過去30年以上にわたり100名を超える営業社員が顧客から総額約31億円をだまし取っていたなどの不正が判明し問題となっている大手外資系生命保険会社・プルデンシャル生命が、35万円程度の「最低報酬」を設けるなどの方針を決めたことが報じられた。
同社の営業マンの完全歩合制が、不正の温床となっていたとされることから、修正を加えた形である。他にも、顧客との面談を原則として録音する運用が今秋にもスタートするという。
果たして、不正は一掃されるのか。生命保険業界で、異なる報酬体系の下、一線の営業マンとして実績を挙げた2人に話を聞いた。いずれも、生命保険業界で優秀な営業マンの証とされるMDRT(※)成績資格会員の経歴など、客観的に確認できる実績を有しながら、現在は生保業界を離れまったく別の仕事をしている。
※「Million Dollar Round Table」の略称。生命保険業界では、卓越した生命保険および金融サービスの専門家の国際的組織と位置付けられている。
完全歩合制の生保会社出身・A氏「体質は改まらない」
まず、従前のプルデンシャル生命と同じ「完全歩合制」をとるX生命で約4年間にわたり営業マンとして働いた経歴をもつA氏(40代男性)に話を聞いた。
A氏と同期入社の営業マンは40名近くいたが、A氏が退職した時点で、他の同期は1人も残っていなかったという。このこと自体、完全歩合制の営業がきわめて過酷であることを物語っている。
完全歩合制が見直しになり報酬の最低保証があっても、歩合制自体や営業の手法をゼロから根本的に見直さなければ、体質は改まらず同様の問題が生じ続ける可能性が大きいと指摘する。
A氏:「X生命やプルデンシャル生命に限らず、多くの生保会社でやられていることだと思いますが、身近な人から顧客を広げていくことが奨励されます。
そのロジックは『生命保険は、自分に万一のことが起きた場合に、経済リスクから家族を守れる素晴らしい商品だ。しかし、ニーズには気付きにくい。まずは身近な人を守るため、潜在的ニーズに気付いてもらい、保険に入らせるべき』『これは社会貢献であり正義だ』というものです。
私も当初は納得していました。しかし、結局は『プライベートの人間関係をカネに変えろ』と言っているにすぎません。それを、体のいい理屈をこねて美化・正当化しているだけです」
A氏は当初、家族、親戚、友人・知人のリストを作り、片っ端から連絡して、会ってくれた人に保険の話をして営業したという。
A氏:「中には絶交された人もいました。しかし私は、『こんなにいい商品で、加入すればメリットが大きいのに、かわいそうな人だ』『こんなことで離れるならそこまでの人間関係だ』などと本気で思い込んでいました。
今思えば浅はかでした。『保険の必要性に気付いてもらうこと』と、『自分が扱う保険に入ってもらうこと』とはまったく別の問題です。しかも、報酬が歩合制となれば、どんなに言葉を飾っても、きわめて直接的な形で『人間関係をカネに変えている』ことになります」
退職後に気付いたこともあったという。
A氏:「かなり後になって、X生命の保険商品が他社と比べて優れていると言えないし、不得手な分野もあることに気付きました。
一社専属の営業マンだと、そういうことに気付かず、『とにかく自社の商品は良いものなんだ』と思い込みがちです。しかし、よく考えれば当たり前ですが、そんなことはあり得ません。
私は、同業他社の営業マンと比べて、かなり不利な土俵で戦っていたことに気付きました。その点は、プルデンシャル生命やソニー生命の営業マンも同様でしょう」
乗合代理店出身・B氏「保険営業マンは完全固定給にすべき」
続いて、十数社の生保会社の保険商品を扱う「乗合代理店」に勤務していたB氏(40代男性)は、「歩合制自体が諸悪の根源であり、完全固定給にしなければ体質は改まらない」と強調する。
B氏:「歩合制をとる限り、営業成績が自分の収入・所得に直接影響します。必然的に『目先の契約を獲得して数字を上げなければ』となります。
私がいた代理店の営業マンの給与体系はもともと、固定給で昇給ありというものでした。だからこそ、自分の利益を一切気にせず、お客様の利益だけを考えた提案ができたと思っています。
それでも月ごとに『目標』が設定されていたのですが、私は心の中で完全無視していました。未達の月があっても、うわべだけしおらしく、反省したふりをしていました。お客様の役に立たない保険を販売して実績を上げても意味がないと考えていたからです。
しかし、そういう割り切りができない人もいます。現に、私の在職中、契約の架空計上をした同僚の営業マンもいました。
歩合制だと、なおさら『数字を挙げなければ』と追い立てられるに決まっています」
B氏が退職した理由は、完全歩合制の保険会社から転職してきた他の営業マンの要望により、給与体系に歩合制が取り入れられるようになったからだという。
B氏:「元の固定給はそのままに、一定基準以上の販売手数料が計上されたら歩合給を上乗せするシステムになりました。
それによって、収入は大幅に増えました。しかし、それに比例して後ろめたさがどんどん増しました。『この契約を獲得すれば、いくら自分の懐に入る』と計算できてしまうのは気持ちが悪く、モヤモヤしました。このままではいずれ、お客様を値踏みするようになってしまうかもと思い、生保業界自体に見切りをつけて転職しました。
完全歩合制かどうかに関係なく、歩合制自体が諸悪の根源だと思います。個人のモラルに委ねるのは無理でしょう。他の業界はともかく、少なくとも生保の営業マンについては、昇給ありの完全固定給にすべきです」
営業スキルを磨くと称した「無意味なロープレ」
