
「自分の親だけは大丈夫」――そう信じ込み、日々の忙しさにかまけている現役世代は多いのではないでしょうか。しかし、ある日突然突きつけられる「親の老後」の現実は、想像以上に残酷です。平均的な収入がある家庭であっても、経済的な限界から親を救えないケースが少なくありません。あるサラリーマンが目撃した、決して他人事ではない「老後破綻」のリアルに迫ります。
「母は元気」という思い込み
都内の大手メーカーに勤務する鈴木隆さん(49歳・仮名)。年収560万円ほどで、「平均的な会社員」と自負しています。パート勤めの妻(46歳)と高校2年生の長男との3人暮らし。住宅ローンや息子の教育費、昨今の物価高が重なり、毎月の貯蓄はごくわずかでした。
そんな隆さんの気がかりは、4年前に父親を亡くして以来、地方の実家で一人暮らしを続ける母・光子さん(79歳・仮名)のことです。
2週間に1度は電話を入れ、「体調はどう?」「大丈夫よ、変わらないから」というやり取りを交わしていました。隆さんは仕事の忙しさから帰省を年2回にとどめ、「母は一人で元気に暮らしている」と信じ切っていたのです。
しかし、ある年の7月の終わり、電話口の母の声が明らかに小さく、息も絶え絶えなことに気づきます。「ちょっと夏バテしちゃって……」という言葉に強い胸騒ぎを覚えた隆さんは、翌土曜日、半年ぶりに実家へ向かいました。
実家に到着し、ドアノブを回すと鍵はかかっていませんでした。そのまま一歩足を踏み入れた瞬間、もわっとした異様な熱気が隆さんを襲います。
外気温は35度を超える猛暑日。しかし、エアコンは1台も動いていません。大声で呼びかけながら奥の和室へ向かうと、そこには薄い布団に横たわり、荒い息を吐いている光子さんの姿がありました。その顔は土気色で、頬はこけ、驚くほど痩せ細っています。
光子さんは救急搬送され、「重度の熱中症と脱水症状、低栄養」と診断。医師から「発見があと1日遅れていたら命に関わっていた」と告げられました。
光子さんはしばらく入院となり、ひとり実家に戻ってきた隆さん。台所の冷蔵庫を開け、言葉を失います。中には干からびた梅干しと水道水を汲んだであろう水、使い古された調味料しかなく、米びつも空でした。
隆さんは激しい罪悪感に苛まれました。なぜこれほど困窮していたのか――。
かつて両親は小さな文房具店を経営していましたが、晩年は経営難に陥り、父の治療費や介護費で蓄えは底を突いていました。店をたたんだ光子さんの収入は基礎年金のみで、月に約7万円。築40年の持ち家の維持費や高騰する光熱費を支払えば、食費はほとんど残りません。「家族には迷惑をかけたくない」と、真夏でもエアコンをつけず、食費を極限まで削って孤立していたのです。
年収560万円の息子が突きつけられた経済的限界
隆さんは必死に解決策を模索しました。
「仕送り……」と考えましたが、自身の家計を振り返ると現実の厳しさにぶち当たります。住宅ローンに加え、来年は息子の大学進学を控えており、毎月3万〜5万円の仕送りを継続的に捻出する余裕すらありませんでした。
高齢者施設への入居も、特養(特別養護老人ホーム)は原則要介護3以上で対象外、民間の有料施設は高額すぎて手が出ません。
公的な支援制度として「生活保護制度」の利用や「地域包括支援センター」への相談も調べましたが、ここには母の「プライド」という壁が立ちはだかりました。
「人様に頼るなんて恥ずかしい、迷惑をかけるくらいならひっそり暮らしたい」という真面目な母が、公的扶助を拒むことは容易に想像がつきました。
行き詰まった隆さんが下した決断は、母を自分のマンションに引き取り「同居」することでした。それは妻の家事負担や、受験を控えた息子の環境にも影響を与えます。意を決して妻に打ち明けると、妻は少しの沈黙のあと、「大変なこともあるだろうけど、家族みんなで乗り越えましょう」と言ってくれました。
高校生の息子も「部屋を片付けるよ」と言ってくれました。こうして鈴木さん一家の同居生活が始まります。
厚生労働省『2024年国民生活基礎調査』によると、「公的年金が所得の100%」という高齢者世帯は42.2%にのぼります。また所得が年金だけという世帯のうち、18.5%が「年間所得100万円以下」。本調査における所得は、税金や社会保険料の控除前の額面であることから、約2割は「月8.3万円以下の年金収入しかない」という水準であり、光子さんもここに位置することになります。
収入が「国民年金のみ」、かつ、老後資金も心もとないという高齢者の生活はひっ迫しています。一方で、自身は苦しくても、親は子どもに心配をかけまいと「大丈夫」と嘘をつくものです。
大切なのは、親が元気に見えるうちから、実際の収入や貯蓄、健康状態を具体的に把握しておくこと。いざという時はプライドを捨てて公的扶助や地域包括支援センターを活用できるよう、日頃から親子で「老後のリスク」を話し合っておくことが不可欠です。
