
たいみち
コピー用鉛筆の最初期について
本日、コピー用鉛筆の歴史について紹介した。その後、コピー用鉛筆の最初期について、調査に漏れがあったことに気づき、急いでこれを書いている。元の記事に差し込もうかと思ったが、それなりに長いので、追加記事にした。
これだけ読んでも話が見えないと思うので、先に「コピー用鉛筆の歴史をめぐる話」(https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/022557/)を読んでいただきたい。
補足したい部分はSTABILOが特許を登録した1875年のことだ。前回は最初にコピー用鉛筆を作ったのは誰(どのメーカー)だかわからないと記載したが、当時コピー用鉛筆を作っていた別のメーカーがわかった。(ただし、そこが最初かどうかはわからない。)
情報源は「AMERICAN STATIONER」。1873年創刊のアメリカの文具業界誌で、その紙面は多くWeb上に公開されている。これを確認するのを忘れていた。1874年発行分から調べていくと、翌1875年3月8日第42号にコピー用鉛筆についての記事が見つかった。
*AMERICAN STATIONER、1875年3月8日42号。左の記事をGoogle翻訳で翻訳(右)。 https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=nnc2.ark:/13960/t9x12vp40&seq=141
これによると、ウォラック氏が新製品として「コピー用インク鉛筆」を仕入れたとあり、その輸入元はドイツのJ.J. Rehbachであった。
そうか、Rehbachがあった。J.J. Rehbachは、1820年に創業した老舗の鉛筆メーカーだ。2本の交差した鍵を掲げた「Key Pencil」のマークで親しまれ、戦前の日本でも輸入されていた。確かに当時のドイツでSTABILOの競合に成り得るメーカーといえば、J.J. Rehbachは含まれる。STABILO、J.J. Rehbachのどちらが早かったか、またほかにも作っていたメーカーがあったのかは不明だが、おそらくSTABILOのホームページに書かれている「当時の競合」はJ.J. Rehbachで間違いないだろう。 その後の記事を追ってみた。このコピー用鉛筆は注目度が高かったのか、次の43号でも触れられている。
*AMERICAN STATIONER、1875年3月22日43号。https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=nnc2.ark:/13960/t9x12vp40&seq=165
ここで、ヤコブセン博士という人物が登場した。エミール・ヤコブセン博士は、ベルリンで活躍した著名なドイツ人技術化学者であり、産業および化学分野における数々の進歩に関する論文を頻繁に発表していた。ヤコブセン博士もコピー用鉛筆の誕生に関係しており、記事にはコピー用インクとあるがインクではなく、インクを固めたコピー用の芯の発明らしく、「とがった鉛筆の芯のような形で、ホルダーに取り付けて使用するタイプ」だった。
*The Pilot。主にアメリカ・ボストンで発行されていた、アイルランド系アメリカ人およびカトリックコミュニティ向けの著名な週刊新聞https://newspapers.bc.edu/?a=is&oid=pilot18750626-01&type=staticpdf&e=-------en-20--1--txt-txIN
ヤコブセン博士の情報が掲載されていたのはTHE PILOTという新聞で、やはり1875年だ。AMERICAN STATIONERの記事の文脈からすると、J.J. Rehbachのコピー用鉛筆は、ヤコブセン博士のコピー用芯が元になっているのであろう。
なお、ヤコブセン博士のコピー用芯はアニリン染料を使用したものになる。また、コピー用インクについて補足すると、コピー用鉛筆ができる前にコピー用インクは多数製造販売されている。ただ、アニリン染料を使用しているタイプか、没食子(もっしょくし)インクの改良タイプかは、広告などを見る限り判断が付かない。
また、AMERICAN STATIONERの記事にはFABER社も参戦してきているとあるが、この時期のFABER社におけるコピー用鉛筆関連の特許は確認できていない。
AMERICAN STATIONERの記事をもう一つ紹介しよう。J.J. Rehbachのコピー用鉛筆はアメリカで1875年5月1日に発売された。その後の5月22日の記事には「大好評で、早速品薄である」ということが書かれている。そして注目すべきは、同じ記事に「EAGLE PENCILは好調に売り込んでいる」という一文だ。EAGLE PENCILのコピー用鉛筆の特許(ワルプスキーから買い取った特許)も申請が1875年なので、時期を同じくして製造販売を始めていたのであろう。
*AMERICAN STATIONER、1875年5月22日47号。この後の記事を追うと、EAGLE PENCILの他にも他社製品が製造販売されていたと思われる内容や、AMERICAN LEAD PENCILも参入したといった記事が見つかった。
調べれば調べるほど、登場人物が増え混とんとしてくるのだが、一つ分かったこととして、1875年から一気に複数の国で複数のメーカーが動き出したということだ。
コピー用鉛筆元年は1875年。
そういってもいいのではないかと思う。
補足というには、少々長いが、せっかく見つけた情報なので、併せて紹介させていただいた。
