ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、荏原中延の「日の出食堂」。53年の歴史を刻んだ定食屋を、82歳の店主が移転させた先で待っていたのは、思いがけない光景だった。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
◆デロリアンみたいな定食屋【荏原中延駅・日の出食堂】vol.42
「昔のほうが良かった」と感じる瞬間は、生きる時間が長ければ長いほど増えていくものである。私はいつまでもMDウォークマンとガラケーを持ち歩いていた時代が最強だったと思っているし、あるアーティストの歌声は若い頃のほうが張りがあって好きだったと思っている。
私たちはまだ時を遡る方法を知らない。だから過去に思いを馳せることでしか、当時の感覚を取り戻すことができない。
たまたま映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を再観賞する機会があって、なおのこと過去に戻れたら、という妄想が楽しくなっていたのだが、そんな折、「デロリアンみたいな定食屋だ」と思った店があったので、共有したい。
東急池上線という自分には馴染みのない路線の、荏原中延駅という自分では読み方すら戸惑う駅に、その定食屋「日の出食堂」はあった。
「早朝から定食を食べられる」と昭和46年の創業以来、地元の人たちに長く深く愛されていた同店だが、最近よく聞く建物の老朽化や家賃の高騰などの理由により、’24年に53年間の歴史に危機が訪れた。
店主は当時80歳。さすがに引退するのでは、とみんなが思ったらしいが、’25年に移転し、店を再オープンさせた。
私が「デロリアンだ」と思った理由は、この再オープンした店舗の古さにある。
元々、53年も続ければ建物はかなり古くなるはずなのに、店主が移転先として選んだ物件は、前の店よりもさらに古めかしい民家だったのだ。
「古い定食屋が移転したと思ったら、さらに古い定食屋になった」
これは私の中でかなりデロリアン度が高い。前進ばかりが求められる時代により過去に向かう店なんて、格好いいじゃないか。
興奮しながら(そしてあまりに古い外観に恐怖しながら)店内に足を進めた。
82歳を迎えた店主と女将さんが夫婦で営む店は、とっくの昔に亡くなった自分の祖父の家と酷似していて、自分が幼少期に戻ったように錯覚する。玄関で靴を脱いで店に上がると、部屋の一つが(半ば強引に)定食屋に改造されていて、壁には無数のメニューが貼られている。テーブル席は三つあり、そのうちの一つにひっそりと座った。
私が訪れた時間は、店主が一人で調理と接客を行っていた。客もたまたま私だけだったので、少しのあいだ雑談を楽しむことができた。
「前の店もよかったけど、ここは窓から庭が見えるのがいいよ」と、店主は曲がった腰で、部屋に付いている二つの窓を開けてくれた。
庭は、広くはないが、たくさんの植木鉢が置かれていた。友人の実家に似ていると思った。
問題は、傘が壊れるほどの猛烈な雨が降っていることだった。私は上半身をうっすらと濡らし、体を冷やした。店主は雨の当たらない場所で満足そうに庭を見ていたので、何かの修行のようであった。
数分後。前の店から使っているのだろう、使い込まれた皿にのって、焼肉定食が運ばれてきた。「若いから、食べれるでしょ」と、自動的に大盛りにされたと思われる白米に、なめこの味噌汁。必要以上に冷えた体に、この熱い味噌汁がかなり染みた。
「お客さんと話すのが好きなのに、この年齢だとそんな仕事はどこにもないから、自分で店を続けてる」と店主は言う。「昔は良かった」なんて言う気配はまったくなくて、現役続行の姿勢が眩しい。
あとは体にだけ気をつけてもらえれば、と思いながら、私は曲がった背中を眺めていた。雨はやみそうになかった。

※週刊SPA!2026年5月5日・12日合併号より
―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」

