「納めることに対して、本気にさせるのが徴収職員の仕事」――。
30年近く税務署に勤め、著書『税務署員うつうつ日記』(三五館シンシャ=7月21日発売)を執筆した現役の税務署員である大蔵主税(ちから)氏が、かつて上司から言われ、いまも忘れられないという言葉だ。
差押え、脱税調査、窓口での修羅場、そしてうつ病を患うほどの精神的疲弊。税務署の内側にいた人間だからこそ語れるリアルを、大蔵氏に聞いた。
徴収部門の「目」――困窮者と悪質滞納者をどう見極めるか
国税庁は6月25日、『令和7年(2025年)度 査察の概要』を発表した。査察制度は、悪質な脱税者に対して刑事責任を追及し、その一罰百戒の効果を通じて、適正・公平な課税の実現と申告納税制度の維持に資することを目的としている。
同資料によると、全国の国税査察官による悪質な脱税者に対する厳正な査察調査により、82件を検察庁に告発。告発した査察事案に係る脱税総額は84億円で、1件当たりの脱税額は1億200万円。告発率は64.6%だった。
大蔵氏が勤める税務署は、この国税局の指導・監督下で一般の個人や中小企業を対象とする窓口機関で日本全国に約520か所ある。その徴収部門は、税金を滞納した人々と向き合う最前線の執行機関だ。
「差押え」という強権を持ちながら、さまざまな事情で納税義務を放棄した個人や企業と向き合う。納税は国民の義務であり、未納は許されないが、いざ現場で当事者と向き合ったとき、相手の事情によっては判断に迷うこともありそうだが…。
大蔵氏によれば、その答えは意外にもシンプルだ。
「徴収職員は、意外と事務的です。つまりマニュアル通り仕事をしています。その流れは、おおむね以下の順序をたどります」
① 納付誓約
② 誓約不履行
③ 差押予告
④ 差押え
①②を繰り返しながら、誠実な対応が見られない場合は財産調査に移行。つまり約束を守りそうにない滞納者に「差押えできるものはないか探す」のだ。
大蔵氏は「仕事のできる徴収職員は、①②③④のスピードが速い人」と明言する。逆に「仕事のできない徴収職員は、①②だけを繰り返すだけの人」だという。
「滞納者の中には、納めることができるのに納めない滞納者もいます。納税を軽く見て、後回しにしているのです。差押えして、はじめて本気になる滞納者も多いです。
また、滞納者は平気でウソをつきます。納付の約束をしていても、『今月は仕事が少なかった』、『家族に不幸があった』等あらゆる方法で納税を先延ばししようとします。
こうした相手に、人間味がありすぎると、徴収の仕事は務まりません。非情にならなければいけないのです」
徴収職員とは、国税徴収官として強制的な権限を持ちながら、同時に人間の弱さや卑しさと日々向き合う職種でもある。その矛盾の中で、多くの職員が精神的な消耗を重ねていく。非情に徹しなければ、いつ自身の心が折れてもおかしくないのだ。
デジタル時代に生まれる脱税調査の「ほころび」
大蔵氏が法人税調査を担当していたのは今から約20年前。その後うつ病を患い、内部事務が中心になったため、最近の調査動向には明るくないとしながら、同僚から聞いた話として、昨今のデジタル時代の現場事情も明かしてくれた。
「たとえば暗号資産は保有しているだけでは課税されません。売却して利益が出てはじめて課税対象になります。現在、取引所には利用者の取引データを税務署に報告する法的義務があり(法定調書制度)、そのデータと申告内容を突き合わせることで申告漏れを把握できます。
個人課税部門の調査担当から聞いたある事例を紹介します。
あるサラリーマンが、暗号資産で多額の利益を得ていることがわかり、調査に入りました。
ところが、体調が悪いことを理由に、なかなか着手できませんでした。粘り強く説得を続け、ようやく着手できました。パソコンの中の売買履歴や通帳を確認し、売った履歴は把握できましたが、結局、買った履歴が古くてわかりませんでした。
利益=売却価額-取得価額です。取得価額がわからなければ、利益の計算ができません。
この場合のように、取得価額が不明なときは、売却価額の5%とするというルールがあるんです。この事案も、このルールで計算し、課税しました。
ただ、『本当は、取得価額はもっと高いはずだ』と調査担当は言っていましたけどね」
発覚こそしなくても、こうした闇に埋もれたような取りこぼしも相当額ありそうだ。
ノルマと評価で「調査」は歪まないのか…
調査官は滞納者・未納者に対し、抜かりなく調査し、脱税の根絶を目指している印象がある。だが、大蔵氏によれば、「調査に関しては担当者ごとに年間の目標件数が存在しますが、明確なノルマがあるのは、調査件数だけ」だという。
ただし、是認(問題なし)が多ければ評価は下がる。疑惑のまま終わらせることは調査官にとって“失態”なのだ。そうなると、グレーな事案でも無理に追徴課税へもっていくケースもあり得るのか…。
