「最悪の荷受け」
「ドライバーの時間を搾取する現場」
「荷降ろしで行ったが、二度と行きたく無い」
高級化粧品「SK-II」の製造拠点であるP&G滋賀工場(滋賀県野洲市)のGoogleマップに、トラックドライバーとみられるユーザーらによるこうした低評価クチコミが投稿されていると、SNS上で話題となった。
クチコミは、数年前~数か月前に投稿されており、その具体的な内容は、「パレットで降ろしたら10分もかからないのに積み替え作業があるので3時間かかりました」「待機は2時間、3時間当たり前」「真夏の暑い時でもエンジンカット!!トラックの室内温度60度でもお構いなし」などというもの(一部は削除済)。
これらの内容は事実なのか――。弁護士JPニュース編集部がSK-IIの製造・販売元であるP&Gに取材を申し込んだところ、事実確認に対する個別回答は得られなかった(同社における取り組みなどに関する回答全文は記事末尾に掲載)。
本件の真偽はさておき、一般に、トラックドライバーの労働環境をめぐっては、2024年4月から時間外労働に上限が課せられるなど、改善に向けた取り組みが進められているものの、いまだ十分に整備されているとは言えない状況だ。現場で生じている問題と、それによる荷主側の法的リスクについて、それぞれ専門家に取材した。
「手荷役は武器」ベテランドライバーの価値観
P&G滋賀工場のクチコミ投稿にもみられる「手積み替え」や「エンジンカット」は、業界に今なおくすぶる問題の代表的な事例だ。元トラックドライバーで、フリーライターとして物流業界を長年取材してきた橋本愛喜氏は、両者について、それぞれ異なる構造的背景を指摘する。
まず、手積み替えが根強く残る背景として、業界全体に共通するパレット管理の問題があるという。
「日本の物流では、事業者が提供する『レンタルパレット』が広く使われていますが、荷主ごとに契約先が違うため、たとえば、A社のパレットに乗せたままB社へ納品することはできません。A社のパレットでそのまま納品すると、管理が煩雑になる上、回収のための輸送コストも発生してしまう。だから納品先のB社から『うちのパレットに積み替えてください』と求められるわけです」
手積み替えを含む「手荷役」を中心とする附帯作業は、運送契約に含まれないまま慣行化しているケースも多いのが実態だ。
業界全体として、このように非効率な慣行が温存されてきたのは、ドライバー側の意識も無関係ではないと橋本氏は言う。
「ベテランドライバーほど『手荷役ができてこそ一人前』という意識が根強く、それを武器だと考えてしまう傾向にあります。体を使う苦労こそが仕事だという価値観を持つ世代がドライバーの主力を占めており、この『できて当たり前』という意識と、コストをかけたくない荷主側の意向が合致して、長年問題が放置されてきたのです」
エンジンカットについては、工場や倉庫内における安全対策の必要性があることを橋本氏も認めた上で、こう述べる。
「ただ、エンジンを切るとエアコンも止まるため、実際に熱中症になってしまうドライバーがいます。人の命を危険にさらすような環境においては、エンジンカットを求めてはいけません」
コンビニもトイレもない中「21時間待機」のケースも
いわゆる「2024年問題」への対応が急務となる中、物流業界における荷待ちの実態について、橋本氏は「2〜3時間はざら。今もそれは変わっていない」と言う。
経済産業省・農林水産省・国土交通省は2023年6月、荷待ちや荷役などにかかる作業の合計時間を「2時間以内」とするガイドラインを示した。しかし実態調査を行ったところ、2020年度から2024年度にかけて短縮された時間はわずか「1分」だった。
なぜ改善が進まないのか。橋本氏は「パワーバランスの問題」を指摘する。荷主が強く、ドライバーが直接意見を言えば、自社の運送会社が仕事を失いかねない。だから荷主の指示には黙って従うしかない。
荷主から「呼ばれたらすぐ入れるところで待っているよう」指示されるケースは業界で広くみられ、ドライバーらは待機場所のない路上にトラックを止めて待ち続けることになる。橋本氏が取材した中での最長荷待ち時間は21時間に上るという。
「路上にはコンビニもトイレもない。そういう環境に長時間置かれることで、ポイ捨てや路上での用足しが生まれる。ドライバーのマナーの問題として語られがちですが、その背景には荷待ち構造がある」と橋本氏は語る。
こうした構造の中で、ドライバーが抱える不満は直接届く場所を持たず、SNSをはじめとしたネット上に噴出しやすい。「荷主側にも生産計画やコストの都合があることは理解できます。ただ、最終的に現場のルールを変える力を持っているのは荷主です。業界全体として、改善できることはまだ多い」と橋本氏は語る。
なお、国交省は7月10日に公表した最新の実態調査(2025年度)で、荷待ち・荷役時間が前回比で1時間以上短縮されたと発表している。しかし橋本氏は「現場のドライバーに聞いても、『あまり減った感じはしない』という声が多い」として、この数字には留意が必要だと指摘する。
橋本氏が推測する背景の一つが、荷主による「受付システム」の導入だ。事前に入構時間を割り当てることで工場前での荷待ちが統計上なくなる一方、ドライバーが一度出庫すれば「運転する」「待機する」「荷役する」以外の選択肢はなく、受付前後の時間調整も実質的な「待機」に変わりない。
