「夜の世界のおかげで、今の私がある」28歳になった彼女が、男に媚びた過去を振り返り…

「夜の世界のおかげで、今の私がある」28歳になった彼女が、男に媚びた過去を振り返り…

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:16歳で夢を叶えた天才歌姫が絶望し海外逃亡。すべてを失った女が始めた「復讐」の全貌

確かに…当時未成年だったYUMEが、アイドルデビューというエサの元に整形を強要され、その加害者たちが、今や落ちぶれた松本公子はともかく、世界的に活躍する真壁リオだと告発するだけで、世間はざわつくだろう。けれど。

「証拠はないんだよね」
「はい」

YUMEが頷くと、ともみは自分自身を落ち着かせながら言った。

「真壁さんは今や世界的な売れっ子で、もう何年も先まで何億、何十億っていう資金をかけたプロジェクトが決まっているはず。だから彼女自身…というより、彼女の商品価値が消えると困る人達は、きっとそんなことは事実無根、名誉棄損だと訴えてくるよ。ビジネスとして彼女を失うことは大損失になるのだから」

「だから、ともみさんにも証言をお願いしたくて。私が違法に整形を受けたことを知っているのは…メンバーの中ではともみさんだけだから」

母も証言者になってくれると思います、と、いっそう熱が込められた眼差しを、ともみは静かに受け止める。

「それでも難しいと思う。私とYUMEのお母さんの証言があっても、あの2人が違法な整形を強要したという確かな証拠になるわけじゃない」

きっとこう反論される、と、ともみはYUMEから目をそらさずに続けた。

「整形は、どうしてもデビューしたかったYUMEが勝手にやったこと。運営側は何も知らなかった、ってね。未成年だって親の承諾があれば整形できるのだから、お母さんもグルだと言われるんじゃないかな」

「そんなこと…」

「まかり通らないと思う?」

グッと黙ったYUMEの、その沈黙がともみの胸に痛い。それでも復讐を始めた先に、起りうる未来を伝えておくべきだと、ともみは止まらなかった。

「あちらが名誉棄損で闘うと決めたら、どんな闘い方をすると思う?」

「…」

「私たちの告発がウソだと訴えるなら、まずは世間を味方につけるでしょうね。そのためには私たちを信用できない人間にしてしまえばいい。だから私たちの過去は丸裸にされる。隠しておきたかったことも全部。例えば、私の場合は…芸能界を辞めたあと、キャバクラで働いてたこと、ギャラ飲み的な飲み会に参加してたことかな」

ギャラ飲み…?と声に出さずに驚いたYUMEに、ともみは笑ってみせる。

「私にも荒れてた時期があったってこと。もちろん参加する飲み会はめちゃくちゃ選んでたよ。信頼できる女性の仕切りのクリーンな会…っていう言い方は変だけど、愛人契約とか身体の関係を望まれる会ではなかった。とはいえ、私も打算と計算の固まりだったし、晒されたら言い訳はできないよね」

「子役からずっと芸能界にいて、成功せずに終わった元アイドルなんて、なかなか仕事が見つからないのよ。今となれば恥ずかしいんだけど、当時の私には変なプライドもあったんだと思う。でも貯金だって永遠にあるわけじゃないし、生きてくための資金は必要だから、どんどん追い詰められて自暴自棄になって。

で、そんな時に声をかけられて。私に会いたいっていう人がいるから飲んでみないってところから、手っ取り早く稼げるギャラ飲みに参加するようになって。体を売るとか、愛人になるとか、違法なことは絶対にしていないけど、男の人を楽しませてお金をもらってたのは事実だから。

大金が集まる場所――裕福な男性ばかりの飲み会に好んで参加してた女だと印象付ければ、賠償金目的で事実無根の訴えをしたんだと、世間に印象付けるには十分でしょ。探せば写真の1枚や2枚は出てくるだろうし」


