「浴衣に足袋は愚の骨頂!」——。駅の雑踏で、着物姿のAさんは背後から突然そう言い放たれた。振り返っても、声の主は見当たらない。
SNSには、Aさんのように、見ず知らずの他人からいきなり着方を非難されたり、断りなく帯や襟に触れられて“直され”たりしたという投稿が後を絶たない。
信号待ちで背後から帯を引かれた、素材を確かめようと勝手に手を伸ばされた——。本人は親切なつもりかもしれない。
だがこうした着付けに物言いをつける“着物警察”による、見知らぬ他人の衣服にいきなり手をかける行為は、法的にどう評価されるのか。刑事事件に詳しい雨宮知希弁護士に聞いた。
「許可なく私に触らないで」
SNSをのぞくと、“着物警察”との遭遇談が次々と目に入る。
あるSNSユーザーは、「紗袷(さあわせ)は少し時期が違いますよね」と声をかけられたうえ、袂(たもと)の端を指でつままれて立ち去られたと投稿。
着方の善しあしを指摘するだけにとどまらず、無断で身体や衣服に触れる例が目立つのが特徴で、別の人物は「身ぐるみ剥がされて着付けから帯まで全部直された上に、コーディネートに口出しされた」と振り返る。
「他人の着付けを勝手に直そうとするな」「許可なく私に触らないでほしい」と憤りをあらわにする声も上がっている。
こうした行為を、法律はどう見るのか。雨宮弁護士はまず、暴行罪(刑法208条)が成立し得ると指摘する。
「暴行」とは、人の身体に対する不法な有形力(物理的な力)の行使をいう。殴る・蹴るだけでなく、押す、胸ぐらをつかむ、衣服を引っ張る行為も含まれるという。
ここで雨宮弁護士が強調するのは2点だ。
ひとつは、暴行罪とは、傷害の結果に至らなかった場合の罪であり、ケガをさせていなくても暴行罪は成立するということだ。仮に傷害が生じた場合にはより重い傷害罪(刑法204条)が適用されることになる。
もうひとつは、身体に直接触れていなくても暴行に当たり得ることだ。
雨宮弁護士は「人が身につけている着物や帯を引っ張る行為は、その人の身体に向けられた有形力の行使と評価できます」と語る。
さらに「着方が間違っている、直せ」と力ずくで従わせようとすれば、強要罪(刑法223条)が問題となり得る。
加えて、公然と侮辱すれば侮辱罪(刑法231条)、具体的な事実を示して社会的評価を下げれば名誉毀損罪(刑法230条)、害を加えると告げれば脅迫罪(刑法222条)が成立し得る。また、これらの犯罪が成立しないとしても、街頭で執拗に大声で責め立てる行為は、各都道府県の迷惑防止条例に触れる可能性もあるという。
着物警察への「正当防衛」は成立しうるが…
では、被害に遭ったらどう対応できるのか。
急に帯や衣服に手をかけられるのは、身体・財産に対する「急迫不正の侵害」(差し迫った不当な侵害)にあたる。
「これを払いのけたり振りほどいたりする行為は、正当防衛(刑法36条)として、原則違法にはなりません」と雨宮弁護士は説明する。ただし必要な程度を超えて殴りかかるなどすれば、過剰防衛として責任を問われることがある。あくまで身を守るのに必要な範囲にとどめるのが肝要だ。
暴行はその場で行われている犯罪であり、現行犯にあたる。現行犯人は警察官でなくても誰でも逮捕でき(刑事訴訟法213条)、取り押さえた場合は直ちに警察官に引き渡す必要がある(同法214条)。
もっとも、雨宮弁護士は現実的な選択として別の対応を勧める。
「取り押さえも、逮捕に必要な限度を超えて痛めつければ、逆にこちらが暴行・傷害の責任を問われかねません。無理に取り押さえるより、その場を離れて安全を確保したうえで110番する方が安全な場合が多いといえます」
その場合、証拠の観点からは、日時・場所・相手の特徴・状況をメモし、可能なら動画や写真を残しておくとよいという。
また、勝手に触れられて精神的苦痛を受けた場合には、不法行為(故意・過失で他人の権利を侵害する行為。民法709条)が成立し、慰謝料を請求できる可能性がある。
着物や帯が汚れたり破れたりすれば、クリーニング代や修理代といった財産的損害も対象になり得る。
ただし実務上は、相手の身元が分からなければ請求は難しい。「まずは相手の特定が出発点になります。損害額が高額にならない場合、費用面で赤字になることもあり、費用対効果が悩ましい点です」と雨宮弁護士は打ち明ける。
“親切心”は免罪符になるのか
「崩れているのを教えてあげただけ」「親切心でやった」——。こうした善意は、法的な評価を左右するのか。
雨宮弁護士の答えは明快だ。「犯罪の成否には、原則として影響しません」。暴行罪が成立するには「相手にケガをさせよう」という意図までは必要なく、「相手が身につけているものに力を加える」という認識があれば足りるという。
「“直してあげよう”という親切心があっても、触る・引っ張るという行為を分かって行っている以上、故意は認められます」(雨宮弁護士)
良かれと思ったという動機は、処分の軽重を判断する一事情にはなり得ても、犯罪の成立自体を消すものではない。
もちろん、法令に基づく行為や正当な業務であれば、違法性が否定されることもある(刑法35条)。だが「他人の着方を勝手に“直す”ことに法的な根拠はなく、相手の同意もありません。善意だけで、無断で他人の身体・衣服に触れる行為が正当化されることはありません」と雨宮弁護士は言い切る。
「民事の慰謝料等の請求においても、『親切心だった』という事情があっても、不法行為が成立しなくなるわけではありません。
相手の同意なく身体・衣服に触れれば、それ自体が権利侵害と評価され得ます」(同前)
夏祭りや花火大会で和服を着る機会も多いシーズンだ。着物警察との万が一の事態に備えて、これらの法的知識を頭に入れておくと良いだろう。

