはどこまで自由に認められているのだろうか。この点について、江﨑弁護士は次のように説明する。
江﨑弁護士:「独占禁止法以外で、消費者に対する事業者側の物品・サービスの価格設定それ自体を正面から問題にする法令はありません。
その裏側にある理屈として、自由競争主義社会では、いわゆる市場の失敗に当たらない限り、事業者が価格を自分で決められることが極めて重要です。そのため、この原則に公的機関(政府・国家)が介入することには慎重にならざるをえません。
極端な話をいえば、価格等を公的機関が勝手に決めてしまうと、共産主義・全体主義的な社会になってきてしまうことを、20世紀の著名な経済学者、フリードリヒ・ハイエクが『隷従への道』(1944年)という本で論証しています。
独占禁止法などの経済法は、こういった経済理論に基づいて、市場経済に任せてしまうと市場の失敗に陥る場合に限って制限するものです。したがって、『政府が値上げを制限すればよい』という簡単な話にはなりません。
ただし、景表法など、政府が消費者保護等の観点から必要な規制を加える結果として、事実上、価格の高騰が抑制されることはあり得ます」
「合意」の証拠がない限り違法ではない
前述のとおり、複数の事業者が商品やサービスの価格を同時期に引き上げることが合法であるか、それとも違法なカルテルに該当するかは、独占禁止法における「意思の連絡」が事業者間にあったか否かによって決まる。
具体的には、カルテルが成立するには、競合する事業者どうしが価格などの競争条件について相互に拘束し合う合意をしていることが必要とされる(独占禁止法2条6項)。
たとえば、もし競合する映画館チェーンの担当者どうしが「来月から一般料金を2200円にそろえよう」と事前に申し合わせていたら、カルテルが成立し違法となる。
一方で、各社が自社のコスト計算に基づき独立して値上げを決定した結果として時期が重なった場合には、事業者間での「合意」の存在を示す証拠がない限り、独占禁止法には違反しない。
江﨑弁護士:「今回の値上げについては、確かに、各社の間で値上げの日程が近いとはいえます。
しかし、値上げ幅は一律ではありません。また、TOHOシネマズの場合は全国一律の料金体系を廃止して劇場ごとに料金を設定する方式へ移行するなど、各社が独自の判断で動いていることがうかがえます。これらは連携の意思が『ない』ことを推測させる要素です。
加えて今回は社会的にエネルギーや人件費の高止まりによる全面的なインフレという社会情勢があり、その事情は全事業者に共通しているため、同時期に値上げに踏み切ることは不自然ではありません。したがって、合意があったことを外から推測できる事情は今のところ見つかりません。
なお、『カルテル』は競合する事業者どうしという、いわゆる『横』の関係の話ですが、独占禁止法では、メーカーと販売店のような『縦』の関係についても、不当な取引条件の押し付けや再販売価格の拘束などがないかも問題となります。
少し古い例になりますが、2002年、『スター・ウォーズ エピソード2:クローンの攻撃』の配給に際し、配給元であった20世紀フォックスジャパン社(当時)が、映画館側に対して『各種の割引制度(レディースデーやシニア割引など)を適用せず、通常料金(当時1800円)で一律に販売すること』を条件として求めたケースがありました。
公正取引委員会は、この行為が映画館の価格設定の自由を奪う『不公正な取引方法(再販売価格維持行為の疑いなど)』に該当するとして、同社に対して排除勧告(現在の排除措置命令に相当)を行いました。
これは映画館ではなく、配給会社側の行為が違法とされた案件ですが、独占禁止法とは最終的に消費者へと不当な価格転嫁が行われることを防止するものであり、その意味で共通すること、また映画に関しても独占禁止法が機能するケースがあることを示すため、ご紹介させていただきました」
映画館各社の値上げが相次ぐと、消費者としては「どこも同じタイミングで値上げしているのには、裏があるのでは」と疑問を抱きたくなるものだ。しかし、これまでに述べてきたように、独占禁止法上のカルテルが成立するか否かは、単に時期や値上げ幅が似ているかどうかではなく、あくまで「合意」の有無によって判断される。
なお、大手映画館チェーン各社は、それぞれ独自の割引サービスや会員制度を展開している。映画ファンとして値上げは痛いところだが、こうした割引制度も活用しつつ、これからも映画館での鑑賞を楽しみたいものだ。

