離婚で老後資金は半減という“経済的現実”を前に、関係性は修復
離婚を告げられたあと、恵子さんは動揺しながらも冷静に考えました。そして、すぐに行動を起こし、知人の紹介でファイナンシャルプランナー(以下FP)を訪ね、夫婦で築いた財産の整理を依頼します。
退職金は約2,100万円、自宅は築25年の持ち家。ローン完済に預貯金900万円を使ったため、現金は退職金のみ。年金の見込み額は、分割前で誠さんが月20万円、恵子さんが月6.8万円ほど。
FPの説明では、退職金も婚姻期間中に形成された財産として財産分与の対象になります。自宅をどちらが取得するかについても協議が必要です。
年金分割制度を利用すれば、恵子さんも最低限、自身の年金として月10万円弱を確保できる見込みになります。一方、誠さんの年金は月20万円から約16万円に減ります。
しかし、退職金を半分受け取り、年金分割制度を利用したとしても、単身での生活を維持するには厳しい数字。思い描いていたような“穏やかな老後”を過ごすことができない現実が見えてきました。経済的な厳しさを前に、「本当に離婚するしかないの?」という思いが次第に強まっていったのです。
一方の誠さんも、恵子さんから「退職金も年金もわけることになる」と淡々と伝えられ、初めてその現実を意識するようになります。生活費の負担、老後資金の減少、想像以上に重い数字。「離婚すればすっきりする」と思っていた気持ちは揺らぎはじめました。
そんななか、恵子さんがFPから紹介された夫婦カウンセリングの存在を聞き、「せめて一度は話を聞いてみるか」と渋々ながら同席することを承諾。“経済的現実”が、夫をようやくカウンセリングへ向かわせたのです。
初回は不機嫌そうに同席した誠さんも、回を重ねるうちに気持ちを打ち明けるように。
「俺にとって、38年間続けた『会社員』というアイデンティティは、人生そのものだった。定年退職は、その最大の役割が終わった日で、これから先の人生を考えたとき、心の通わない妻と『ただ一緒に家にいるだけ』の生活を送ることに耐えられないと思ったんだ」
恵子さんも「料理も掃除も私なりの愛情だった。でも、夫が求めていたのは“気持ちに寄り添ってあげること”だった」と気づいたといいます。
カウンセラーからの助言は、「尽くす」から「伝える」への意識転換。感謝や労いの言葉を意識的に交わすだけでも、関係は少しずつ変わっていくものです。
老後に意識すべき最大の資産防衛策は「心のメンテナンス」
恵子さん夫婦は現在、週に一度「外食の日」を設けています。家事から解放された時間に、2人でゆっくり話す。「同じ空間にいるだけでいい。無理に話さなくても、少しずつ気持ちが通じ合えるようになってきたような気がします」と笑います。
退職後の離婚は、双方に「経済的リスタート」を強いる決断。
老後を豊かに生きるためには、「お金のメンテナンス」と同じくらい「心のメンテナンス」が必要です。中年期から高年期への移行期の変化を恐れず、関係を“更新し続ける”こと――それこそが、心も家計も破綻させない最大の資産といえるでしょう。
恵子さんはいま、こう語ります。
「離婚の危機があったからこそ、夫婦で向き合う時間が持てた。もし夫がなにもいわずに我慢し続けていたら、いつか取り返しのつかないことになっていたかもしれません」
定年という節目は、終わりではなく“再出発”のとき。心を通わせる努力を惜しまないこと。それが、老後破綻を防ぐもっとも確実な方法なのです。
三原 由紀
合同会社エミタメ
代表
