◆「2人きり」になったのは偶然の采配か?
ある金曜日は、どこか様子が違っていた。「その日、遅い時間になっても店にいたのは、自分とその常連さんとマスター、3人ほどのお客さんという状況でした。いつもなら常連である女性客が帰るまで店は開けているんですが、その日は24時を過ぎたあたりで、マスターがそそくさと店を閉め始めたんです。その様子を見て、空気を読んだお客さんは帰っていきました。マスターは彼らを見送ると、『今日は用があるから帰るな。ゆっくり飲んでていいから。鍵だけ忘れずにかけてくれよ』と言って帰ってしまって……。自分達とその女性客だけ店に残されることになったんです」
2人きりの店内で、女性客が『なぜお前が役者になれないか教えてやる』と切り出すと、説教がはじまった。
「その道の人ではないとはいえ、言うことがきついので説教されてかなりへこみました。それで落ち込んでいたんですが、急に頬擦りをされたんです。服の下に手を入れられて、身体を触られて……。そこからは、無理やり好き放題されて……なんとか一線を超えないようにかわすのが精一杯でした。夜明けごろに解放されましたが、心身ともにヘトヘトになりました」
◆やはりマスターもグルだった
後日、店にやってきた例の女性客がマスターとあの日のことを話しているのを耳にした。どうもマスターがお膳立てして、ふたりきりにする算段を事前にしていたようだった。「薄々勘付いていましたが、自分は常連客を喜ばせるために生贄にされたのだと思いました。マスターに『もうあんなことはしないでください』と話したんですが、その後も同じ展開で店に2人きりで取り残されました」
その女性客が来ると鳥肌が立つようになった山城さんは、店を辞めることにした。
「電話で『辞めます。もう二度と行きませんから』とだけ伝えて辞めたんですが、それから何度もマスターから電話やメールがありました。『時給を200円アップする』とのメールもありましたが、すべて無視しました。マスターは家にもやってきましたが、居留守を決め込んで出ませんでした。当時は男性が性加害の被害者にもなることは、全然意識されていなかったと思います。自分も当事者になるまでそんな意識はなかったし、なんなら最近になってようやく被害者だったなと、自覚できるようになったほどです」
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もとから経営状況は芳しくなかったそうだが、例の常連客が来店しなくなったのか、店は翌年には潰れていたという。生贄を差し出さねばならないような店はなくなって然るべきだろう。
<TEXT/和泉太郎>
【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め