当時まだ、元アイドルというプライドを捨てきれていなかったともみは、迂闊に記録が残ることを徹底的に避けた。ギャラ飲みも、社会的立場のある男性側の秘密を厳守するためというルールの元、動画や写真撮影が一切禁止とされていた会にしか参加していない。でも。

― 結構、嫌われてたからなぁ。

元アイドルとしての知名度と、華奢で色白、でも胸はある…というルックスは男性人気が高かった。さらに群れない性格だけれど、誰よりも気が回るという器用さで、ともみはいつも飲み会での一番人気になっていた。

その上、仕切り役の女性に誰より気に入られ、皆よりもギャラが良かったことも災いし、随分と他の女性陣には煙たがられていた自覚がある。服に飲み物をこぼされる、転ばされる、など物理的な意地悪をしてくる子もいた。そんな女性たちに調べが及べば、きっとあることないことが証言として世に出てくるだろう。

「ま、私もあの頃は生きるのに必死だったし、今はもう、後悔もしてないんだけどさ」

― ギャラ飲みのおかげで、今の私があるんだから。

もう4年以上も前になるのか…ともみが参加したギャラ飲みに、宝という女性が無理やりに連れ込まれ。彼女を助けにきた大輝、そして光江と出会った。それがともみの未来を大きく変えることになったのだから、人生とは何が幸いするのかわからないものだ。

「ってことは…私がやろうとしてることは、ともみさんに迷惑をかけてしまうってこと?」

うな垂れたYUMEに、そうじゃなくて、と説明を続ける。

「むしろ、私の過去がYUMEの復讐に迷惑をかけることになりそう、って話だよ。それに、YUMEの過去も今も…丸裸にされてしまう。きっとYUMEだけじゃなくてご両親のことも調べ上げられるし、後ろめたい事実なんてなくても、その事実を向こうに都合が良いものに捻じ曲げられる。そして間違いなく――過去の傷を引きずり出されて、向き合うことになって、また苦しむことになるよ。…その覚悟は、ある?」

ゆっくりと顔を上げたYUMEの瞳は怯えていた。だから復讐なんてやめておこう。これ以上YUMEが傷つくのはイヤだから。そう止めるべきだと分かっている。なのに口から飛び出したのは、全く違う言葉だった。

「でも…その覚悟があるなら、手伝う」
「…え?」
「返り討ちにあって、ボロボロに負けちゃうかもしれないけど」

もう二度と、助けを求めるYUMEの手を振り払うことはできない。その衝動で、ともみはYUMEの手をぎゅっと握った。

「今の私は、たぶん、前よりまし」
「まし…?」
「でも、だからまずは教えて欲しい」
「何をですか?」
「YUMEは今も…歌えないままで、あの頃の歌声を取り戻すことはできていない。これは本当?」

はい、残念ながら、とYUMEは微笑んだ。歌うことへの恐怖が解消されず、歌おうとすると言葉が喉に貼りついてしまったように動かず、発声さえできなくなる。イップスという精神的な症状だと言われているのだと、YUMEは先ほどの話を繰り返した。

「前ほどの歌声が出せなくても、歌いたい。そう思ってやってみようとしても、声が出ないんです」

目を伏せたYUMEの小さなため息のあとで、ともみは尋ねた。

「じゃあ、尚更なぜなのかな」
「え?」
「なぜ、歌うアカウントを作って発信しようと思ったの?しかも、昔の声をAIに読み込ませるなんて、余計に…」
「辛くなるんじゃないか、ってことですよね。私もそう思ってました。でも、私結局――音楽から離れられたことがないんです」

そしてYUMEは、なぜSNSに歌声を上げるようになったのか、その経緯を話し始めた。

国際結婚したいとこを頼り、オーストラリアに逃げたYUMEはベビーシッターやレストランのアルバイトをしながら暮らし始めた。けれど音楽を遠ざけることができていたのはほんのわずかな期間だけだったという。

