《唇縫い付け事件》なぜ、被害者は“抵抗”できなかったのか…支配欲求が強い“マニピュレーター”「精神的支配」の手口と実像

《唇縫い付け事件》なぜ、被害者は“抵抗”できなかったのか…支配欲求が強い“マニピュレーター”「精神的支配」の手口と実像

茨城県古河市で、同居する女性の上下の唇を糸で複数回縫い合わせたとして、櫻井政恵容疑者が傷害罪の容疑で逮捕された。被害を受けた42歳の女性は、唇が縫われた状態で近隣の商店に助けを求めたという。

この凄惨な事件報道に触れたとき、多くの人が「なぜ抵抗できなかったのか」「なぜもっと早く助けを求められなかったのか」と疑問を抱いたはずだ。「自分なら逃げ出す」と考えた人も多いかもしれない。

しかし、本当にそうだろうか。誰もが陥りかねない「精神的支配」の罠について、精神科医が解説する。(本文:精神科医・片田珠美)

櫻井容疑者は「マニピュレーター(manipulator)」の可能性

櫻井容疑者と被害女性は昨年4月から同居を始めたが、事件までの間に、被害女性の関係者が警察に対し、「(女性が櫻井容疑者から)洗脳されているのではないか」「経済的に管理されているのではないか」といった趣旨の相談をしていたようだ。

唇を縫い合わされたら、会話も飲食もできなくなり、通報することも助けを求めることも困難な状態に陥る。当然、抵抗力も気力も低下するだろう。また、被害者の腕や脚には複数のあざが確認されており、日常的に暴行を受けていた可能性も否定できない。暴力が日常的に加えられ、恐怖による支配が常態化していたのではないかと疑いたくなる。

さらに不気味なことに、櫻井容疑者はSNSを通じた交流コミュニティを築いており、その参加者たちは自分らのグループを「グル」と呼んでいたらしい。「グル」とは、導師、つまり精神的指導者を意味する。オウム真理教の教祖だった麻原彰晃元死刑囚も、信者から絶対的な帰依の対象として「グル」と呼ばれていた。

一連の経緯を見ると、櫻井容疑者は、支配欲求が強く、他人を自分の思い通りに操る(manipulate)ことをもくろむ「マニピュレーター(manipulator)」である可能性が高い。

なぜ「マニピュレーター」は他人を支配したがるのか?

「マニピュレーター」とは、「人を追い詰め、その心を操り支配しようとする者」を指す(ジョージ・サイモン『他人を支配したがる人たち―身近にいる「マニピュレーター」の脅威』秋山勝訳、草思社文庫)。櫻井容疑者は、典型的な「マニピュレーター」のように見える。

では、なぜ「マニピュレーター」は他人を支配したがるのか。それは、主に次の3つの理由による。

①他人より優位に立つことに快感を覚える
②自身の影響力を誇示できる
③実利を得られる

他人より優位に立つことに、誰でも多かれ少なかれ快感を覚えるはずだ。そのため、われわれは周囲と比べて少しでも高いステータスを勝ち取ろうと奮闘し、「ステータス・ゲーム」を繰り広げる。この他人より優位に立ちたいという欲望が「マニピュレーター」は人一倍強い。

他人を支配すれば、その相手よりも明らかに優位に立てる。だからこそ、「マニピュレーター」はあの手この手を駆使して他人を支配しようとするのである。

また、他人を支配することによって、自身の影響力を誇示できる。たとえば、「唇を縫い合わせた糸を取り除いてほしいのであれば、自分の言うことを聞け」という命令を下して、相手が“言いなり”になるように仕向けることだってできるだろう。

さらに、経済的利益をはじめとする実利を得られる可能性もある。櫻井容疑者は数年前から周囲に「行き場のない人をネットやSNSで拾って助けている」と話していたようだが、単なる善意による人助けだったわけではなさそうだ。

住む場所を提供するかわりに、働いて得た金を納めるように求めていたということなので、同居人の収入を奪う目的があったと考えられる。

なぜ「マニピュレーター」に引っかかるのか?

このような凄惨な事件の報道に触れると、「なぜそんな人に引っかかるのか?」と不思議に思い、「自分ならこんな奴に引っかからないのに」と感じる人も多いかもしれない。

だが、「マニピュレーター」は、最初から悪魔の顔をして近づいてくるわけではない。ずる賢く、抜け目なく立ち回るので、油断は禁物である。

彼らには、以下のような極めて厄介な3つの特徴が認められる。

①外面がいい
②口がうまい
③巧妙に相手の弱みにつけ込む

「マニピュレーター」は、うわべは穏やかで、人当たりも柔らかく、一見“いい人”であることが多い。そのくせ、その素顔は冷酷で容赦がない。つまり「ヒツジの皮をまとうオオカミ」であり、邪悪な意図を押し隠し近づいてくる。そのため、初期の段階で正体に気づくのは非常に難しい。

櫻井容疑者は「人当たりがよくて、誰からも好かれる人気者」だったという証言があるが、これはやはり外面がよかったからだろう。

福岡5歳児餓死事件と共通する「恐怖による支配」

福岡県篠栗(ささぐり)町で2020年4月に当時5歳の男児が十分な食事を与えられず餓死した事件では、母親だけでなく、その「ママ友」だった赤堀恵美子受刑者(懲役15年の判決が確定)も逮捕され、保護責任者遺棄致死と詐欺、窃盗の罪に問われた。

赤堀受刑者は、男児の母親に「夫が浮気をしている」「浮気相手のキャバ嬢が妊娠した。キャバ嬢のバックにいる暴力団と交渉しているので慰謝料が必要」という嘘をついて、トラブルの解決費用名目で多額の金銭を巻き上げた。

さらに、母親を離婚に追い込んで、周囲から孤立させ、精神的に支配したうえ、男児の食事を制限したという。あげくの果てに、男児が餓死する事態を招いたのだ。

この赤堀受刑者も典型的な「マニピュレーター」である。彼女が男児の母親を操り、支配することに成功したのは、嘘を平気でつけるからだろうが、相手の弱みにつけ込み、不安や恐怖をかき立てる術にも長けていたようだ。

今回の事件で、櫻井容疑者が行き場のない人を自宅に住まわせたのも、住む場所がないとか、経済的に困窮しているとかいう人の弱みにつけ込む戦略だろう。こういう巧妙な支配を罪悪感など微塵も覚えずにやってのけられる点にこそ、「マニピュレーター」の底知れぬ怖さがあるともいえる。

「マニピュレーター」は口がうまく、ひそかに他人を操り支配しようとする。被害者は次第に「おかしいのは自分のほう」「問題があるのは自分のほう」などと思い込まされていく――。

その巧妙な心理操作の果てに、気がついたときには、財産も、人間関係も、そして自分の尊厳さえも、大切なものをすべて失っていたということになりかねない。「自分は大丈夫」と油断していると痛い目を見るだろう。決して他人事とは思わず、警戒を怠らないでいただきたい。

■片田珠美
精神科医。広島県生まれ。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。2003年度~2016年度、京都大学非常勤講師。臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。著書に『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)『職場を腐らせる人たち』(講談社現代新書)『生きづらさの正体』(宝島社新書)など多数。

配信元: 弁護士JP

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