「倉庫部門に異動してください」
運行管理者として運送会社に中途採用されたAさんは唖然としたであろう。入社からわずか1年半後、突然、肉体労働が激しいと思われる部門への配転命令が出されたからだ。
この配転命令は「権利の濫用」にあたるとして、Aさんは提訴。裁判所はAさんの訴えを認め、命令を無効とする判断を下した。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
運送会社X社は、9つの配送担当部門から成り立っており、倉庫での現場作業は倉庫の従業員が担当していた。配送担当部門には運行管理者が配置されていた。
約19年におよぶ運行管理業務の経験を買われたAさんは、この運行管理者として中途採用され、運行管理業務や配車業務に従事していた。
■ 配転命令
採用から約1年半後、Aさんは、会社から「倉庫業務に異動するように」と打診を受けた。
Aさんからすれば“寝耳に熱湯”であろう。運行管理業務の経験を買われて入社したのに、肉体労働が激しいと思われる倉庫業務への異動を命じられたからである。
X社が異動を命じた理由は、Aさんが就いていたポストに別の運行管理者を就けたかったためで、そのためにAさんをどこかに異動させる必要があったのだ。
そこでX社は、新たに倉庫部門を新設し、Aさんをそこへ異動させようとした。
しかしAさんが応じなかったため、X社は配転命令権を行使した。これは、以下の就業規則に基づくものであった。
「会社は、業務の必要により社員の配置転換(職場の転換、職種の変更等)を行う」
多くの会社にある規定だ。しかし、配転命令が常に認められるわけではない。
以下、裁判所の判断を見ていこう。
裁判所の判断
裁判所は「本件配転命令はAさんに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものなので、権利濫用として無効」と判断した。
その根拠として、裁判所は主に「①Aさんの採用経緯と合理的な期待」「②配転命令の業務上の必要性の低さ」の2点を挙げている。
①Aさんの採用経緯と合理的な期待
裁判所は、Aさんが運行管理者として採用された経緯を重視し、その期待に配慮する必要があると指摘した。
■ Aさんの経歴
- 複数の会社で運行管理者として働いていた(合計19年ほど)
- 運行管理者の資格も取得していた
■ Aさんを採用した経緯
- X社は運行管理業務を行える人材を募集していた
- 求人票に「入社後、運行管理者の資格を取得していただきます」と記載していた。
→ 裁判所は「Aさんの経験を見込んで採用したことは明らか」と認定
■ Aさんへの説明
- Aさんは、面接で「運行管理業務をしたい」と伝えていた
- Aさんは、総務課長から前の会社を辞めた理由を尋ねられた際、「前の会社では運行管理業務をしたかったが、夜間点呼業務に異動させられました」と回答したところ、総務課長から「夜間点呼業務に異動させることはない」と説明を受けていた。
これらの事実から、裁判所は「配転する際には、Aさんの期待に相応の配慮をしなければならない」と認定した。
②配転命令の業務上の必要性
次に裁判所は、下記の事実を認定し、「Aさんを倉庫部門へ配転させる必要性は高くない」と判断した。
- Aさんの能力・ 経験が倉庫業務に生きるとは考えにくい
- 倉庫業務には他に適性のある者がいた
- 倉庫の現場作業は基本的に倉庫の従業員が担当している
- 倉庫部門の業務内容範囲が不明瞭である
裁判所は、さらに踏み込んで「倉庫部門の新設は、実態がないにもかかわらず、本件配転命令の業務上の必要性を作出するためにX社が訴訟上主張しているにすぎないのではないかとの疑問を抱かざるを得ない」との見方を示した。つまり、倉庫部門の新設そのものに不自然さがあるということだ。
以上の事実を総合的に考慮し、裁判所は「本件配転命令はAさんに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」であり、権利の濫用として無効と判断した。
■ ポイント
配転命令の有効性をめぐる裁判では、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益となるかどうか」が審理される。
今回のような部署異動命令であれ、転勤命令であれ、この枠組みで判断される点は共通している(東亜ペイント事件:最高裁昭和61年(1986年)7月14日判決)。
最後に
企業が持つ配転命令権は広範な裁量が認められているが、無制約ではない。業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合は、権利の濫用として無効となる。
特に本件のように、特定の職務経験や資格を期待され中途採用された従業員に対して、まったく関連性のない業務への異動を命じる場合、その必要性や人選の合理性はより厳格に判断される。裁判所がAさんの採用経緯や期待を重視し、一方で新設部門の不自然さを指摘したのは、このためである。
配転命令を検討する企業は、「就業規則に定めがあるから」と安易に考えず、①業務上の必要性、②人選の合理性、③従業員が受ける不利益の3点を慎重に比較衡量する必要がある。
昨今、ジョブ型雇用(あらかじめ定義した職務内容に基づいて必要な人材を採用する制度)が広がる中で、本件のようなトラブルは増加する可能性があるだろう。参考になれば幸いだ。

