「ポンコツだな」「お前、事件を潰す気か」——。大阪地検特捜部での約1か月の研修中、指導担当の検事から連日罵倒され続けたと、元検事のAさんは手記につづった。
否認に転じた被疑者を前に、上司の見立てどおりの“自白調書”を作るよう迫られ、被疑者に有利になりうる録音データは報告せず“隠せ”と指示された——。
心身を壊し、この元検事は愛していた検事の職を辞した。
8月3日、自身も検察内での性被害を訴えている、元大阪地検検事のひかりさん(仮名)が都内で会見し、Aさんから託された手記を公表。検察組織のハラスメントと違法捜査の実態を公益通報したと述べた。
「3時間睡眠で仕事回せるだろ」
ひかりさんが被害を訴えているのは、2018年に当時の大阪地検トップだった北川健太郎被告(66)から、酒に酔って抵抗できない状態で性的暴行を受けたとする事件だ。
北川被告は準強制性交罪で起訴され、初公判で起訴内容を認めたのち無罪主張に転じ、公判が続く。ひかりさんは二次被害を訴え、検察から独立した第三者委員会の設置を求めてきたが容れられず、2026年4月30日に辞表を提出した。
そのひかりさんが今回公表したのが、Aさんの手記である。Aさんは「違法捜査の強要やひどいパワハラ被害に遭った」「仕事を全うするのは難しいだろうと判断し辞職した」などとつづった上で、手記の内容を「ひかりさんの検察組織を改善するための第三者委員会の設置を求める活動に活かしてもらえたら」とした。
手記によると、Aさんは2023年11月から約1か月、特捜部で「脱税研修」を受けた。
その際、指導を担当したキャップ検事(以下「X検事」)から連日、「ポンコツだな」などと人格を否定する言葉を浴び、「3時間睡眠で仕事回せるだろ」との言葉を真に受けて研修部屋に泊まり込んだという。
Aさんは研修後、「自分に能力がなく事件処理が上手くいかないかもしれない」「自分は検察官として頑張っていない」と常に自己否定に襲われるようになった。そして、自分に対する興味も失い、いわゆるセルフネグレクトの状態に陥り、また、満腹の状態でも常にお腹に食べ物を入れておかないと不安で眠れないようになり、体重が15kg以上増えたとした。
「お前、俺のこと刺したいだろ?」
手記でAさんは研修中、脱税を否認する被疑者に上司の見立てに沿った調書を作るよう強いられ、無罪方向の証拠になりうる録音データの存在を「上司に報告せずネグれ(無視しろ)」とX検事から指示されたと主張。同席していたペア検事Cは、この指示に憤り、存在を明らかにすべきだと語ったという。
悩んだAさんは、かつての上司である先輩検事Bに相談。助言を受けてY特捜副部長に録音データの存在を報告した。Y副部長は「とりあえず全部聴いてみよう」と応じ、Aさんの報告後に「それなら起訴しても問題ない」「上には報告しなくてよい」と述べたとされる。
だが、特捜部外のBに相談したことを知ったX検事からは「特捜の保秘すら守れないのか」と責められたと記す。さらに研修最終日の打ち上げで、X検事はZ特捜部長らの面前で「お前、俺のこと刺したいだろ?」「でも証拠ないもんな」と告げたという。Aさんは、内部告発しても握り潰されると感じ、声を上げることを断念したとつづっている。
パワハラは認定も…
Aさんは辞職を決意した。当初は被害のことを申告せず辞職するつもりだったが、同期の1人から、申告しなければまた同様の被害を受ける人が出てしまうと助言され、「他の職員が同じような酷い被害を受けるのはかわいそうだ」と思い直した。
そこで、所属する地検次席検事と検事正に辞職の意向を伝え、辞職の理由を聞かれた際に、X検事のパワハラを告発した。その後、本件について大阪高検が数か月かけて調査した。
しかし、大阪高検が出した結論は、X検事のパワハラは認定するが処分はしない、というものだった。理由として「パワハラの認定は1回目だから許すことにした」「X検事も初めての特捜主任でプレッシャーを感じていた」などと伝えられたという。
手記には「被害者本人が許していないのに組織が『許す』と結論づけた」と強い疑問が示された。
証拠隠しの指示についても、高検は「事件処理に影響がなければ問題ない」との理屈で実質的に不問にしたとされる。しかし、Aさんは「証拠隠しの指示があったこと自体が違法不当な捜査の強要にあたる」と指摘する。
パワハラを認定しながら処分せず、証拠隠しの指示も不問とする——。こうした身内による調査の限界こそ「検察から独立した第三者委員会」の必要性を示すものだ、というのがひかりさん側の訴えである。
ひかりさんの代理人・田中嘉寿子弁護士(元検事)は、第三者委員会の調査は関係者の法的責任を追及するものではなく、原因を分析して再発防止を提言する仕組みだと指摘。自衛隊や刑務所の不祥事でも第三者委が設けられた前例を挙げ、検察だけが例外でよいはずがないと訴えた。
一方、法務省・検察は設置に慎重だ。平口洋法相は、検察庁の全職員を対象とするハラスメント調査を実施する方針を示したうえで「客観的な視点を加味する方策」も検討中とし、まずは検察当局の取り組みを見守りたいと国会で答弁してきた。高市早苗首相も内部調査を「注意深く見守る」と述べている。
会見の終盤、ひかりさんは、検察職員に向けて「このまま幹部職員の腐敗に目を瞑っていたら、つぎはあなたたちが犠牲になり、市民が犠牲になる」として、次のように訴えた。
「声を上げても潰されると諦めないでください。外に向けて発信してください。私たちに声を届けてください。検察を良くするためには、あなたたちが第三者委員会が必要だと訴える声が必要です」

