◆W杯の裏で進む、FBIの売春おとり捜査


アメリカ大統領選で共和党の候補者を決める党大会を取材した際、夜の街で風俗産業が稼ぎまくっていたのを目の当たりにしたことがある。4年に1度のイベントは4日間の日程で開かれ、各州から代表団ら約5万人が集まる。毎回、開催地に大きな経済効果をもたらすが、カネは欲望のはけ口にも流れ込んでいた。ワールドカップ(W杯)サッカーは期間が39日間、国内外からアメリカの開催都市に集まる人々の数は延べ1000万人と桁違いのビッグイベントで、「闇」の深さは他と比べものにならない規模だとみられている。
W杯開幕後の6月12〜16日、アメリカ北東部マサチューセッツ州とロードアイランド州で、売春と人身売買の大がかりなおとり捜査が実施された。アメリカ連邦捜査局(FBI)が州警察や地元警察などと共同で実施しているW杯治安対策の大がかりな取り締まり作戦「オペレーション・レッドカード」の一環だ。
マサチューセッツ州では21〜71歳の男7人、ロードアイランド州では26〜60歳の男6人の合計13人が逮捕された。容疑は未成年者との金銭を伴う性的行為や誘いかけ、強姦未遂などだ。ロードアイランド州で逮捕された60歳の男は性的行為のあっせん容疑だった。
ロードアイランド州で逮捕されたマサチューセッツ州在住の34歳の男は、15歳の少女を装ったおとり捜査官のメッセージに反応し、自らの下半身の写真などを何度も送り付けた。また、「きわどい写真」を送信するようショートメールで求めたという。落ち合う場所を決める際には「コカインとシナモンウィスキーを持って行く」とのメッセージを送り、コカインを示す「スノー」という隠語を使ってコカインを探しているところだとの趣旨のことも書き込んでいる。裁判所での容疑事実の認否の公判で検察側が明らかにしたが、未成年を対象にした売春のおぞましい実態がさらけ出された。
捜査当局は「大規模な国際スポーツイベントは開催地に多大な経済的、文化的利益をもたらす一方で、『人身売買』組織や、弱い立場にある人々を搾取しようとする者たちに絶好の機会を与えてしまう可能性がある」と指摘し、未成年を標的とした売春がW杯で助長されていることへの警戒感をにじませた。
◆開催地周辺のホテルでは、売春「被害者」を見分けるマニュアルも作成
経済界も神経をとがらせる。アメリカの大手ホテルチェーンはW杯開催にあたり、安全対策を見直した。客と従業員へのリスクとしてテロや騒乱、傷害、窃盗、詐欺、サイバー攻撃などをあげているが、最も警戒しているのは売春だ。世界規模で「人身売買」が深刻化し、国内外から連れて来られた女性や子供が客との性行為を強いられるケースは後を絶たず、そうした売春の舞台になってしまった場合、ホテルの看板に傷が付くからだ。開催地に多くの宿泊施設を持つホテルのマネージャーと話す機会があった。従業員には、売春を強要されている「被害者」を見逃さないように指導しているという。見せてくれた内部資料には「被害者」を見分けるポイントについて次のように記されていた。
①年齢や天候にそぐわない服装をしている②荷物がほとんどない③自由に話したり動いたりできない④タオルやシーツを過剰に要求する⑤宿泊代金を1日ごとに現金払いするーー。さらに腕などにある入れ墨にも注意するよう促している。人身売買の組織やその担当者は、かこっている「被害者」が自分たちの「所有物」であることを他の組織にアピールするため、組織や担当者の名前を入れ墨として彫りこませていることがあるという。
W杯を機に「人身売買」対策は官民あげた取り組みに発展しているが、貧困や政治不安、気候変動による災害などが原因で「人身売買」に巻き込まれる人々の数はとどまることを知らない。国際労働機関(ILO)によると、世界では常に2760万人以上が強制労働や性的搾取などの「人身売買」の渦の中に巻き込まれている。「人身売買」の市場規模は年間1500億ドル(24兆1500億円)にのぼるとされ、拡大を食い止めるための決め手は見当たらない。W杯で「闇」市場規模はさらに膨れ上がる恐れがある。

地元の風俗事情に詳しいバーテンダーによると、W杯ということで新しい女性がかなり入ってきたという。「人身売買」組織から来ているのかと水を向けると「このあたりは古典的な手法の売春だから、あまりその手のはいないかもしれないが、何でもありの世界だからどうなっていることやら」との答えが返ってきた。「新しい子はW杯価格で少しお高めに設定している。客が来るからね」ということで、W杯で来店客は増えているようだ。
性産業と顧客を結ぶヨーロッパのプラットフォーム「Erobella」の調査によると、ワールドカップ期間中に開催地である北米3カ国への渡航を計画しているヨーロッパのセックスビジネス従事者は全体の約2%にあたる約9000人にのぼるという。こちらは「エスコート」と呼ばれる高級コールガールとして働くとみられ、「人身売買」などとは少し毛色が異なるが、W杯中のアメリカでセックスビジネスの需要が旺盛になっていることがわかる。
大衆紙ニューヨーク・ポストによると、「エスコート」のW杯中の価格は、人によっては1時間800ドル(約12万8800円)、1日契約で1万ドル(約161万円)とかなり強気な価格設定で、W杯のチケットなみの高騰ぶりだという。
イベントの規模が大きければ大きいほど、「闇」の経済効果は膨れ上がる。ここで得られた資金が、新たな「人身売買」の「被害者」を生み出すのだとすれば、もはや「見て見ぬふり」はできない。「闇を直視しなければ、イベントの成功はない」という時代が近付いているように思う。
【谷中太郎】
ニューヨークを拠点に活動するフリージャーナリスト。業界紙、地方紙、全国紙、テレビ、雑誌を渡り歩いたたたき上げ。専門は経済だが、事件・事故、政治、行政、スポーツ、文化芸能など守備範囲は幅広い。