「さっき、自分が抜けてからも、QUINTZ(クインツ)のチェックをしてたって話をしたと思うんですけど」

YUMEはQUINTZだけではなく、他のアーティストの活動もチェックせずにはいられなかった。ほんの少し前まで自分がそこにいたはずの世界だからこそ、尚更悔しくて、諦めきれず。

整形しなければ今も歌えていた。でも整形しなければデビューは叶わなかったのだから、という堂々巡りに苦しんだ。その頃は、真壁や公子に対する恨みや憎しみのようなものは、不思議と芽生えず、あの時もし違う方向を選んでいたら…と、自分の選択への疑念が膨らむばかりだったという。

「結局歌を諦めきれず、前ほど歌えなくても…いつか復活できるんじゃないかって。まずは少しだけでも…と思って…いとことカラオケに行ったんです。本格的に歌ってみたくなったのは、QUINTZ(クインツ)を辞めてから、それがはじめてでした。でも、いざ音楽が流れ始めて歌おうとすると…」

喉が詰まって声が出なかった。何度やっても同じで、そのうちにガクガクと震え出してしまった。その後、いとこに連れられて現地の病院に行くと、イップスの可能性が高いと診断されたのだ。


「海外の先生だったっていうのもあったのかもしれませんが、メンタルヘルスへの考え方がポジティブなんですよね。歌や音楽が好きだっていう気持ちを否定せずに生活をするように言われました。

今は苦しいかもしれないけれど、もう一度歌いたいという気持ちが少しでもあるのなら、音楽から距離を取らない方が良いって言われたんです。もう歌えないんだ、とシャットダウンするのではなく、今はまだそのタイミングじゃない、体がただお休みしてるだけだ、という感覚に慣れていきましょうって」

「それって…結構な荒療治じゃない?」

悪化する可能性もあるでしょう?…と聞いたともみに、確かに、日本の治療よりかなりおおらかな診断だったかもしれません、とYUMEは続けた。

「でも私にとって…医師の診断が幸運だった半面――あの時音楽をシャットダウンすることを選んでいたら、復讐なんて考えていなかったかもしれないので、不思議だなぁとも思うんですよね」

“歌えないけれど音楽から離れない方法”として、YUMEは曲を作る勉強を始めたというが、そもそもYUMEには天性の音楽センスがあるのだ。何曲かを書き上げると、いとこの友人の――オーストラリア人のミュージシャンが、YUMEの曲を気に入り、買い取ってくれた。

「その人はインディーズの歌手だったんですけど、コアなファンがとても多くて。私が作った曲がプチバズリっっていうか、SNSで結構回って。オーストラリアでは結構売れたんですよね」

それをきっかけに、2曲目、3曲目と頼まれるようになり、4曲目で日本語の歌詞と英語を交ぜた曲を書いて欲しいと言われた。そして日本語の部分をどんなアクセントで歌えばいいのか、歌って録音したものを送って欲しいと言われたのだという。

「彼は、私が歌えないということを知りませんし、私も、実は心の病で歌えないんです、とは言いづらくて。他に歌ってくれる人もいないし……音源と昔の自分の声をAIに読み込ませてサンプリングするのはどうだろう、って思いついたんです。

で、やってみたら……なんか、もう、なんか泣けてきちゃって。想像していたよりもずっと自分が歌っていたんです。もちろん完璧とはいかないけれど、あの頃の自分の声が、蘇った気がして……」

今のAIってすごいんですよね、とYUMEは寂し気に笑った。

その後、AIで歌ったものだとは言えないまま、YUMEは音源をその歌手に送った。すると。

「これは君の歌だ、って。僕じゃなくて君が歌うべきだよ、って。そんなに素敵な声を持ってるなんて知らなかったよ、って曲を返されたんです。驚いて、でもうれしくなって、今なら歌えるかもしれない、ってチャレンジしてみたけど……やっぱり声は出ませんでした」

