イタリアンだと思って頼んだピザが長方形で、アヒージョは想像の倍の大きさだった/カツセマサヒコ

イタリアンだと思って頼んだピザが長方形で、アヒージョは想像の倍の大きさだった/カツセマサヒコ

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、高田馬場の老舗イタリア料理店「ロマーノ」。青すぎる過去の記憶が詰まったこの街で、家庭料理のようなイタリアンを頬張りながら、著者はなぜか実家や飼い犬のことばかり思い出していた。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

◆思い出してばかりの日【高田馬場駅・ロマーノ(イタリア料理店)】vol.46

 高田馬場という地名から思い出すことが二つある。

 一つは高校3年の冬。早稲田大学の高田馬場キャンパスで記念受験をしていたら、休憩時間中に本命だった別の大学(もちろん早稲田より偏差値は下である)に合格したことを知り、目の前の試験はどうでもよくなってほとんど白紙で答案を出したこと。

 もう一つは大学時代。ネットワークビジネスの勧誘にノリノリで食いつき、高田馬場で開かれたセミナーに参加したが、学生証があれば無収入でもお金を借りられるという金融機関に行こうとしたところでおじけづいてやめたこと。

 どちらも高田馬場という地名を見たり聞いたりするたびに思い出す、あまりに青すぎる記憶である。

 そんな高田馬場駅から3分ほどの好立地に、50年以上続いているイタリア料理店があって、アットホームで愉快な店だから行ってみてくれ、と学生時代の友人に言われた。

 彼とはイタリアに行ったことがあった。大学の卒業旅行で、男4人の自由な旅だった。ローマで別の友人とも合流するというオシャレなことにも挑戦してみたが、合流したらその友人の恋人がパスポートを紛失しており、国際警察のお世話になって観光どころではなくなってしまった何か美味しいものを食べた気もするが、強烈な体験を前に記憶は消し飛んでしまっている。

 あの旅を懐かしみながら、イタリア料理店「ロマーノ」に足を運んだ。

 奥に細長い店内はすでに何組かの先客がいたが、これが古くから愛されてきた証拠のように、全員、年配のマダムだったり老夫婦だったりした。コロナ前は、別室にカラオケルームまであったらしく、あの常連と思われるマダムたちも、昔は歌ってはしゃいでいたのだろうと想像した。実に楽しげな店である。

 メニュー数も多く、イタリアンレストランというより、イタリア料理も作る洋風居酒屋といったラインナップだった。こういう店はボリュームがすごそうだ、と思いながら、いくつか料理を注文し、白ワインも頼んで待った。

 とんでもなく大きいピザが運ばれてくる、と予想したが、実際は想像よりもずっと控えめで、小洒落たボリュームだった。ピザといえば丸いだろう、というこちらの偏見をあざ笑うように、見事に長方形のピザが来た。ピザとは対照的に、アヒージョの皿は想像の倍以上の大きさがあった。少なめで提供されるからオシャレだと思っていたアヒージョが物量で勝負しにきていた。

 最後に出てきたマリネは、ほとんどキュウリの漬物だった。実家で出てくる料理に似ていた。昔飼っていた犬まで思い出した。懐かしかった。

 イタリアンという言葉を聞くと、たとえそれがサイゼリヤのような格安店であっても、脳のどこかでローマやミラノの景色を想像してしまう。

 でも、家庭料理のようなそれを食べると、思い出すのは実家のダイニングテーブルだったり、飼い犬のことだったりする。

 食べたものはどれも美味しかった。すぐに酔うのであまり飲まないようにしているワインも、たらふく飲んだ。

 揺れる視界を楽しみながら、高田馬場を歩いた。ネットワークビジネスに勧誘されたとき、まだ私は実家暮らしをしていて、バイトすらしたことがないくせに「ビジネス! ビジネス!」と叫んでいた。学生にしては明らかな大金を借りようとしている私を止めてくれたのは兄だった。まっとうな兄のおかげで今がある。酔いの先で、そんなことまで思い出した。

 どの思い出とも異なる景色が通り過ぎる。小さなピザや大きなアヒージョも、いつか私は思い出すのだろうか。

カツセマサヒコ
挿絵/小指
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

※週刊SPA!2026年6月16日号より

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
配信元: 日刊SPA!

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