なぜ!?mymoでは『安楽死とお金』のネタがヒットするのか!?

ワタシ(中村修治)がmymoに寄稿した記事の中で、なぜかずっとデイリーランキングに居座り続けている記事がある。「300万円で安楽死が選択できるスイス、その価値は高いか安いか?」。

mymoは、「わたしのお金をもっと考える」メディアである。そこでなぜ!?投資信託でも、NISAでも、住宅ローンでもない、「安楽死とお金」のネタがヒットするのか!?そこらへんのことを深読みしてみた。

「安楽死 費用」という検索ワード流入をどう読むのか!?

mymo編集部から、この記事についての情報をいただいた。『安楽死とお金』は2024年10月の公開以降、延べ6万人以上に読まれているらしい。検索流入が中心で「スイス 安楽死 いくら」「安楽死 費用」「安楽死が認められている国 費用」などのキーワードから辿り着く人が多いのだという。面白い。

みんな、安楽死に興味があるのだろうか?ワタシは、そうではないと思う。人はホントに知りたいことを、そのまま検索しないものだ。「安楽死 費用」と検索している人が知りたいのは、おそらく金額ではない。「もし、自分で死ぬ時期を決められるとしたら、どうするのか?」という問いである。

つまり、検索しているのは安楽死だが、ホントに調べているのは人生なのだ。考えてみてほしい。スイスまで行けば300万円前後で安楽死が可能らしい。しかし、実際には医師との面談がある。なぜ死にたいのか。なぜ今なのか。他に選択肢はないのか。何度も確認される。

つまり、お金さえ払えば死ねるわけではない。むしろ逆である。「あなたは、なぜ生きてきたのですか?」という問いを徹底的に突きつけられる。だから、この話は死の話でありながら、生の話でもある。お金も同じだ。本来、お金とは自由を買う道具である。家を買う。旅に出る。仕事を辞める。誰かを助ける。お金で選択肢を増やす。

しかし、安楽死の記事だけは違う。お金で人生の最終選択を考える。だから人は惹きつけられる。人間は、死ぬことよりも、自分で決められないことの方を恐れているのかもしれない。

ここが銀行のWEBメディア=mymoで読まれ続ける理由だと思う。お金の本質とは何か。それは増やすことではない。自分の人生を、自分で選ぶための道具である。老後資金も。保険も。資産形成も。その先にあるのは、自己決定権ということだ。

安楽死の記事が読まれているのは、死にたい人が多いからではない。どう生きるかを考えたい人が多いからだ。人は「安楽死 費用」と検索しながら、ホントは「人生の値段」を検索している。

「死」と「お金」と人間の関係は、どこか似ている。

若い頃は、お金があれば遠くへ行けると思っていた。
実際、その通りだった。旅にも出られる。知らない街にも行ける。自由も増える。

しかし、不思議なことに歳を重ねると景色が変わる。お金があれば遠くへ行ける。だが、その頃には「近く」がどんどん遠くなっている。母ちゃんと過ごせる時間。友人と笑える時間。何気ない日常。もう一度会いたい人。人生の後半になるほど、本当に行きたい場所は、案外、遠くではなくなる。

人は「死にたい」のではない。
死が近づいた時、自分は何を手放し、何を手放したくないのか。
その答えを探すものである。

死とお金は、遠くから眺めているうちは単なる制度や数字である。
しかし、近づけば近づくほど、数字では測れなくなる。
お金で買えるものは増える。
だが、お金で手放せないものも増えていく。

お金で遠くへは行ける。
だが、本当に行きたい場所は、
いつも近くにある。

どうやら人生とは、そんな矛盾を抱えたまま途中で終える旅である。
安楽死は、ホントは“楽ではない”ということでもある。

配信元: mymo

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