「いまは国税通則法(※)の関係で、調査で非違を認めさせて修正申告を提出させるためには、必ず上司の決裁が必要です。つまり、調査担当者は自分の判断だけでは、白→黒にはできません。
修正申告した事案は、必ず黒のはずです。少なくとも税務署側の判断は」と大蔵氏。
※所得税や法人税などすべての国税に共通する基本的なルール(一般法)を定めた法律。申告、納付、税務調査、不服申し立てなどの手続や期限に関する統一的な基準を定めることで、納税者の義務を明確にし、公正な税務行政の運営を目的としている。
窓口の「怒り」の“正体”とは?税務署への過剰な期待がもたらす摩擦
「高すぎる」「納めたくない」。国民の義務である一方、こうした不満の声が絶えないのも税金の宿命だ。発信源の彼ら彼女らと直接対峙することになる税務署の窓口が修羅場と化すことはないのか。
「私が窓口担当時に感じたのはむしろ『税務署の仕組みに怒っている来署者が多い』ということです。たとえば、今は“事前予約”がないと申告相談を受けられません。この体制が導入されたのは、だいぶ前ですが、いまだに怒る人はいます。
私が窓口の時も、申告相談が2か月待ちという時がありました。つまり、いま予約しても申告相談できるのは、2か月後ということです。2か月は遅すぎると怒るのです。
私も2か月は遅いと思います。
しかし、仕方ありません。順番ですから。来署者と話を続けても、平行線のままということもあります。その時は、担当部門である個人課税部門に引き継ぎます。
一方で『不公平な税制や政治』について文句を言う人は、ほとんどいません。私からすれば、文句を言う納税者は、『税務署は税務のことは何でもやってくれる』と期待しすぎなのです。
税務署に依存している納税者もいます。税務署は、なんでも教えてくれる、申告書を作成してくれる。この期待と現実のギャップに怒るのです。『せっかく会社を休んで来たのに、今日申告できないの?』
来署した納税者は、『税務署に行けば、何とかしてくれる』というイメージを持っているのです」
「マルサ」より怖い通常調査
国税に対しては、映画『マルサの女』のような派手な強制捜査のイメージが先行しがちかもしれない。だが、大蔵氏は調査の厳しさには明確な序列があると説明する。
厳しい順に並べると以下だ。
国税局 査察部(マルサ)
国税局 資料調査課
税務署 特別調査部門(特調)
税務署 特別国税調査官(特官)
税務署 一般調査
「国税局には、マルサと資料調査課がありますが、資料調査課も厳しいところです」と大蔵氏は言う。テレビ朝日のドラマ『おコメの女ー国税局資料調査課・雑国室ー』の舞台もここだ。
税務署単位では特調・特官が厳しく、一般調査はピンからキリまで。1年目の若手も一般調査からスタートし、優秀な職員は2署目から特調担当になり、さらに上を目指す者はマルサや資料調査課へ進む。
国税専門官として採用された職員は、基礎研修・専攻税法研修・専科研修と段階的に専門性を高め、選抜試験を経て国際課税や審理部門へとキャリアを積んでいく。調査部門のヒエラルキーは、そのままキャリアパスの序列でもある。
「正しく申告すれば、怖くない」の真意
30年近く「納税者に嫌われる仕事」を続け、うつ病と闘いながら現場を見続けてきた大蔵氏。最後に伝えたいというメッセージは明快だ。
「税務署は、正しく申告納税していれば、怖くも何ともないところです。いささか意地悪な見方をすれば、『やましいことをしているから、恐れるのでは?』と考えます。
税務署も法律に則って仕事をしています。
たとえば、脱税していても、それが7年以上前の取引であれば時効が成立し、徴税できないのです。つまり納税者からしたら7年間逃げ切れば(税務調査なし)、課税されることはないのです。
7年間びくびくしながら逃げるか、正々堂々とビジネスを行うかは納税者次第なのです。
日本は、自主申告納税制です。納税者自ら申告納税することになっています。私は、税務署員ですから、正しく申告納税することを推奨します。
ただ私がつくづく思うのは、脱税や節税に時間やエネルギーを使うよりも本業のビジネスに集中した方が良いのでは? ということです。
たくさん儲けて、たくさん納税しましょう」
このメッセージを税務署員だからと、軽く冷ややかに受け流すのか、30年近く現場を見続けた人間の言葉として重く受け止めるのか…。
ひとついえるのは、上述の『令和7年度 査察の概要』の「査察事件の一審判決の状況」は2023年~2025年の3年間でそれぞれ、83件、99件、80件あり、すべて有罪となっているということ。100%だ。
■大蔵主税(おおくら・ちから)
現役税務署員。
1970年代生まれ。大学卒業後、国税専門官に合格し某国税局に採用され、以後30数年税務署に勤務。その間、転勤8回(某国税局管内の税務署を異動してまわる)担当事務は、徴収→法人課税(税務調査あり)→管理運営(窓口業務あり)30代でうつ病になり、3か月の休職を2回経験。今も抗うつ薬を飲みながら、何とか仕事を続けている。

