東京都杉並区の岸本聡子区長が、再選を果たした直後の7月9日の就任記者会見で、「次男のケア」を理由に7月13日から8月4日までの23日間にわたる長期休暇を取得すると表明し、その是非をめぐって議論が巻き起こっている。
岸本区長は、自身が率先して休暇を取ることで「職員が安心して長期休暇を取れる組織文化に貢献したい」と述べており、これに対しては「海外では政治家が3~4週間休むのが当たり前」「職員が介護休暇等を取得しやすくなる」など肯定的な反応もみられる。しかし他方で、首長の長期休暇は危機管理や日常業務の停滞を招くのではないかといった指摘もみられる。
政治家の休暇に関する法制度の現状はどうなっているのか。また、今回の長期休暇取得にはどのような問題があるのか。東京都国分寺市議会議員を3期10年、国会議員秘書を10年務めた経験を持ち、政治家に関するさまざまなルールに詳しい三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に話を聞いた。
政治家の「休暇」はそもそも労働法制の対象外
まず、政治家の「休み」を考える上で大前提となるのが、その法的な位置づけである。三葛弁護士は、そもそも首長や国会議員といった政治家は、一般の労働者とは異なる立場にあると指摘する。
三葛弁護士:「首長や議員は、特別職の公務員であり、労働基準法などの労働法制の適用対象外です。労働時間や就業場所も決まっていません。首長の場合、受け取るのも、一般労働者の労働の対価としての『賃金』(労働基準法上の用語として)ではなく、身分や職責に対する『給料』であり、性質がかなり異なります。
したがって、一般労働者のような『年次有給休暇』といった概念自体が、本来はなじみません。
もちろん、働いている人間である以上、休むべき時は休むべきだという一般論はありますが、法的な意味での『休暇』とは異なります。いつ休むかを自分で決められる反面、何か起きた場合には休みを取りやめて職務を全うすることも求められる立場です」
これまでも、総理大臣が「夏休み」「夏季休暇」として静養したり、議員が産休や病気療養で公務を離れたりする例はあり、理由があって休むこと自体が問題視されてきたわけではない。
岸本区長のケースについて賛否が分かれた理由の一つは、その「23日間」という期間の長さだろう。土日祝日を除いても16日間に及ぶ。
この点について、三葛弁護士は「わが国ではあまり例を見ない長期休暇であり、岸本区長が海外で約20年間生活した経験が影響しているかもしれません」と推察する。
問われるのは「危機管理体制」と「日常業務」への影響
政治家の長期休暇において、最も懸念されるのが「危機管理」と「日常業務」への影響である。
まず、危機管理について、災害対策基本法23条の2では、市区町村長は災害対策本部長を務めることになっており、長期休暇を取得している間に有事が発生した場合の対処のあり方が課題となる。
三葛弁護士:「首長や議員、大臣という仕事は、勤務時間が明確に決まっているわけではなく、24時間365日職場にいることが求められるわけではありません。しかし、何かあった時に責任の所在を明確にし、速やかに指揮命令系統を確保できる体制を整えておくことが不可欠です。
たとえば、総理大臣と官房長官(官房副長官)は同時に東京を離れないなど、常に誰かが官邸で対応できるようにしていると聞きます。地方自治体の首長の場合も、連絡が取れる状態にあることが求められます。また、万が一連絡が途絶した場合であっても、誰がどのように判断するのか、権限の所在を明確にしておく必要があります」
この点について、岸本区長は会見で、休暇中も週1回のオンライン会議で情報共有を行い、緊急時には登庁して対応するとし、緊急時の対応体制を確保していることを強調している。
次に、「日常業務が滞るのではないか」という懸念を示す向きについては、三葛弁護士は、現実には日常業務の停滞は限定的だと見る。
三葛弁護士:「首長の日常業務の相当部分は決裁、つまりハンコを押すことです。これらの多くは副区長に委任することが可能です。
