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【酒井順子さんエッセイ】「一杯のコーヒーで気分が変わる」

【酒井順子さんエッセイ】「一杯のコーヒーで気分が変わる」

一杯のコーヒーで気分が変わる

先日、生まれて初めてコンビニでコーヒーを購入しました。

コンビニでドリップコーヒーが売られていることは知っていましたが、コーヒーを飲みたい時は家で淹れるかお店で飲むかだったので、コンビニで買う機会がなかったのです。

しかし先日、体調を崩してスーパーまで行くのが難儀だったので、最寄りのコンビニに行ってみた時のこと。

久しぶりのコンビニが楽しくて色々眺めていると、コーヒーマシンが目に入り、買ってみることに。

チェーンのコーヒーショップやカフェと比べると激安であることにまずは驚きつつ、無事にドリップ完了。
カップを片手に家に戻ったのですが、その時に思ったのは、「コーヒーのカップを片手に道を歩くことも、初めてかも」ということでした。

今、世の中には、コーヒーのカップを片手に歩いている人がたくさんいます。その手の人は何だかやけに忙しそう、かつ堂々としているのであり、お茶のペットボトルとか缶コーヒーを片手に歩いている人とはちょっと違う〝シゴデキ〟感を漂わせている。

さらに言うなら、持つのは日本のコーヒーチェーンのものよりも、シアトル系チェーンのカップ、それもなるべく大きいものがよいようです。
その手の人を見ると、「今時の人は、タバコを持たなくなった代わりの手持ち無沙汰対策として、コーヒーを持つようになったのかもなぁ」と思うのでした。

飲み物はアクセサリーになるのかも、ということは、Netflixで放送されている話題の恋愛リアリティーショー「ラヴ上等」を見た時も感じました。

ヤンキーの男女が、合宿しながらカップル成立を目指すこの番組。特に喉が渇いていなさそうな時でも、派手で巨大な飲み物カップを常に持ち歩く出演者が多く見られました。
手ぶらでいるよりも、何か持っていた方がさまになりやすいからこそ、カップを常に持っていたいのかもしれません。

コンビニからの帰り道、私はちょっと気取った気分で歩いていました。もちろん私が手にしているのはコンビニのカップで、歩いているのはオフィス街ではなく単なる住宅地なのですが、コーヒーのカップという小道具を持つことによって、〝シゴデキ〟コスプレをしているような気分になったのです。

我が家はコンビニから少し距離があるので、家に戻ってコーヒーを飲んだら、すでに冷めていました。とはいえコーヒー一杯で、ちょっとした夢を見させてもらった気分に。

ちょっとぬる目のコーヒーを飲みつつパソコンを叩けば、いつもより原稿が早く進むような気がしたことでした。

酒井順子さん
1966 年、東京生まれ。高校在学中から雑誌『オリーブ』にコラムを執筆。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆業に専念。2003年刊行の『負け犬の遠吠え』がベストセラーに。近著に『ひのえうまに生まれて-300年の呪いを解く』(新潮社)。

文/酒井順子 イラスト/升ノ内朝子

大人のおしゃれ手帖2026年6月号より抜粋
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