◆事前相談で虐待を防いだ成功例

「母子家庭で育った兄弟でした。『お母さんが女手ひとつで、ちゃんと大学まで出してくれた。僕らもすごく感謝しているから、自分たちで介護したい』と言うんです」
川内氏は、この相談者に「ひとり親家庭の特殊性」について説明した。
「一人親だと、普通の家庭よりも密着度が高いから、余計に関係が難しくなるリスクがあるんですよね」
すると相談者は、はっとした表情を見せた。
「『確かに自分はそうなる可能性がある』『とにかく親に対しては感情が強くなってしまう』『適度な距離を取って仕事を続けていこうと思う』と言ってくれました。『そのためにも、今のうちから地域包括支援センターと連携していきたい』とも」
その後、この男性は、海外出張や海外勤務も継続できているという。
「事前に『虐待してしまうかもしれないリスク』を知って、気づいていただいた。むしろ仕事に軸足を置くことで、虐待を防げたんです」
厚生労働省の調べでは、虐待者の続柄は、息子(38.7%)が最も多い。
「息子にとって、母親は『安心・安全の象徴』なんです。だから、『元の状態』に戻そうと必死になってしまう。息子にとって、母親の衰弱は大きなクライシス(危機)なんですね」
◆将来への不安を持つ人へのアドバイス
将来の介護に不安を持つ人へのアドバイスを聞いた。
「まず、インターネットで地域包括支援センターを調べてください。親が元気なうちから電話して、『いざ介護になったらどういうサポートがあるか』を聞いてみてください。かなり気持ちがラクになりますし、実際に介護が始まったときも、早く支援を頼むことができます」
そして、今まさに介護で悩んでいる人には、こう呼びかける。
「この記事を読んでつらい気持ちになったら、それはあなたの身に相当な負担がかかっているということです。少しずつでもいいから、今の手を止めて、誰かに気持ちを相談することを始めてほしい」
川内氏は最後にこう語った。
「愛情深い人ほど、介護で失敗します。でも『専門職に任せる』ことは、決して親不孝ではありません。むしろ、それが、親子関係を良好に保つ秘訣なんです」
「頑張りすぎない介護」こそが、本当の親孝行なのかもしれない。

【田口ゆう】
ライター・原作者・あいである広場編集長。立教大学経済学部経営学科卒。「認知症」「介護虐待」「障害者支援」「マイノリティ問題」など、多くの人が見ないようにする社会課題を中心に取材する。文春オンライン・週刊プレイボーイ・LIFULL介護などで連載・寄稿中。『認知症が見る世界』(竹書房・2023年)原作者

