既婚女性から「夫と離婚する」という言葉を信じて不倫をした人は、慰謝料を支払わなければならないのか――先日、そんな問題をめぐる最高裁判決が話題となった(最高裁令和8年(2026年)6月5日判決)。
この裁判では、女性の元夫が「不貞行為によって精神的苦痛を受けた」として、女性と交際していた男性に慰謝料など330万円の支払いを求めていた。
これに対し男性は「女性から離婚届や夫とのメールのやり取りを見せられ、夫婦関係はすでに破綻していると信じていたため、自身には故意も過失もない」と反論。
最大の争点は、慰謝料を支払う責任の前提となる「過失」が男性にあったか否かだった。
そして最高裁は「相手の婚姻関係がすでに破綻していると信じ、そのように信じたことに相当の理由があれば、過失は認められない」との判断枠組みを初めて示し、二審判決を破棄して高松高裁に差し戻した。
「離婚するつもりだ」との説明を信じて関係を持つ
報道によると、慰謝料を請求されたのは香川県内で料理店を経営する男性。
2022年秋ごろから、既婚女性(当時)がパート従業員として料理店で働き始めた。
女性は夫(当時)との間に3人の子どもがいたが、夫婦関係が悪化していた。2023年6月ごろには会話がほとんどなくなり、用件をメールでやり取りするだけの状態になっていたという。
夫は女性に対し、離婚を考えていることを伝え、養育費などについて弁護士に相談することも説明していた。その後、家計を別々に管理することや、お互いのプライバシーに干渉しないことをメールで提案し、女性もこれに同意していた。
女性は夫婦関係の相談を繰り返す中で男性に好意を抱くようになり、自分の記入欄を埋めた離婚届や、夫とのメールのやり取りを見せながら、「離婚するつもりだ」と説明。
男性はそれ以降、女性を自宅に招くようになった。
2023年11月、女性は夫と協議離婚。
その後、元夫は「不貞行為によって精神的苦痛を受けた」として、男性に対し慰謝料など330万円の支払いを求めて提訴した。
裁判の経緯
一審の高松地裁丸亀支部は「不貞行為があったと認めるに足りる証拠はない」として、元夫の請求を退けた。
これに対し二審の高松高裁は「不貞行為があった」と推認したうえで、「『離婚した』『婚姻関係は破綻している』などとうそをついて不貞行為に及ぶ人は少なくなく、それを鵜呑みにした男性には注意義務違反(過失)があった」として、男性に55万円の支払いを命じる。
男性はこれを不服として上告。最高裁では、不貞行為の有無ではなく、男性に過失があったといえるかどうかが争点となった。
最高裁は「婚姻関係が破綻していると信じ、そのように信じたことに相当の理由があれば、過失は認められない」との判断枠組みを初めて示し、二審判決は「相当の理由」の有無を十分に検討していなかったとして、これを破棄し審理を高松高裁に差し戻した。
「破綻を信じる相当の理由」について明確にした点が新しい
従来、最高裁は「不貞行為当時、夫婦関係がすでに破綻していた場合は、原則として不貞相手は慰謝料を支払う責任を負わない」と判断していた(平成8年(1996年)3月26日第三小法廷判決)。
そのため、これまでの裁判では「不貞行為当時、実際に婚姻関係が破綻していたかどうか」が中心に審理されてきた。
離婚・男女問題に詳しい安達里美弁護士は、今回の判決では上記に加えて「婚姻関係が破綻していると信じ、そのように信じたことに相当の理由があったか」についても独立して検討しなければならないことを明確に示した点に意義がある、と評価する。
また、今回の判決では、二審判決の審理のあり方に対する最高裁の厳しい姿勢も話題となった。
安達弁護士も「本件判決は、この事件を審理した高松高裁や当事者代理人に対し、『不貞慰謝料請求の訴訟といえども、法的構成や要件事実という基本をおろそかにするな』という強いメッセージも含んでいるように感じました」と指摘する。
「個人的には、判決文から『どうしてこの事実認定の下で不貞慰謝料を認めたのか』という最高裁の裁判官からの、怒りのメッセージも伝わってきました」(安達弁護士)
今後の離婚裁判への影響は?
安達弁護士によると、「婚姻関係が破綻していると信じ、そのように信じたことに相当の理由があった」と評価され得る場合として、たとえば「不貞相手が何か月も自宅に宿泊していたり、事前の連絡なしに自宅を訪れることが日常的に許されていたりする」といった、通常の夫婦関係では考えにくい事情があるケースが考えられるという。
これらのケースでは、実際には配偶者が長期間海外出張中だったため、そのような行動が可能だっただけで、夫婦関係自体は破綻していなかったという事情もあり得る。
このような場合には「実際には婚姻関係は破綻していなかったものの、不貞相手が『破綻している』と信じたことには相当の理由があった」と評価される可能性があるという。
もっとも、安達弁護士は、今回の判決によって不貞慰謝料請求の実務が大きく変わるわけではないとみている。
「慰謝料を請求された側としては、これまでも『婚姻関係は破綻していた』という立証を尽くす必要がありました。今後も基本的な主張・立証活動は大きく変わらないでしょう。
ただし、『実際には破綻しているとは認められないものの、破綻していると信じる相当の理由はあった』という事案では、慰謝料請求が認められないケースが今後は若干増える可能性があります」(安達弁護士)

