保育料無償化でも“ゆとりなし”の過酷な現実
しかし、うらやましいことばかりではありません。Aさんが子どもを保育園に通わせていた15年前と現在を比べると、暮らしにかかるあらゆるコストは確実に上がっています。
まず、物価を見てみましょう。最新の消費者物価指数(2020年基準)によれば、2025年8月分の総合指数は約112.1。一方、2010年当時は約94.6です。
この指数は、2020年の物価を100とした場合の相対的な数値を示しています。これをみると、2010年から2020年までの10年間より、2020年から2025年までの5年間のほうが上昇率が高く、近年より急激に物価が上がっているということがわかります。
個別の指数をみても、いずれも軒並み上昇しています。
[図表2]品目別消費者物価指数の比較(2010年/2025年) 出所:総務省「消費者物価指数」をもとに筆者作成
また、子育て世帯に大きな影響をおよぼしているのが住宅事情です。2025年8月、首都圏の新築分譲マンションの平均価格は1億325万円ですが、2010年当時の平均価格は約4,716万円。当時としても決して低くはない水準でしたが、15年のあいだに価格は2倍以上となり、いまでは「同じ広さ・同じ質」の住まいを手に入れることが難しくなっています。
つまり、たとえ保育料が無償となって「浮いたお金」ができたとしても、それだけで家庭に経済的なゆとりが生まれるわけではないのです。光熱費や食費、住居ローンに家賃、さらには教育費が、家計をじわじわ圧迫しています。
保育料無償化は子育て支援という観点としては大きな一歩ですが、あくまで支援策のひとつであるという認識が必要です。子育て世帯に限らず、すべての世帯を取り巻く「生活全体のコスト増」にも目を向けなければなりません。
「私のころは保育料が高かったし、制度も整ってなくて本当に苦労した。だけど、いまは物価も上がってるし、教育費だって昔よりずっとかかる。結局、どの世代も違う形で苦労しているのかもしれない……じゃあ、結局なにも変わらないのかな」
保育料無償化は“無意味”なのか?
もちろん、今回の「第一子からの無償化」は、子育て世帯にとって大きな前進です。
仮に月5万円の保育料がゼロになれば、出産や育児に対する経済的・心理的なハードルが下がって「子どもを持とう」と思う人が増えるかもしれません。少子化対策としても、一定の効果が期待できるでしょう。
また、これまでは「子どもを持つことは各家庭の選択であり、費用負担も自己責任」という考えが根強くありました。しかし、少子化が社会全体の課題となっているいま、支援制度の整備は「社会全体で子育てを支える」方向への転換を示しています。
孤立しがちな子育て世帯にとって、大きな希望につながるのではないでしょうか。
「子育ての壁」を取り払うために
ただし、子どもを持つという選択を支えるのは、保育料の問題だけではありません。住宅費や教育費、働き方、どの世代にもなにかしら「子育ての壁」があるでしょう。保育料無償化は、その壁を一部取り払ったにすぎません。
それでも、こうした一歩一歩の積み重ねが、子どもを育てたいと思える社会につながっていくはずです。制度の先に、本当にそんな社会があるのか――。
私たち1人ひとりがその未来どう描き、どう行動していくのか。それこそが、これからの大きな課題なのではないでしょうか。
石川 亜希子
CFP