多くの生命保険会社で奨励・推奨されているのが、早朝から「自主的に」行われる「ロールプレイング(ロープレ)」である。営業マン役、顧客役、フィードバック役に分かれ、商談の練習を行う。
A氏もB氏も「ロープレは無意味で、逆効果」と口をそろえる。
A氏:「断言しますが、お客様とのやりとりでロープレが役に立ったことなど、一度たりともありません。むしろ、セオリーとされることの逆を行ったほうがいいのではないかと思われるほどです。
私がいたX生命では、入社後1か月間の研修で、販売する保険商品の知識、お客様とのトークの広げ方、信用される喋り方といった営業スキルについて、バイブルのような冊子を使って学習しました。
他方で、保険のプランを考える上で必須であるはずの公的制度などについては、みっちりやるというわけではありませんでした。それらを織り込んで計算できる高性能な設計ソフトがあるので、そっちに任せればよいということかもしれません。
しかし、知っているのと知らないのとでは、提案の幅と深さが大きく違ってきます。だから、私は信頼できる保険系ウェブメディアの記事や本を読んで、自分で勉強しました」
B氏:「ロープレは、はたから見ていて異様だし滑稽です。上司や同僚のすすめで何度も付き合わされましたが、まったく意義を見出せませんでした。
お客様からの信頼は、ニーズを的確に汲み取り、有益な提案を行うことによってしか得られません。だからこそ営業マンは、お客様の役に立つ知識を得ることに集中すべきです。
社会保障制度や税金の知識、財務の知識、世の中のあらゆる保険商品や金融商品の内容、投資の知識…学ぶべきことは無限にあります。AIが発達し、顧客が自分で知識を身に付けることも容易になっています。呑気にロープレなんかにうつつを抜かすヒマなんてないはずです。
多くの営業マンが、歩合制と新規契約の獲得ノルマに追われ、本来身に付けるべき知識やスキルを付ける余裕がない状態に追い込まれているのではないでしょうか」
MDRTは「独りよがりの内輪ネタ」
在職中の最後の数年間、連続でMDRT成績資格会員だったB氏は、MDRTの存在意義について「どれだけ稼いだかを営業マン同士でマウントし合うだけ。保険業界の一部だけでしか通じない、独りよがりの内輪ネタ」と吐き捨てる。
B氏:「MDRTはあくまでも、販売手数料もしくは保険料または収入の額を基準とする販売実績の指標です。会社から、年会費を負担するから入会しろと言われたので仕方なく成績資格会員になりましたが、自慢できるようなものではないと思っています。
もとより、お客様に行った提案の質や営業マンの倫理観を保障する仕組みではありません。極端な話、お客様を騙したり口先で丸め込んだりして、必要性のない保険商品を売りつけて契約を獲得しても、数字は上がります。
『営業マンがいくら売ったか』なんて、顧客の立場からみれば、知ったことではありません。一般社会の常識から乖離していると言われても仕方ないと思います。
事実上、『売ることが正義』と言っていることと同じです。生保業界内部での評価軸には歪みがあると思います。
『いくら売ったか』で自身の報酬が決まる歩合制は、それを助長するものとしか考えられません」
歩合制の「根本的な欠陥」?
A氏も、歩合制は「結局は『たくさんの契約を獲得することが正義』『手数料を稼ぐことが正義』という風潮を作り出している」と指摘する。
A氏:「『2W』といって、1週間に2件契約の獲得を目標とすべきと言われていました。しかし、重要なのは契約の獲得件数ではないはずです。お客様の役に立ったかどうかです。
顧客の利益になる保険の販売手数料が低く、必ずしもそうでない外貨建てや投資性の保険の手数料が高い、ということがあります」
A氏の顧客で最も多かったのは30代の子育て世代であり、真に顧客のニーズに合った提案をすると、販売手数料はそれほど大きな金額にならなかったという。
A氏:「働き盛りで、お金に余裕がなく、万一があると家族が経済的に困窮するリスクが一番大きい世代です。なので、安い保険料で大きな死亡保険金額を設定できる掛け捨ての生命保険を提案することが多かったです。
学資や老後の資金の貯蓄については、『米ドル建て終身保険』などの自社商品はありましたが、資金効率などを考えて、公的な制度である『つみたてNISA』(※)や『iDeCo(確定拠出年金)』をおすすめしていました。
しかし、掛け捨ての保険は保険料が安いので、契約獲得数の割には、私の実入りはそれほど多くはありませんでした」
※2024年始動の新NISAでは「つみたて投資枠」
このことを踏まえ、A氏は、営業マンの歩合制を根本的に改めない限り、不祥事が起きる体質は改善されないのではないかと危惧する。
A氏:「『終身保険』『米ドル建て終身保険』『変額保険』といった貯蓄性の保険は、保険料の額が比較的大きいうえに、手数料が高く設定されています。
歩合制だと、営業マンは販売手数料の高い保険の契約を獲得したほうが実入りが良いので、なるべくそれらを販売したいとなるのが自然でしょう。それがお客様への提案内容に影響を与えないとするのは無理があります」
金融庁は6日、保険業界のモニタリング結果を公表した。その中で、プルデンシャル生命やソニー生命での不祥事を念頭に置き、「営業活動を通じて形成された顧客との関係性を踏まえた内部管理態勢や牽制機能の強化が重要な課題」「顧客保護の観点から、必要な顧客対応や再発防止策の実施が求められる」との記載がある。
A氏やB氏のように、営業マンとして実績を上げながらも生保業界に見切りをつけ離れた人材がいるという事実は重い。しかも、AIが目覚ましく発達し、保険営業マンという職業自体が、その存在意義を含め大きく変容を迫られている。生保業界は正念場を迎えているといっていいだろう。