もちろん、区長でなければ決裁できない重要案件はありますが、週1回のオンライン会議などで対応するとしており、業務が完全に停滞するとは考えにくいでしょう。
また、有事の際には職務復帰するとも述べています。そもそも首長は、勤務時間が明確に決まっていない代わりに、常に医師のオンコール待機のような状態にあります。夜中に地震が起きればプライベートの時間でも対応するのが当然期待され、『休暇中だから対応しない』ということは考えられません。
これらのことに鑑みれば、日常業務が滞る事態はあまり考えられません」
批判の矛先はどこ? 休暇の否定が「支持基盤を広げよ」となる“矛盾”
では、危機管理や日常業務に関する体制整備以外に、岸本区長の長期休暇取得によって生じる問題とは、どのようなものなのか。
三葛弁護士は、現実に行われている批判が本質とずれていると指摘する。
三葛弁護士:「この時期の区長の『公務』として、式典・行事や地域へのイベントの出席、具体的には地域の夏祭りやイベント等への参加や、各種団体との意見交換等があります。
たとえば、ある区議は、『区職員の皆さんは優秀ですので、区長が在庁して居なくても、今の仕事は滞りなく回ります』とし、日常業務に問題がないことを明確に認めておきながら、『経済対策重視の方針を打ち出しつつも、区内経済団体との意見交換の機会を欠席する』といった批判をしています。
この批判はなかなか興味深いです。なぜなら、イベント等への参加は、広い意味で区長の公務ではありますが、同時に自身の支持基盤を拡大するための活動、いわば『票稼ぎ』につながる行動でもあるからです。
つまり、『公務への不参加』を理由に批判する人々は、最も本質的であるはずの危機管理上の問題点ではなく、『なぜ票稼ぎの活動をしないのか』『もっと地域を回って支持を固めろ』と岸本区長に促しているという構図になっているのです。
この観点からは、逆に、岸本区長の長期休暇の取得を擁護する人々が『支持基盤の拡大や票稼ぎの行動をしなくてもよい』と後押ししているという、ややねじれた状況が生じているとも言えます」
説明責任と「23日間」の妥当性
法的に問題がなく、危機管理体制も整えているとしても、政治家としての「説明責任」が残る。
まず、一部で「選挙前に長期休暇を取得すると公言しなかったのはアンフェアだ」との批判が見られる。
この点について、三葛弁護士は「むしろ選挙前から公言することのほうが問題」と一蹴する。
三葛弁護士:「そもそも、当選してもいない選挙期間中から、当選を前提として『当選したらすぐに長期休暇を取るので、十全に体制を準備する。職員はそれに備えておくように』などと公約するのは傲慢です。また、そんなことを言えば、それを聞いた区の職員たちは、早くから体制整備に着手せざるを得なくなります。
当選もしていないのに、なぜ区の職員を動かすようなことを言うのか、ということになります。それこそかえって公私混同であり、税金の不適切な使用だと批判されてしかるべきです。
したがって、選挙前に休暇取得について一切公言すべきではないし、その必要もなかったといえます」
最後に三葛弁護士は、今回の件で岸本区長が果たすべき説明責任と、長期休暇取得に伴う課題について、次のように提言する。
三葛弁護士:「法的に問題がないとしても、日本の慣行から見て23日間という休みは、やはり長いという印象は否めません。岸本区長には、なぜその期間が必要なのかを有権者に分かりやすく説明する政治的責任があります。
『次男のケアのため』というだけでは、それが23日間という長期にわたることへの十分な説明とはいえません。プライベートに関わることとはいえ、差し支えない範囲で、なぜ23日間休む必要があるのか、説明すべきだったといえます。
また、もし遠方で『次男のケア』をするとなれば、物理的に連絡が取りにくくなる事態も想定されます。その場合、2人いる副区長のどちらがどのような権限を持つのか、役割分担を区役所はもとより区民に対しても、より明確にしておくべきでしょう。
政治家の休み方は多様であって構いませんが、だからこそ、区民の不安を払拭するための丁寧な説明と、万全な危機管理体制の構築が、これまで以上に求められます」