だからYUMEは歌いたくても歌えないのだと正直に話すことにした。だからこの曲はあなたに歌って欲しいと。すると。

「僕にはこの曲を君ほど素敵に歌えない、って。元々は君の声なんだから、AIを使ったとしてもウソじゃない。君の歌としてSNSにアップしてみなよって勧められたんです」

YUMEは悩んだが、SNSのアカウントを作ることにした。自分が作った曲を昔の自分が歌う。ただの自己満足のつもりだった。けれど。


その自己満足が、意図せずバズってしまった。顔出しもせず、匿名。けれど抜群に歌が上手い女の子。日本語で歌っているのに、オーストラリアの人気歌手がリプライをしている。もしかして日本人ではないのでは?というミステリアスさも話題になった。

そのうちに、YUMEの声にそっくりで、本人ではないかと書き込む人もちらほらと現れ始めた。

「驚きました。私の声を覚えてくれている人がいたことはうれしかったけど、複雑で。そもそもYUMEだとバレるのが怖くて、SNSに出す時にほんの少しだけ、キーを変えて加工もしていたんです。今の私が歌えているわけでもないですし、詐欺のようなことをしている罪悪感もあって、自分の正体を明かすつもりはありませんでした。それなのに――公子さんから連絡がきた。しかも…」

唇を噛みしめたYUMEの怒りに、公子からYUMEとのやりとりを見せられていたともみも同調した。自分を切り捨てた大人が、また自分を利用しようと近付いてきたのだから、許せるわけはない。

「もう一度デビューさせてあげるとか、夢を叶えようとか、公子さんはあの頃と全く変わっていませんでした。そして気づきました。デビューをエサにされ、整形を受け入れたのは私の弱さです。それにアイドルだってビジネスだってことも、きれいごとばかりじゃ成立しない世界だってことも分かってます。でもそれでも――あの人達は、夢を追いかけている子どもに、絶対にやってはいけないことをした。そしてそれはきっと…今の子たちにも続けられている。だから…」

YUMEは目を伏せ、もう一度唇を噛んだ。切れるのではないかと心配になるほど強く。強く。そして、違いますね、と呟いた。

「今の子たちのためじゃない。私は――私が歌を奪われたことに怒っています。私自身が、あの2人を許せないんです。公子さんからの連絡がそれを思いださせてくれた。

だからこの復讐は、あの頃の私のためです。個人の復讐に、ともみさんを巻き込みたいんです」

ともみに訴えるYUMEの眼差しは、恨みや憎しみで濁ってはおらず、清々しいとさえ思えた。だからともみは。

「証拠がなくても、勝てる方法を考えればいい」
「…ともみさん…」
「YUMEの覚悟が決まってることは、ちゃんと分かったから。助ける…って言葉が正しいかはわからないけど、手伝うよ」

今度こそ一緒だよ、と、ともみがYUMEの手を握ったその時、スタジオのドアが重い音を響かせて、公子が騒がしく戻ってきた。

「ごめんごめん、2人が好きだったパンを思い出してさ。買いに行ったら遅くなっちゃった~」

鈍感で呑気な声を上げ、このスタジオの近くで50年以上続いている、昔ながらのパン屋の袋を掲げて近づいてくる。

YUMEは焼きそばパンで、ともみはポテトサラダサンドだったよね、とコーヒーと共にテーブルに並べられたそれらに、ともみとYUMEは顔を見合わす。どちらも2人の好物ではなく他のメンバーの好物だったから。

— どっちも間違うとか、ある?

思わず吹き出しそうになった衝動をこらえて、ともみは公子に「ありがとうございます」と、大人の笑みを作る。

「公子さんがいらっしゃらない間に、2人でいろいろ話したんです。それで――YUMEの復活に向けて、いくつか提案させてもらってもいいですか?」


▶前回:16歳で夢を叶えた天才歌姫が絶望し海外逃亡。すべてを失った女が始めた「復讐」の全貌

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶Next:7月7日 火曜更新予定

配信元: 東京カレンダー

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