「数字が動いても、ドライバーの労働環境は変わっていないのが現状」と橋本氏は言う。
荷主側の「法的リスク」とは
では、業界全体の課題となっている手荷役・エンジンカット・長時間の荷待ちといった問題は、法的にはどのようなリスクをはらんでいるのか。物流業界の法務に詳しい青沼貴之弁護士は、複数の観点から整理する。
まず、手荷役について。仮に荷役作業が運送契約に含まれず対価も支払われていない場合、貨物自動車運送事業法(事業法)に基づく「違反原因行為」として是正指導や社名公表の対象になり得る。
2018年改正で新設されたこの枠組みは、トラック・物流Gメン(現在約360名体制)が運用しており、今年3月末時点の累計で働きかけ2385件、要請197件、勧告5件と、実際に動いている制度だ。「契約にない附帯業務」は、長時間の荷待ちと並んでGメンが重点とする類型に位置づけられている。
長時間の荷待ちについても同様で、過去に勧告・社名公表まで至った5社(2024年1月の王子マテリア/ヤマト運輸、25年1月のNX・NPロジスティクス/吉野工業所、同12月の大黒天物産。荷主3社、元請運送事業者1社、倉庫・利用運送事業者1社)はいずれも長時間荷待ちを理由とする。このうち大黒天物産(「ラ・ムー」等を展開)は着荷主であり、「荷を受け取る側であっても公表対象になる」ことが実例として示されている。
ガイドラインによる自主的な取り組みでは改善が進まなかったことを受け、2025年4月施行の改正物流効率化法では荷待ち・荷役時間の短縮が法令上の措置として位置づけられた。同法が定める目安は1回の受け渡しごとの荷待ち・荷役等時間を原則1時間以内とし、やむを得ない場合を除き2時間を超えないこととするものであり、業界内で常態化しているとされる長時間の荷待ちはこれを大きく超えるケースが散見される。
今年4月からは、年9万トン以上を扱う特定荷主に計画策定・定期報告や物流統括管理者(CLO)の選任が義務化されており、計画・報告の義務違反には50万円以下、選任義務違反や是正命令違反には100万円以下の罰金が科せられる。青沼弁護士は「努力義務にとどまらず実質的な義務レベルの課題になる」と指摘する。
エンジンカットによる熱中症リスクについては、2025年6月施行の改正労働安全衛生規則により熱中症対策が罰則付きで義務化されたが、この義務を負う「事業者」は原則としてドライバーを雇用する運送会社であり、荷受け先の工場等には直接は及ばない。
ただし青沼弁護士は「実際に熱中症被害が生じた場合、荷主ないしは荷受け先が不法行為責任(民法709条)を負う可能性がある。エンジンカット自体に事故防止の合理性はあっても、代替措置なしに熱中症域で放置すれば、安全のためのルールが人命リスクを生む本末転倒となる」と述べる。
法改正が集中…グレーゾーンが消えていく転換点
青沼弁護士が強調するのは、こうした慣行をめぐる規制環境が、今まさに転換点を迎えているという点だ。
2025〜27年にかけて関連する法改正が集中している。今年1月には改正下請法(取適法)が施行され、荷主から運送事業者への運送委託が新たに規制対象に加わり、無償の附帯作業強要が「不当な経済上の利益の提供要請」に該当し得ることが明確化された。
さらに公正取引委員会は今年6月17日に物流特殊指定の改正を告示しており(2027年4月1日施行)、改正後は着荷主側で生じる荷待ち・附帯作業を直接規制する「着荷主規制」が導入される。「着荷主には直接の契約関係がないため規制が及びにくい」という現行の隙間は、近く告示改正によって埋められる。
国土交通省が2025年8〜9月に実施した実態調査では、違反原因行為の報告件数が前年度比で約39%減少しており、是正指導と法改正の効果が現れつつある。
「従来グレーとされてきた長時間荷待ちや無償荷役が、この短期間で相次いで違法・処分の対象として明確化された」と青沼弁護士は言う。昨今、荷主の対応をめぐるこうした議論が改めて注目される背景には、規制と商慣行の入れ替わりというタイミングもあるといえるだろう。
なおP&Gは、同社における取り組みについて、以下のように回答している。
「弊社は、日頃から関係者の皆さまから寄せられる様々なご意見やフィードバックを真摯に受け止め、より良い環境づくりに向けた継続的な改善に取り組んでいます。
弊社にとって、安全、ウェルビーイング、そして互いを尊重する文化は、日々の働き方の根幹を成すものです。
これは従業員だけでなく、サプライヤーパートナー、トラックドライバー、協力会社の皆さま、来訪者の方々、そして事業所や工場、地域コミュニティを支えてくださるすべての方々に対しても同様です。
弊社は、世界中のお客様に製品をお届けするうえで欠かせない役割を担っていただいている皆さまに深く感謝するとともに、法令を遵守し、安全で、尊重と安心のある環境の維持・向上に努めております。
トラックドライバーの皆さまの安全とウェルビーイングを支えるため、当工場では明確な手順を設けるとともに、休憩スペースやトイレ、飲み物など、構内で快適にお過ごしいただくための設備を整えています。
また、サプライヤーの皆さまとは緊密なパートナーシップを築き、日頃から密接なコミュニケーションを行っています。今後も皆さまと連携しながら、より良いオペレーションの実現に取り組んでまいります。」

